運命を受け入れて
レナとの電話から、慧は決意をもってあやと対面した。
「あやさん、お時間良いですか?」
「えぇ」
神妙な面持ちの慧に対して、落ち着いた笑みを見せるあや。
「あやさん、実は探している男性は生きているらしいんです」
「え……?」
目を大きく見開いたあや。
その瞬間、時間が止まったように思えた。
開いた唇がプルプルと震えだす。
目からツーッと涙が頬を伝った。
あやは両手で顔を覆った。
「大丈夫ですか⁉」
しまったと咄嗟に慧は思った。
怨霊になってしまう可能性がある、アスカから聞かされた言葉が頭をよぎる。
「これどうぞ!」
慧の後ろからアスカが真っ白のタオルをあやへ渡した。
あやの隣で肩をトントンと優しく叩く。
次第にあやの嗚咽は止み、呼吸も静かになっていく。
「良かった、本当に良かった……」
慧の予想を反し、彼女はそう述べた。
三人がラウンジの椅子に座ると、あやは話を始めた。
「あの日、私たちはあるレストランへ食事に行くところだったんです。私はオムライスが大好きで、その日もオムライスを食べに行こうって彼と車で向かっていたんです。……でもその時に事故に遭って」
あやはぎゅっと両手を胸の前で握った。
「あの日私が運転していなかったら、彼は死ぬことなんてなかったんじゃないかって……、私が運転していたから存在が消えてしまったんじゃないかって。でも生きているんですね!」
再びとめどなく溢れてきた涙を拭いながらあやは笑った。
「あの日はあやさんが運転をしていたんですか」
その言葉を口にした瞬間、慧の胸がざわめいた。
今までの景色が、少しずつ反転していく。 慧は男性の方が運転手をしていたと思っていた、あやは助手席に座っていたと。
それが逆だったのだ。
自分のせいで恋人が亡くなってしまったとしたら、それはどんなにあやを重く苦しめていただろう。
そんな不安から彼女はあそこに何十年も縛り付けられることになってしまったのだ。
好きな人を殺してしまったかもしれない、それはどれほどの恐怖だっただろうか。
慧には想像もつかなかった。
「あやさん、実は住んでいると思われる家を突き止めました」
アスカが唐突に述べたので、あやと慧は一瞬固まってしまった。
「それは彼が今いる場所がわかったということでしょうか?」
「えぇ、そうです。実際に私が彼の姿を見たわけではないので断言はできませんが、住んでいる場所の見当はついています」
「アスカさん、それはどこにあるんですか?」
「私たちが住んでいる町の隣町だよ」
「じゃあその男性には会いに行こうと思えば行けますね。僕があやさんを連れて行けば!」
慧には幽霊を憑けて一緒に行動をすることができる。
あやの成仏に向けて、一筋の光が差し込んだような気がした。
アスカは慧の言葉に頷くと、あやの方へ向き直った。
「あやさん、ここにいる慧君に憑けば、町の外へ出られます。彼の姿を見ることも、もしかしたらできるかもしれない」
そこでアスカは言葉を切った。
しばし沈黙。
そして、静かに続けた。
「でも、もし彼がもう別の人と暮らしていたら? 家族ができていたら? それでも受け入れられますか?」
いつになくアスカは険しい表情を見せた。
その声音には、普段の柔らかさがなかった。
慧は息をのむ。アスカの指先が、わずかに震えているのが見えた。
いつもなら優しく肯定的な言葉をかけそうなものだ、それにどこか自分自身にも言い聞かせいるようなそんな雰囲気を慧は感じ取った。
「……それでも、彼に会いたいです」
あやもキリリとした表情でアスカに向かった。
その眼差しを受け止め、アスカは静かにうなずいた。
「わかりました。では行きましょう。彼の所へ」
いつもの笑みがようやく戻る。だが慧には、その奥に残る影が見えた気がした。
「よろしくお願いします」
話し終えたあやも、また一つすっきりとした表情を浮かべていた。
「慧さん、話してくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
「さぁさぁ、そうと決まったら、温泉にでも入ってさっぱりしていらっしゃいな!
そんな顔では彼に会いに行けないわよ?」
女将が優しく微笑みかける。
はい、と小さく恥ずかしそうに笑うとあやは席を立って温泉へ向かった。
「女将さん、聞いてたんですか?」
アスカは苦笑いを浮かべる。
「従業員がお客様とどう向き合っているのかを観察するのも女将の仕事でね」
オホホと笑うと女将は去っていった。
「アスカさんすいませんでした。勝手に伝えちゃって」
「いいよ、いつかは言わなきゃいけなかったし。それにその彼の情報も手に入ってたからちょうどよかったよ。それに……」
「?」
「動いてみないと分からないこともあるよね。今回は私が慎重になりすぎていてお客様を信じられてなかったからちょっと反省かな」
アスカは笑った。
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