3
あいつは馬鹿だ。
《10ジニコウモンヘコイ》。
乱暴で殴り書きされたような文字。
大半の人間は、思考を巡らさせば何か仕込まれているなんて分かる筈。
それでも行く人間はごく少数だ
と、思っていたのに。
「…何で来ちゃったんだろう」
吐息混じりの声は静かな校門周辺を響かせる。
響いた声は耳に残り、私の後悔を増幅させた。
チクタクと小刻みに鳴るお気に入りの腕時計は、時間の経過を表すと共に、勝負服のような役割を果たしてくれる。
現在の時刻、9時58分。
私はまんまと柚月の罠に嵌った。
…というか嵌りにいった、というか。
「…柚月が馬鹿なら、私は大馬鹿野郎だな」
自分の羞恥に思わず鼻で笑う。
柚月がこんな回りくどい事する筈ないと、結局気になって来てしまうんだから。
「…まぁつまり、私は
死ぬ程どうでも良いことを口にしていると、物音が微かに耳に届く。
ガサガサと、何かビニール袋を漁っているかのような音。
ーーやっと柚月が来たのだろうか。
私は音の先へと顔を向けた。
私の目の前にいたのは、″悪魔″だった。
正確には、それこそアニメの中に登場する、魔物のような顔の人物。
体には暗闇に紛れやすい黒いフードと私と同じスカートを身につけていて、可愛らしいチェック柄のスカートは恐ろしい顔に妙にマッチしない。そいつの手の先には──ナイフ。
自分でも聞いたことのないような声が口から漏れ出る。同時に、一瞬にして私のお腹はそいつが持っていたナイフに引き裂かれていた。
抉られた部位は燃えるように温かくなる。
喉と横腹からは大量の体液が漏れ出し、足の感覚は徐々に無くなり始めた。
その時、私は初めて《死》を実感した。
血液が抜け、脳が正常に働かなくなったせいか正直、ここから先の出来事を覚えていない。
──柚月のような漆黒に染まった爪が袖から見えた瞬間だけは、しっかりと脳裏に焼きつけて。
※
私は『手』に全てを話した。
何故貴方を呼んだのか。
私の望みは何なのか。
″私が復讐したい人は、誰なのか″
私は、この『手』に最後の望みを託していた。
私が死んでも、柚月への復讐を『手』が叶えてくれると信じて。
そんな事情も知らない『手』は風圧が来るほどの大音量で呑気に私に話しかける。
「ほぉ。それでお前は我を呼んだのだな」
その呑気さに若干呆れつつ、正直、気持ちはスッキリしていた。
まるで自分の人生を語った気分だ。
渦巻いていたはずの憎悪はすっかり晴れ渡っていた。
この『手』には感謝しなければならない。
晴々しい気持ちで《この世》を去れるんだから。
私は虚な目で抉れかけていた筈の横腹を確認した。
「は?」
思わず声が漏れる。
千切れかけてまでいた横腹は切り傷に代わり、制服にこびりついていた真っ赤な血は完全に抜けていたからだ。まるで、今までの事が全て嘘だった、と言わんばかりに。
唖然としていると『手』が相変わらずの音量で自慢げに喋った。
「我はお前の命の恩人なんだからな?」
命の恩人。
柚月の姿も見えないし、横腹の傷口も完全に閉じていた。確かに、命の恩人と言っても良いのかもしれない。
「では代償として寿命を半分貰うとしよう!」
前回撤収。無茶苦茶すぎる。
命を救って貰ったとしても、寿命半分は流石に代償が重すぎだ。
私は苦笑いで答えた。
「…少し無茶なお願いですね」
命の恩人(『手』)は期待通りの答えを貰えなかったのか不満げに声を出した。
「…取り敢えず、早く病院に行け。その傷口は時間の経過と共に開き始めるからな」
私は素早く首を振る。
「……私、病院には行くつもりないから」
「…む?」
『手』は不思議そうに手首を傾ける。
そう。
実のところ、私は病院に行くつもりがなかった。傷跡も血の痕跡も消えた今、相談しても信じてもらえる可能性は皆無に近い。
今の私には自ら命をかけて復讐するしか方法は無いのだ。
「…無理な話だな。我の監査の元だぞ?」
が、『手』に勘付かれ私はぎくり、と身を縮こめる。
「……どうするつもりなの?」
疑心暗鬼気味の私に対して『手』は、自信に満ち溢れた声を出した。
「我に任せろ。いい提案がある!!」
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