第2話 世間の罠にかけられたが、神の恵みが与えられた

 ある繁華街にある有名飲食店に勤め始め、そろそろ二年目を迎えようとしているときだった。

 以前の雇われ店長が、ぐうたらで遅刻ばかりしているので、とうとう退社に追い込まれ、新任店長が着任することになった。

 繁華街にあるので、やたら忙しいわりには、時給がそう高くないのでアルバイトは退社する人が多かった。

 といっても、店長、チーフは一年契約、アルバイトも一か月契約だったけどね。

 アルバイトのなかでは、私はいちばんの年長者だったわ。


 ある日、私は突然新任店長から、呼び出しを受けた。

「あなたの接客のおかげで、私はある女性客からこっぴどく叱られ、その女性客の家までわざわざ謝りにいったのだ」

 えっ、私、なにか失礼なことでもしたっけ。

 仮にもしそうだとしたら、その時点で注意される筈だ。

 私はただただ信じられず、ポカンとするしかなかった。

 店長は、言葉を続けた。

「そこで、あなたを無期謹慎処分とする。

 あなたのような人を、店に出しておくわけにはいかない。

 とりあえず今日はこれで、帰ってほしい」

 ??? どういうこと!!!

 私、無期謹慎処分になるほどの悪事を働いたのだろうか。

 痴漢の冤罪をかけられた男性が、企業の世間体を守るために出社禁止になったという話を聞いたことはあるが、私はなにかおかしな疑いでも、かけられているのだろうか?

 

 たとえばオーダーしたのに、なかなか料理が運ばれてこない

ーこれは店の混み状況と、コックに問題がある。

 間違って水をこぼしてしまった。

ーときおり、客の手がすべってコップを倒すケースもある。

 この場合は、こちらに非がなくとも「すみません」と謝罪するしかない。

 しかし、そのどちらにも当てはまらない。


 私はエリアマネージャーに連絡し、話し合いをすることにした。

 あとから思えば、新任店長に任命したのはエリアマネージャーであり、責任をとるのを恐れ、アルバイトの責任に仕立て上げることが多いのが現実であるが、私も例外ではなかった。


 エリアマネージャーと私は、三人で話し合いをすることになった。

 新任店長は、あるメモ書きをテーブルに置いた。

 〇月〇日の午後二時、私はそちらの二階で食事をしようとしました。

一、「はい、いらっしゃいませ」と白けた声で迎えてくれ、

二、お水をガチャンと置きました。

三、私が注文をとる間に、お皿をガチャガチャとうるさく音を立てていました。

 私は不愉快になり、店を出ました。


 エリアマネージャーは、まず

「私は店長より偉いんだ」と威圧感をきかせたあとで、 私に

「このことは事実か?」と尋ねた。

 私は「はい」と答えた。

 エリアマネージャー曰く

「お客様は神様だ。あなたのその接客が不快だと思えば、あなたに非があるということになる。

 この店長は、そのおかげで女性客の家まで、わざわざ謝りに行かされたんだ」

 私はまたポカンとするしかなかった。

 そんなことくらいで、わざわざ店長を呼び出して謝りに行かせるのだろうか?

 文句なら聞えよがしでも、私に言うはずである。


 エリアマネージャーは、一方的に言葉を続けた。

「そこで、あなたに謝罪証明証を書いてもらう。

 今から私の言ったことを、肉筆で書いて下さい」

 私は言われるがままに、レポート用紙に書いた。


 〇月〇日の午後二時、私はそちらの二階で食事をしようとしました。

一、「はい、いらっしゃいませ」と白けた声で迎えてくれ、

二、お水をガチャンと置きました。

三、私が注文をとる間に、お皿をガチャガチャとうるさく音を立てていました。

 私は不愉快になり、店を出ました。


 以上のことで私は店に迷惑をかけました。

 どのような所存も受ける覚悟です。

 〇月〇日 とかいて署名した」


 エリアマネージャーは勝ち誇ったように言った。

「あなたは、私の範囲内では雇うことはない。

 あなたは問題アルバイトである」

 はあ? たったそれだけのことで、問題児になってしまうのか? 

「たった、それだけのことですか?」

 エリアマネージャーはすごい剣幕で言った。

「お客様は神様だ。それをなんと心得る!」

 私はワケのわからぬまま、話し合いは解散した。

 エリアマネージャーは、まるで手柄をあげたように

「まあ、自分が蒔いた種だ。

 この店でのあなたの役目は、もう終わったんだ」

 まあ、自分をそう納得させる以外にはないだろう。

 

 しかしこのままでは、私は悪者になってしまう。

 こんなこと、納得できない。

 まるで一方的にスキャンダルの餌食とされた有名人みたいじゃないか。

 話し合いは終わったが、私は納得できなかった。

 そこで私は、雇われ店長に一泡吹かせることにした。


 二日後、私は雇われ店長に

「あのう、誤りにいった女性客の連絡先を教えて下さい」

 信じられない口調がかえってきた。

「今頃になって、なにを抜かしとんねん。

 車のなかに置いてきたけど、それも忘れた」

 信じられないくらいの、乱暴な言葉で私は思わずポカンとした。


 それにしても不思議で納得いかない話である。

 わざわざ待ち伏せされた挙句のはて、誤りにいった女性客のことは、忘れる筈がないだろう。

 本当に、そんな女性客は存在していたのだろうか?

 私の態度に問題があるなら、私に直接文句を言うはずである。

 私は店長に一泡吹かせることにして、勤めていた本社に手紙を投函した。


  店長様

 先日は、そちらの店の女性店員の不手際が原因で、わざわざ呼び出し、家まで来て頂いて申し訳ありませんでした。

 そこでひとつ問題が起こりました。

 あなたは、玄関先にあった靴を間違えて持ち帰られたのではないかと思うのです。

 その靴というのは、私が去る方からお預かりしている者であり、近日中に返却しなければ、私が痛い目にあうという恐怖感に取り付かれています。

 その去る方というのは、闇金を経営されているその道では、有名人です。

 

 一日も早く、御返事してくれることを願います。

 そうしなければ、私は痛い目にあってしまいます。

 もし返事がない場合、去る方は、あなたの店の二階まで要求に行くと言っています。そのときは、部下を五人くらい連れていく所存だと言っておられます。

 私の窮状をお察しになった上で、御返事下さい。

 何卒、何卒よろしくお願いします。

                           山口 くみこより


 最後の署名は、脅しをかけるために山口くみこという名前を使った。

 この手紙が本部の手に渡れば、雇われ店長からは、なんらかのアクションがある筈だ。

 もし、女性客の家に行っても行かなくても、要するにこの件が事実でも、まったくのガセネタでも、なんらかの返答がある筈である。


 手紙が本部に届いた翌日、さっそくエリアマネージャーが雇われ店長を呼び出して、真偽のほどを問い詰めた。

 雇われ店長は、最初は口を濁していたが、ようやく自分はギャンブル狂でサラ金いや闇金から借金があり、健康保険証も取り上げられるといった窮状に陥っていることを告白した。

 私に苦情を言った女性客というのは、闇金の取り立て屋のことであり、その女性客の家というのは、闇金の事務所のことだったということを、身体を震わせながら告白し始めた。

 そして年長者の私にそのことを知られるのが怖くて、解雇に追い込んだと告白した。

 エリアマネージャーは、自分が雇われ店長から嘘をつかれ、そして私に謝罪証明証を書かせ、解雇したことを悔やんだが、あとの祭りである。

 エリアマネージャーは自分のメンツを保つためには、一度、謝罪証明証を書いた私をもういちど雇い入れることはできないということであった。

 といっても、所詮バイトは一か月契約である。

 まあ、どちらにせよ、私は店を卒業することにした。


 しかし、思いがけない人生のチャンスが訪れた。

 バイトを辞めたことで、私は三年前から通いたかった通信制の神学校に通うチャンスが与えられた。

 神学校というのは、時間と金銭さえあれば誰でも通えるといったものではなく、やはり神様の導きがないと、通えるものではない。

 このことは、四十歳を過ぎた私にとっては、一生に一度のチャンスである。

 有意義な学びを受け、神からの聖霊を受け、無事三年半で卒業した。

 神から宝をもらったような、誇らしく有意義な気分だった。


 

 

 

 

 


                          

 

 



 

 


 


 

 


 

 


 

 

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