第5話 誤診

 

「はいどうぞ」

 美咲の声が診察室に鳴り響いている。


「先生最近軽度の頭痛発作がありました」


「嗚呼……紹介状の患者さんですね。ところで、それ以来頭痛はないですか?」


「ええ……ありません」


「脳動脈瘤の有無を調べるために頭部MRIおよびMRA検査を受けましょうう。いいわね?」


「はい分かりました」

 この患者は62歳の女性患者だった。下町商店街で有名なおにぎりの専門店「パックン」を経営する店主だった


 こうして頭部MRIおよびMRA検査を受けたのだが、動脈瘤の所見があったにもかかわらず、診療録に「明らかな動脈瘤認めず」との記載がなされたため、「パックン」の店主は治療の機会を得られないまま過ごしていたところ、動脈瘤が破裂し、くも膜下出血を発症して死亡した。

 

 それでは何故優秀な美咲がこんな重大な過失をしてしまったのか?

 実は……美咲は准教授となって以来学生の講義、講演、学会等があり、患者に付きっ切りになれないのが現状。だから美咲は一度診察しただけで後は、脳神経外科の担当医が診察していた。


 それなのに美咲にその矛先が向かった。

 それは一体どういうことなのか?


 実は……店主は美咲に見てほしくて、その意向を病院側に伝えていた。

 それなのにその希望は叶えられなくて、脳神経外科の担当医が診療することになってしまった。


 こうして動脈瘤が破裂し、くも膜下出血を発症して死亡した。


 家族にとっては大損害。たかがおにぎりされどおにぎり、誰もが称賛するおにぎりを握れる家族の宝を失った「パックン」店主の家族は怒り狂い裁判所に訴えた。


 実は……美咲はその患者さんを見たいのは山々だったが、やることが山済みで手が回らなかったのだ。それでも、長く診察している重病患者はどんなに時間が取れなくても診察しているが、紹介状で新規で診察に見えた患者までは手が回らなかった。


 こうして訴訟を起こされた美咲は窮地に立たされた。


 ★☆


【弁護士と被害者家族の会話】


「病院側に責任があると判断しました。診療録に「明らかな動脈瘤認めず」との記載で治療の機会を失ってしまった。こうして死に至らしめた責任は重大です。直ちに損害賠償請求する流れへと移行しても良かったのですが、まずは争点を絞り、交渉による解決の道を探ろうと、質問状を病院側に送付することにしました」


「ありがとうございます。誰もが称賛するおにぎりを握れる家族の宝を失った損害はお金には換算できません。あの握り方は母しかできない技だったのです。動脈瘤の所見があったにもかかわらず、診療録に「明らかな動脈瘤認めず」と期されていて、無責任にも程がある。そのせいで母は亡くなりました。ぅううっ(´;ω;`)ウゥゥ…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭絶対に許せません」


「本当にお気の毒です。それで……質問状に対する病院側代理人からの回答は、動脈瘤の見落としを認めながらも、病院側の責任は認めないという内容でした。酷い話です。そのため、訴訟を行わずに希望する損害賠償金額を得るのは難しいと思いました。とはいえ、病院側も訴訟だけは起こしたくない様子だったので、訴訟を提起する前に、損害賠償請求の通知書を病院側に発送しました」


「その結果どんな回答が届いたのですか?」


「病院側からの回答は、動脈瘤の見落としと患者の死亡との間に因果関係はない、とするものでした。ただ、動脈瘤の見落としがあったこと、そのせいで患者から治療の機会を奪い、死亡結果が生じていることは明らかであるからとして、示談金500万円を提示してきました」


「何を言っているんだい。大切な評判のおにぎり屋の店主を殺しておいて……替えは他にないんだ。動脈瘤の所見があったにもかかわらず、診療録に「明らかな動脈瘤認めず」と期されていて、更には定期健診の時にも先生から治療の話は出ませんでした。そんな失敗をしておいて……そんな失敗をしておいて……示談金500万円とは人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!それから……私たちが是非ともとお願いした小松先生はどうしたのですか、母は小松先生の腕を見込んで大学病院を紹介してもらったのに、クッソ―よくも……ぅうう……ぅううっ( ノД`)シクシク…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭酷い酷過ぎだ。許せない!(´;ω;`)ウゥゥ…😭」


「本当に病院側の対応はどうかと思います。そこでです。請求内容と大きくかけ離れた回答を受けたため、これ以上の交渉においては実りが少ないと考え、訴訟を起こす旨、病院側に連絡しました。そうしたところ、病院側代理人から、示談金の増額方向で検討するため、訴訟はしばらく待ってほしいとの申し入れがなされました」


「先生許せません。大切な母を殺された恨みは絶対に晴れません。訴訟を起こしてください。ぅううっ( ノД`)」


 病院側の対応を待っていると、またしても弁護士先生から連絡が入った。こうして「パックン」店主の家族で跡継ぎの息子賢三氏と話し合いがもたれた。


「嗚呼……結果が出ました。病院側に検討する時間を与えた結果、風評被害を恐れる心理が働いたのか、5000万円を支払う内容を提示してきましたが、どうですか?さらに、深く謝罪するとして、准教授の小松先生から家族に会って是非とも謝罪させてくださいとのことでした」


「それは大切な、これからも幾らでもその腕で稼げた大切な母を失ったのですから……はらわたが煮えくり返る思いですが、いくら待っても死んだ母は戻って来ません。本当は平均寿命まで25年以上ありますから、それに換算すると金額が少な過ぎますが、こちとら……こんな訴訟で時間を潰す訳にはいきません。仕方ありません。その方向で話を進めてください。先生本当にありがとうございました」


 美咲は副病院長水野が機転を回して交渉してくれたので、降格は免れる事が出来た。そうは言ったものの、それは水野の仕事を公私に渡りサポ-トしているので、どれだけ時間があっても足りない状況化に置かれてしまったからなのだ。


 だが、こんな事件があり2人は、より濃密な付き合いとなっていく。










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