第14話 水野副病院長と美咲
40~50年ほど前は大学病院の教授といえば神と崇め立てられたが、現在はその権威も失墜したと言われて久しい。
だが、それでも教授は医師を目指す者たちの指針であることは間違いない。入局先の医局は今も昔も「白い巨塔」の世界。それだけ権力の亡者と化し虜になるだけの魅力的な肩書なのであろう。
以前は卒業大学の大学病院で研修し勤務していた(お礼奉公)が、現在は卒業後実地研修場所は自由だから少しでも有利な場所や大学を選ぶ。最近は自由になったといえども、入局先の医局は今も昔も旧態依然とした「白い巨塔」
特に外科は有能な医師から学ぶ必要があるので、その研修先大学外科は絶大な権力を掌握している。
美咲は名実共に今権力をこの手に有する事が出来て、天にも昇る思いである。過去の一番知られたくない底辺家族の記憶も、頭の中から完全に消え去り、今現在の誰からも仰ぎ見られ尊敬とうやまい称賛される患者さんの眼差しが、当たり前になっていた。
そして、教授という神と崇められるこの恍惚の響きに、只々酔いしれる美咲だった。
だが、その代償は音もなく忍び寄っていた。
★☆
副病院長水野は妻が亡くなってからというもの、有名人であるミュージシャンの夫ジョ-に、対抗意識を強く燃やしている。
「美咲の夫はジョ-だろう。芸能人は妻をいとも容易く捨てる人種だ。第一もうその証が出ているじゃないか、そんな男と別れてしまいなさい」
「私1人では生きていけないわ」
「僕は……僕は……真剣だよ。妻が旅立った今美咲さえ良ければ結婚したい」
この様な感じで妻が亡くなった事で、美咲に対する執着が以前にも増して強くなり、困り果てている。
更に水野は日本でも有数の東都医大病院の副病院長にして、脳外科の名医だった事もあり、生まれ故郷福井県の福井医大付属の大学病院が新しく建築する(越前医療センター)の病院長にとの要請があった。
越前といえば水野が生まれ育った郷土。故郷の医療に力を注ぎたい水野はその話に乗り気なので、最近は一緒になって福井県に移住しようと水野から離婚を迫られている。
それというのも夫ジョ-の浮気癖が治らず、何度か水野には夫の女癖の悪さを相談していたからだ。だが、最近は夫も落ち着いてきて夫婦仲も良好だ。
それなのに、この様な思いもしない水野の提案にどう受け答えしていいものか、どのように水野を遠ざけようか思案に暮れる美咲だった。教授という役職に就けたのもひとえに水野の後ろ盾あっての事。下手に拒絶したら医学界で生きていけなくなる。
「美咲は俺の事を尊敬しているからどこまでも付いてくると言っていたね。辛い事だけど妻もなくなった事だし、美咲も浮気癖の治らない夫では辛いだろう。付いて来てくれるね?」
「……先生そうだけど……まだ半年もたっていないのに……早過ぎではありませんか?それから……この東都医大病院で病院長の椅子を狙っていらっしゃったのではないのですか?」
「それはそうなのだが、絶対権力者日本医学会会長にして元東都医大病院長の後ろ盾は大きかった。舅が亡くなってしまった今病院長になる為には、資質や能力に基づいて選考が行われるが、正当に評価された場合確実に病院長になれるとは限らない。恐ろしい「策士」「策略家」「凄腕」「戦術家」「術士」がそこら中で蹴落とそうと策略を企てている。それも表立っては笑顔だが、腹の中は真っ黒の輩ばかりの中にまた身を投じるのは疲れた。私は美咲と越前の美しい自然の中で幸せに暮らしたい。もう策略の渦に巻き込まれるのは御免だ。生まれ故郷に帰って同郷の友達と老後は和気あいあいと生活したい。そこに美咲がいてくれたら何も望むものはない」
美咲は啞然とした。そして心の中でつぶやいた。
(それはあなたの望みで有って私は全く違う。結局は今までは舅の力があったからこそ権力を手中に収める事が出来たが、後ろ盾が亡くなった今、負けるかもしれない戦いには望まない。目の前にぶら下がった病院長の椅子で十分。それと若い妻を迎えて悠々自適の生活をしたいだって……フン!冗談じゃないわ!今更ド田舎の過疎地に引っ込んで、魅力的で若い才能あふれる夫を捨てて、年老いた老人と隠居生活に入れだと―—ッ!バカにしないでよ!あまりにも虫が良すぎる。私は例え年が離れていても戦う副病院長に惹かれていたのに)
それから……例え女がいたからといっても夫ジョ-は美咲と絶対に離婚はしない。その理由は可愛い子供たちにも恵まれ家庭を壊したくないのは当然の事だが、病弱なジョ-は美咲は命を繋いでくれる宝物。そんな美咲を捨てれるはずがない。
最も身近で大切な存在は美咲しかいないのだ。若い女に何が出来るというのだ。ただ自分の出世の為に近づいて来るだけの女に自分の命は預けられない。
持病の不整脈だが、不整脈と一言でいっても症状の程度は人によって異なり。少し脈が飛ぶ程度のものがある一方、突然死を起こす事もある怖い病気で、予期しないで襲ってくる事もあるので側に美咲がいてくれなくては困るのだ。
一方の美咲にしても大都会で便利な生活が当たり前になっているのに、今更知らない片田舎など絶対に嫌だ。それでも水野に対する愛情の欠片でもあればまた別だが、20歳近く年上の男に等絶対に付いて行きたくない。
それではどうしてこのような話が持ち上がったのかという事だが、実は……水野の生まれ育った越前市は高齢化に拍車がかかり、病院を近場に建設して欲しいとの嘆願書に病院建設が始まった。更には過疎化と医師不足で悩まされており、病院長を選任していたが、帯に短したすきに長しで苦労していた。そんな時に地元の名士水野の名前が挙がり、新しくできる福井県立医科大学(越前医療センター)の病院長として要請があった。
越前といえば水野の故郷、何としても自分の人生をかけて郷土の手助けをしたいと思うに至った。
水野は美咲が自分と長きに渡り仕事面でも更には肉体関係においても、最初はこんな奇麗な女性が、高齢の自分に身体を許すという事は出世の為だと疑っていたが、言葉でも身体でも尽くしてくれるという事は、愛してくれているに違いないと思うに至った。夫の浮気癖の悪さに夫に嫌気がさして、離婚したがっているからこそ、自分に甘え関係を持っていてくれるのだと考えている。
一難去ってまた一難。
夫ジョ-も美咲の事を愛している。そして美咲も夫だけは掛け替えのない大切な夫だ。この恋模様はどのような展開を迎えるのか?
そして美咲の父殺害経緯が、2人の刑事46歳の木村刑事と新米刑事中野27歳によって炙り出されることとなった。
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