第3話 教授の思惑


「美咲分かるかい。おじちゃんだ。お父さんの友達の……ホスト時代の知り合いの田村だ。美咲とは何度か会った事があるから……知っているだろう……」


「どうして私の家の電話番号分かったんですか?」


「お母さんに聞いたさ」


「ところで…どんなご用件でしょう?」


「あのさ……夫の譲治さんの事だが……私は興行主の仕事も手伝っているので譲治さんの噂はよく聞いている。実は……愛人が……」


「嗚呼……今忙しいので会って話せますか?」


「良いですよ」

 こうして会う事となった田村というこの男は、チケットを大手企業に売り込む仕事をしている。だから「ジョ-バンド」の事はよく知っていた。



 ★☆


 忙しい中美咲は渋谷駅近くのス○バで田村という男と会った。


「久しぶりだね。すっかり大人の女性になって……」


「そうですよね、私が小学生の頃お父さんに連れられジャニ○ズのコンサート会場で何度かお会いしましたよね。あの時は無理言ってチケットを手配してもらいまして……ありがとうございました!」


「そうだ。譲治君の事だが……実は?嗚呼……ところで……お金を……」

 美咲は30万円と引き換えに情報を提供する約束をしていた。


「あっ!ハイどうぞ」

 そう言って封筒を渡した。


「実は譲治君はコンサ-トで地方にやって来た時に愛人と密会していたんだ。その相手は、曲を提供した女優広田レオナだ」

 

 美咲は過去にも何度かその様なことはあったが、医師という仕事に追われていつの間にか風化していった。いつもジョ-に言いくるめられてその場は収まっていたが今回だけは許せない。あんな若くて奇麗な相手では、到底太刀打ちできないではなか?完全にブチ切れた美咲。

 

 ★☆

 そんな時に脳神経外科の教授に呼び出された。


 ”トントン”

「嗚呼……入りなさい」


「失礼します」


「よく来てくれたね。さあ座って……」


「一体話とは何でしょうか?」


「君のくも膜下出血の原因となる、脳動脈瘤の破裂を防ぐクリッピング手術には感服しておる。そこでだ……准教授に推薦しようと考えているが、今度の学会は重要な学会で、推薦が必要だが君を推薦しようと思っている。どうだ。一緒に行こうじゃないか?」


「嗚呼……教授ありがとうございます。誠にうれしいお言葉……それでも家庭がありますから……」


「……何を甘っちょろい事を言っているんだ?みんな我先に出世しようと必死なのに、嗚呼……もういい!帰りたまえ!」


「いえ!是非とも出席させて頂きたいのですが、家族と相談してすぐに折り返し電話いたします」


「それは出席したほうが断然得だと思うよ。最新の情報を手に入れて、最新の研究成果や治療法、更には他の専門家からの情報を収集出来て、日々の診療や研究に活かすことができるからな。また、学会に出席すれば更新に必要な単位を取得できる。その他の資格を維持するためにも参加した方が良いよ」


 ★☆


 ”ピンポン“”ピンポン” ”ピンポン“”ピンポン”

 久しぶりにツア-から帰ってきた夫。


「お帰りなさい」

 

 だが美咲は内心穏やかではない。それは父の知り合い田村から聞いたあの言葉に現実を受け止めきれずにいる。今までも浮気を疑ったことは何度もあったが、ハッキリした証拠があった訳ではない。だが、今回は逆立ちしても敵いっこない新進気鋭の女優さんで、おまけに証拠の写真まである。


「あなた食事にします?」


「嗚呼……美咲の作った味噌汁とおにぎりでいいや」


「ちょっと待って下さいね」


 テ-ブルに味噌汁とおにぎりが並んだ。


「嗚呼……美味しい。疲れが吹っ飛んだ」


 その時だ。美咲がキッチンで、とうとう耐え切れずに泣き出してしまった。

「ぅううっ( ノД`)シクシク…わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


「美咲どうしたんだい。急に泣き出したりして……」


「ぅううっ( ノД`)シクシク…あなた……あなた……浮気しているでしょう?それも、その相手は楽曲を提供した女優広田レオナでしょう」


「誰がそんなこと言うんだよ。絶対ないから」


「噓!噓!絶対噓!わあ~~~ん😭わあ~~~ん😭」


「そんなことないさ絶対に!」


「あなた……写真があるのよ」

 そう言って引き出しから写真を出してジョ-に突き付けた。


「………」


「あなた……今度広田レオナと会っている現場見つかったら離婚よ!」


「そこまでいう事ないじゃないか?出来心ってやつだ」


 反省するどころか開き直るジョ-に対して何かが壊れる思いがした。


 ★☆

 

 浅井家は美咲が医師をしているので常時お手伝いさんがいた。


 ジョ-も結婚の条件として医師を続けることに大賛成だった。それは軽いうつ病と不整脈という持病持ちのジョ-にとって美咲は頼もしい存在だった。医師を続ける事によって、いざという時に助けてもらえるし、最新の医療情報にも精通して来るので大歓迎なのだ。


 あの日は感情的になり夫ジョ-と学会に参加する話はしなかったが、芸能界とは周りを見渡せば奇麗な女性に囲まれた華やかな世界で、美咲では想像もできない裏と表のある怪しい世界。そんな世界に身を置く夫ジョ-の感覚は、我々一般社会では計り知れないものがある。


 何かが壊れた美咲は仕事だけは自分を裏切らない。仕事にまい進しようと誓うのであった。こうして教授との学会参加を決めた。



 ★☆

 学会は神戸パシフィックホテルの会議場で行われた。


「教授本当にありがとうございました。勉強になりました」


「大学病院の未来を託す若い医師に頑張ってもらわなくてはと思い、君にお願いしたのだ」


「嗚呼……疲れました。ホテルでぐっすり眠って疲れを癒しましょう」


「君の部屋は何階だ?」 


「私は11階です。それでは失礼します」


「君………」

 そう言うと美咲の手をギュッと握って教授が言った。


「君の未来は僕が握っている。ここで断れば君の出世の道は断たれたも同然だ。僕に任せて付いて来なさい」


 いくら才能あふれる夫でも、糸の切れたタコのようにフラフラする夫に私の全てを預けて良いものか?それよりも自分の能力を最大限に生かして、いざという時の為に教授の言葉に付き従うほうが正解かもしれない。あんな優柔不断な夫に捨てられたら私には、子供2人とそれにまだまだ若い、50代後半の母という重荷がのしかかってくる。よくよく考えた結果教授の意向に沿った。


「今夜は僕の部屋でいいね!」

 

 教授の部屋に消えた美咲。








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