第4話 妬み


 美咲は教授の為には心血を注いだ。例えば医学部キャンパスでの医学生・研修医のための脳神経外科セミナーなどの資料作成や出席。また学会や研究会への参加なども積極的に出席した。


 学会ともなれば、当然1週間近く共にするのだから、出席した医師たちの手前2人が愛人関係にあることなど微塵も出さず、ホテルの部屋も別々に取っている。


 だが、教授が黙っていない。学会が終了したら即携帯が鳴り響く。それこそ徹底している。食事すら一緒に取っているところを見られたら困るので、タクシーに乗り待ち合わせ場所を最初に2人で決めて、2駅くらい離れた場所で食事を取る徹底ぶりだ。そして……決まって近くのホテルに消える。

 こんな美咲の努力も実り見事水野は副病院長となった。だがまだ30代で若かった美咲は当然のこと教授にはなれなかった。

 

 ★☆


 美咲は考えた。それこそ……この40年近く生きて来た人生はまさしくジェットコースターのような波乱万丈な人生だった。


 両親が真っ当な考えのできないクズだったので、それこそお金の為に人に言えない汚い事をやりつくして、やっとのこと医学部を卒業することが出来た。そして……考え方は人それぞれだが、美咲には勿体ない才能あふれる自慢の夫もこの手に出来た。


 だが、その夫は糸の切れたタコそのもので、あの日以来田村から夫の真実を知らされ早3年以上の月日が流れているが、あれだけ厳しく「今度その現場を見つけたら絶対に離婚よ!」といったにも拘らず、相変わらず女の影がチラついているどうしようもない夫。


 それというのも……田村に知らせてもらって以来、それこそ徹底した監視ぶりだ。時には興信所を使った徹底ぶり。

「絶対に離婚よ!」とは言って見たものの、やはり夫以外考えられない。


 そのくせ美咲は夫を厳しくチェックしてがんじがらめに縛り付けて置きたい一方で、実は水野とあれ以来深い関係が続いている。それは水野に対しての愛情からではない。愛情の欠片もない。有るのは只々安定を維持して幸薄い母と可愛い子供を守る為だけなのだ。水野よりも遥かに若くて謎めいた眼差しの魅力的で、才能あふれる夫がいながら高齢の水野など目に入る訳がない。


 

 実は水野の妻は病院長のお嬢様だった。元来優秀な水野だったが、それでも他にも優秀な人材は山ほどいたが、何故水野に白羽の矢が立ったのかという事だ。


 というのも国立大学病院という事もあり名医ぞろいで、特にこの病院の特徴は消化管外科 が有名なのだが、胃癌、食道癌、ロボット・内視鏡外科手術が有名である。そして次に脳神経外科 が有名であった。


 実は脳神経外科だった水野は、高身長で院内きってのハンサムボーイだったことが功を奏して、お嬢様のお眼鏡にかなったという事なのだ。こうして出世街道をまい進中である。


 こんな事情も踏まえて美咲は20歳近く年上の副病院長水野に、体を許したのだ。それはズバリ次期病院長の椅子は余程の問題がない限り水野に回ってくるからだ。それという事は、水野に誠心誠意身体でも仕事でも尽くし切れば、自分も憧れの教授が見えてくるという事なのだ。


(夫のことは愛している。だが、あんな夫ではいつ捨てられるか分からない。その保険の為にも出世しなくては!私にはまだまだ若いこれからまだ30年は生き続けるであろう母が付いている。その為にも好きな一生の仕事、医師としてどうせならてっぺんを目指したい。その為だったら今までもこれからもどんな事をしても上り詰めて見せる。それが例え汚い手だったとしても!)


 水野はよくベッドで美咲にだけは警戒を解いて何でも話してくれていた。

 

「俺は絶対的権力者病院長のお嬢様と結婚したことで、相当な研究実績と論文本数を有していた、次期准教授間違いなしと言われていた同僚から准教授の椅子を奪った。それこそそのしっぺ返しは相当なもので、病院長のお嬢様の婿というだけで、若くして准教授の椅子を手にしたものだから、妬まれて証拠の残らない毒薬を嗅がされて殺されかかったこともあった。まあハッキリしたことは分からないが、それから……その後の教授選でも病院長の力で40代前半でなれたものだから、その時は悪い噂話が流れて、危うく妻諸共教授の椅子もパ-になる所だったんだ。本当に嫉妬とは怖いものだ」


「副病院長その悪い噂とは何だったんですか?」


「嗚呼……それは俺に女がいるというデマだよ」


「それは本当にデマだったのですか?うっふっふ💛だって~現に私がうっふっふチュッ💋」


「そんなこと……そんなこと……絶対にある訳ないじゃないか、だって病院長のお嬢様だろうバレたら全て水の泡」


「副病院長やはり奥様を愛していらっしゃるのね。私耐えられない💢」


「かわいい女だな💓実は……妻が癌で余命宣告を受けている。それでだな……君さえよかったら夫と別れて……いずれは俺と一緒になる気はあるかい?どうせ……夫とは上手くいっていないんだろう?」


「それは……そうだけど……そんなことまだ早すぎるでしょう」

 美咲は口では愛しているフリをしているが、全くそんな気はない。


 ★☆


 教授回診は決してドラマの世界だけではなく実際にもある。教授を先頭に医局員がずらっと続いて各病棟を練り歩いてゆく様は、まさにドラマ通り。

  

 今日も教授回診が始まった。


 だが、白い巨塔のような医学部教授が絶大な権力者だったのは過去の話と言われて久しいが、それではその話は本当の話なのだろうか?


 それは50年以上前の事になる。それでは何故医学部教授の権力が強かったかというと、関連病院を支配する大学医局の長である教授が1人でその地域の、医師の就職先や、更に医師の配置権を支配していたので、教授に逆らえば医師が回されず潰されてしまうため、関連病院は皆教授に頭を下げるし、それ故に関連病院の経営にも口出し出来たため、製薬会社も教授に絶対服従だった。病院の決定権を牛耳っていたので政治家も財界人も医学部教授をもてはやしていた。それ故に医学業界の一大権力者だった。


 ところが、インターネットを中心に情報化が進み、医局制度も崩壊し、誰もが自由に就職したり、求人したりできる社会になったため、教授の権力は失墜した。


 それでも昔ほどの神的な存在ではなくなったものの、教授とは医師を目指すものにとっての最終到達点といっていい役職である。


 ご一行に先回りして病棟へ駆け込み、担当患者さんのカルテやフィルム一式をすべて用意するのは研修医の役目。そして患者さんの前で研修医が教授に、病名や治療経過などを説明するのだが、緊張して教授からの厳しいダメ出しが入り、しどろもどろでひたすら謝るだけ。こんな事を経験して美咲は准教授となっていった。


「すみませんすみません」

 

 この時の教授が水野だった。

 美咲は例えクズでも、ナンバー1ホストだったイケメン過ぎる父親の遺伝子を受け継いだ超美人だった。その頃から水野は美咲に心奪われていた。








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