第15話 犯人

 


 美咲は知らず知らずのうちに、家庭の事は話しても何の得策にもならないと言う事を、子供の頃から痛いほど痛感させられいた。


(母はあんな父とどうして別れないのだろうか?)いつも疑問に感じていた。


 母は美咲を19歳で産んでいた。まだ何も分からない子供が社会に出て、友達のホステスに強引に引っ張られて、ホストクラブに通い出したのがきっかけで龍馬と知り合った。


 ホストにすれば絶好のカモだ。何も分らない中卒の女の子を騙すことなど朝飯前。旨い事騙して夢中にさせて、年齢を偽り風俗などで働かせる手口だ。


 若い娘は往々にして外見で夢中になってしまう傾向がある。ましてやモデルをしていたほどのスタイル抜群のイケメンに、言い寄られ肉体関係を結んでしまったら、捨てられたくないので言いなりになるしかない。こうして落ちる所まで落ちていった母真理子。


 ★☆

 義務教育の中学3年までは変わった様子は見受けられなかったが、美咲が高校に通い出してからというもの、生活がどうにも立ち行かなくなると、美咲が学校に行って家にいない時間帯を見計らって、母が店の客を引っ張り込んでいたのを美咲は知っている。


 それは学校の都合で急遽授業が半日で終わり帰った時などに判明した。子供が夕方にしか帰って来ないと思い行為に及んでいた。アパートのドアを開けて家に入ると聞こえてきた異様な母の声を美咲は、子供ながらに聞かされていた。


 それは美咲が高校に通い出してから何度か目にした光景であった。


 美咲はこんな事をさせてもなんとも思わない父を憎み、可哀そうな母をこんな薄汚い世界から救おうと東京に出て医師を目指した。


 ★☆ 


 友達も出来て家にお邪魔する事が増えるにつけ、美咲の家庭の異常さを否応なしに痛感させられた。そこでどんな事をしても可哀そうな母を救いたかった美咲は、死ぬ気で猛勉強に励んだ。


 その為にも何が何でも上り詰めたかった美咲は、副病院長水野の策略にまんまとハマってしまった。こうして過去の底辺の侮辱的な境遇を拭い去りたかった美咲は、愛人関係を結んでまでしても上に上り詰め、過去を払拭しようと考えた。


 そして……やっと教授という地位にまで上り詰める事が出来た。


 愛する子供たちとバカな幸薄い母に親孝行ができた矢先に、水野から思いもよらない決断を迫られる事となった。それは離婚して越前市に付いて行くという話だった。


 それではどうしてこのような話が持ち上がったのかという事だが、実は……水野の生まれ育った越前市は高齢化に拍車がかかり、病院を近場に建設して欲しいとの人々の嘆願書に病院建設が始まった。更には現在過疎化と医師不足で悩まされており、病院長を選任していたが、帯に短したすきに長しで苦労していた。そんな時に地元の名士水野の名前が挙がり、新しくできる福井県立医科大学(越前医療センター)の病院長として要請があった。


 越前といえば水野の故郷、何としても自分の人生をかけて郷土の手助けをしたいと思うに至った。


 それでも……水野も折角東都医大病院副病院長にまで上り詰めておきながら、今更過疎地の病院長はないと思うが、何故こんな境地に至ったのか?


 実は野心家だった水野ではあったが、舅の東都大病院長伊藤は娘婿に対しては厳しい男で、惜しみなく協力してはくれるが、同年代の優秀な医師たちから一歩でも後れを取ると口うるさく攻めた。


「水野君今回の研究レポート内容は酷過ぎだ。こんなんじゃ准教授に推薦した私が笑いものになる。しっかり研究成果を出してくれたまえ!」


「ハイ!がんばります」

 この様に同期に後れを取ることを許さぬ厳しい舅で生きた心地がしなかった。それでも妻が、かばってくれるような優しい妻なら我慢も出来たが、そうではなかった。


「あなた……東都医大病院の病院長の婿である事だけは絶対にお忘れにならないでくださいね!この由緒ある家系に傷をつける事だけはなさらないでくださいね!」


 プライドの高い人一倍出世欲の強かった水野ではあったが、病院長一家は更にその上を行く、只一つの失敗も許さない。プライドの高い一族だったので気の安らぐ時間など皆無だった。


 こんな事もあり、舅と嫁が逝った事で一気に解放された水野は出世よりも安堵を強く求めた。


 ★☆

 そして美咲の父殺害経緯が、2人の刑事46歳の木村刑事と新米刑事中野27歳によって炙り出されることとなった。


 犯人はホストクラブ時代の関係者が濃厚と言われ続けてきたが、ここで疑問に残ることがある。もし……犯人がホストクラブ時代の関係者だとしたら、既に15年以上も経っているのに、何故今更事件が発生したのか?


「だがジンがもし犯人だとすれば犯行直後に、フィリピンに立っているはずだが、事件後5年間も日本に住んでいた。どうも……犯人というには?」


 

 そう言えば警察官が葬儀の時に意味深なことを言っていた、あの言葉が意味するものとは?。


「お父さんの死因には不審な点が多々見受けられます」


 それでは……その不審な点とはいったい何だったのか?

 指の指紋が削られて顔が判別不能になるほどクチャクチャに潰されていた。

 これでは本人確認が出来ない為DNA鑑定に回された。結果が出るまでは2週間ほどかかる。


 そして次の容疑者ホストクラブ「マジック」のオーナーだが、どうなのだろうか?

「だが……オーナーは、亡くなったので全く関係ないと思っていたが、父の龍馬が殺害された2000年には、まだオーナーが生きていた。亡くなったのは2006年だから十分容疑者と考えることが出来る。それから……ジンも十分に犯人と考えられる。だって龍馬が客を奪ったので『マジック』が倒産に追い込まれた。そしてナンバー1ホストの地位を失い職も失った」


 刑事の木村と中野が次に疑った人物それはズバリ美咲の母真理子だった。


「あの当時母の真理子は38歳だったが、スナックに勤務していた。深夜遅くの帰宅が続いていた。そして夫に『働いて』と懇願するも反対に暴力でかえされた。そして真理子の働いたなけなしのお金を持ってパチンコ三昧。これにブチ切れて殺害したという事は考えられる」

 

「どうも真理子は店に通ってくるお客の1人次郎に入れあげていた。だから働かない夫に嫌気がさして殺害したことは十分に考えられる」


「だが、龍馬がパチンコが終わって帰り道で殺害された時間が、11時30分頃と推測されているが、その日は真理子はスナックで働いていた。だからアリバイがある」


「って事は犯人が次郎ってこと?」


「嗚呼……それは十分考えられる。どうも龍馬は母真理子をぞんざいに扱っているくせに、やきもちは酷いらしい。近所のアパートの住人の話では『夫婦喧嘩が絶えなかった』と聞いている。ハッキリ聞き取れないが、どうもスナックのお客様と親しい関係になった事が夫龍馬に分かって嫉妬で暴力を振るっていたらしい」


 一体だれが父龍馬を殺害したのだろうか?3人とも明確な殺人動機がある。

 ホストクラブ「マジック」のオーナ-は龍馬という人気のホストが辞めて他店「アイドルスター」に移った事で客足が遠のき閉店に追い込まれた。


 一方のホストクラブ「マジック」のナンバー1ホストジンは、客を奪われホストを辞める羽目になってしまった。


 それと美咲の母真理子だが、あまりの身勝手な龍馬に愛想尽かして別れたがっているが、別れ話をすると酷い暴力を振るうし、店のお客様に嫉妬して仕事にならない。 

 

 ★☆

 2週間が経過してDNA鑑定結果が出た。


「それで結果はどうだったんだ?」


「どうも……3人共シロです」


 ところが、調べていく内に新たな犯人に辿り着いた。それはズバリ田村だ。


 美咲の夫ジョ-の浮気現場写真を渡してくれたこの田村は、ホスト時代に付きまとう女性客を言い争いの挙句、誤って階段から落として殺してしまった。その現場を偶然目撃した龍馬は田村を金欲しさに恐喝していた。


 それでも……何故顔面をクチャクチャにする必要があったのか?


 実は田村は2000年頃東京に住んでいたが、高知から一目散に逃げてアリバイ作りをするために時間稼ぎをしたかった。それと猟奇的殺人事に見せかけたかった。


 それではどうして田村の犯行と断定されたのか?


 直近の防犯カメラは故障だったのか、何も映っていなかったが、すぐ近くの公園の防犯カメラに、こんな深夜11時30に公園を1人で歩く人物など滅多といない。


 そこで怪しい人物に不信を抱いた刑事木村と新米刑事中野によって、聞き込みが始まった。


 当然美咲にも映像を確認してもらった。フードを被っていたが、背格好や歩き方に特徴があったのでハッキリとはしないが田村の名前を出した。


「嗚呼……父の……父の……お友達の田村さんに歩き方が似ています」

 服に付着していた血痕から田村の犯行と断定された。








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