第13話 初恋
美咲は幼少期を思い出すことがある。
ガキ大将として君臨していた美咲ではあったが、中学生の時に初恋をした。その男の子はお医者様の息子だった。
お坊ちゃま育ちの清隆は頭は良いが、優しさが前面に出た一番カツアゲのターゲットにされ易いタイプの男の子だった。
30年ほど前は当時山口組の跡目騒動から一和会という離脱組の組織ができ「山一戦争」という抗争が激化していた。その抗争の最前線が高知であり、新体制山口組の若頭の地位に就いたのが高知の豪勇会という暴力団の代表だった。
高知県は日本最大の暴力団の若頭であるNO.2を排出した土地だったのでよく抗争が起こっていた。抗争中は四国各県から警察が集まって、ヤクザな人間はそこら中にいた気がする。
そんな風土の土佐っ子として生まれた美咲もまた「鬼龍院姉さん」と呼ばれるほどのやんちゃな娘だった。
一方の、そのお坊ちゃま清隆は、とてもじゃないがこんな場所には不釣り合いの純真無垢で優しい男の子だった。
美咲は父がヤクザな父だったので優しさに飢えていた。それでも母が父に抵抗出来るような女でもなかったので、自ずと美咲は小さい頃から自分の身は自分で守るしかない。そんな気性の激しい娘となって行った。だから自分とは余りにも正反対の、優しくて良いとこのお坊ちゃま清隆に惹かれていった美咲。
一方で逆に清隆は強くて頼もしい、そして更には美人で学業優秀な美咲に憧れていた。
★☆
美咲が中学生2年で清隆は1学年下の1年生。
最初のきっかけは気の弱いお坊ちゃま清隆が、カツアゲされて困っているところを助けたのがきっかけだ。
「清隆ま~るいもん早う用意せんとタダじゃ済まんけに。分かっとうな!」
「もう……もう……お金……用意できせん。許しとうせ!」
「わてらを……怒らせたら……怒らせたら……只では済まんぜよ!」
丁度その時、美咲はチビッ子たちを連れ通り掛かった。その時岩陰に子供たちの荒げた声を聞き付けて、ふっとその方向に向かった。
すると案の定、評判の不良グル-プに清隆がカツアゲされている場面に遭遇した。
清隆とは顔見知りの関係だったが、いつも大人しそうな気弱で暗い表情の清隆に何かあるのだとは思っていたが、不良グル-プの標的になっているとは知らなかった。
それはズバリ金目当て。土佐の一本釣りで有名なこの地は11月~2月頃まで休漁になる。家にゴロゴロうっとうしい父親が毎日朝から晩までいる。
一本釣り漁師の子供達は収入の格差が著しい一般船員だと300万前後だ。1000万は船長、機関長の海技免許持ちになる。また船員の役職がつけば収入もアップする。
だが、一本釣りだと、まだ安定しているが、漁師の中には諸経費をはぶくと中には手元に150万ほどしか残らない漁師もいる。
また、家庭に問題がありうっ憤を晴らすためだったり、収入源の途絶えた親を持った子供たちが、金欲しさに清隆を標的にしていた。
※かつお一本釣り漁業:カツオは、高知県民が年間に購入する量が全国一位であるほか、「高知県の魚」にも選定されるなど、高知には馴染み深い魚だ。近海かつお一本釣り漁船は、カツオの北上・南下に合わせて南西諸島~三陸沖で操業する。そのため、高知県の漁業者は、県内だけでなく、鹿児島県、静岡県、千葉県、宮城県などの漁港に、年間16,000~30,000トンを水揚げしている。
それでも美咲はそんな事情は関係ない。
「おまんらなにしと―――ッ!弱いもん虐めしおって。只じゃおかんぜよ!」
ドッカン//✕/ガッシャン///✕ ボカン//✕/ ドスン/✕// グシャン///✕
こんなことがあってお互いにないものねだりで、美咲は自分の家とはかけ離れた品のある優しい清隆に惹かれ、清隆は清隆で自分にはない芯の通った美咲に惹かれた2人は付き合いだした。
2人は土佐の海によく待ち合わせして出掛けた。
「美咲は頭が良いよって僕のお嫁さんになっとうせ。僕も頑張るけに2人で病院を切り盛りして行こう」
「ホンマに?わて勉強して清隆のお嫁さんになるよって。ええな」
「僕も美咲しか考えられせん」
こうして中学生のまだ純粋な2人は、初めての口づけを交わした。
★☆
森田総合病院では今、滅多と怒ったことのない優しい母が清隆を怒り付けている。
「清隆こっちに来て座って。あんたあんなやくざもんの娘と付き合っとるらしいな。大概にしいや!」
「何で—な。美咲ちゃんは成績も良いし、なんでそんなこと言うんや?」
「あかんもんはあかん!分かったな?」
こんな事があって以来美咲と清隆は疎遠になってしまった。そこで美咲は不安になり森田総合病院の向かいにある森田邸に出掛けた。
”ピンポン“ ”ピンポン”
するとお手伝いさんが出てきた。
「あの~?清隆君はいますか」
「あっ!ちょっとお待ちください」
暫く待っていると清隆の母親らしき中年の女性が怖い顔をして現れた。
「あなた……どなた?」
「嗚呼……清隆君の友達です」
「あなた……親御さんはスナックで働いていらっしゃるそうね。ふっふっふ……そしてお父様はお仕事をしていらっしゃらないみたいね。フン!私共はね水商売のお方は大っ嫌いなの。うちの清隆に近づく事だけは絶対に止めて下さいね!ごきげんよ」
そう言うと、きびすを返して怒りに任せて、そそくさとリビングに戻ろうとした。
その時2階の部屋にいた清隆が、いつもの優しい母の余りの大きな声と剣幕に一体何が起こっているのか、心配になり部屋から飛び出してきた。
すると暫く会っていない懐かしい美咲の声がかすかに聞こえてきた。それで2階から一目散に降りて来たのだった。
「ママなんてこと言うんだよ。美咲ちゃんは僕を助けてくれたんだ。それを……それを……」
「あなたは2階に行ってらっしゃい!」
美咲はこんな事を言われるとは思わなかったので、悲しくなり一目散で外に駆け出して行った。こうして苦い初恋は幕を閉じた。美咲はこの記憶がのちに医師を志す礎になった。
(私達家族が何をしたというの。確かに両親は水商売をしていたし、今現在も母は水商売をしているが、人にはどうする事も出来ない事だってあるのだ。一番言われたくない言葉だった。それでも……誰に迷惑を掛けた訳でもないのに、何故この様な侮辱的な言い方をされなくてはいけないのか?)
家庭にはどうにも出来ない色々な事情があるのだ。実は美咲の母真理子の両親は露店商で焼きそばを売ったりして収入得ていた。だから母真理子は中学卒業と同時に働きだした。
こんな事があって医師を目指したのもあった。美咲は自分の出自を心の中では強く恥じていた。
だから跳ね返したいと……その為にはどんな手を使っても上り詰めれるだけ上り詰めてやる。私が医者になってその言葉をそのまま、あの高慢ちきな清隆の母に返してやろうとあの時は思った。
夫が有名人で更には高額納税者で働く必要など全くないのに、仕事を辞めなかった理由。当然夫に勧められたのもあったが、夫は高知県の町長の息子で超有名人。美咲とは余りにもかけ離れた家柄だ。
美咲は自分と夫の出自があまりにかけ離れているので、夫には詳しくは話していない。それでも夫の両親も美咲が医者というだけで詳しくは何も詮索しない。
もし私が医師を辞めて、ただの主婦に戻ったら私に何が残ろうか?女だてらに執拗に出世にこだわったのも、もう二度と侮辱的な言葉を聞きたくなかったからに他ならない。そして私は日本でも指折りの大学病院の教授にまで上り詰める事が出来た。
だが、美咲はあの「パックン」の経営者賢三氏から執拗に付きまとわれている。
「もしもし小松先生ですか、僕は「パックン」の経営者です。ふっふっふ…実は……実は……先生の思いもよらない過去を、ふっふっふ……知ってしまいまして……ふっふっふ……」
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