事実と慎重


 衝撃の事実を知ったあと、二人は車へ戻っていた。



 季節はすでに冬。陽が差していても空気は冷たく、立ち止まっていると身震いするほど。



 休憩しながら、慧とアスカは先ほどの出来事を振り返っていた。



「アスカさん、大丈夫ですか?」



「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」



「それより、あの男性が亡くなっていないって……どういうことなんですか?」



 慧は、アスカがその事実に気づいた理由が気になっていた。



 あの時に吹いた風――もしかして、彼女が起こした「何か」だったのか。



「霊の気配を感じられなかったの」



「でも……時間が経ちすぎて消えたとか、移動したとかじゃ?」



「その可能性もある。だけど……」



 アスカは言葉を切り、微笑んだ、何かをごまかすように。



「でもね、男性が生きてるのは確かだよ」



 その断言に慧は息をのむ。



「あやさんに伝えますか? きっと喜ぶと思いますけど」



「それは慎重にした方がいいと思う」



 アスカは真剣な表情に変わった。



「あやさんはずっとあの場所で待っていた。もし彼が生きていたと知ったら……自分だけ無駄に待ち続けたと感じてしまうかもしれない。そうなったら、うまく成仏できなくなる可能性がある」



「……どういうことです?」



「最悪の場合、悪霊になってしまうかもしれないってこと、かな」



「そんなことが?」



「滅多にないけどね。霊は環境や感情にとても敏感なの。特にネガティブなものには」



「悪霊になったら、もう元には戻れないんですか?」



「うん、戻れない」



 慧は黙り込み、考え込んだ。



(もし本当に男性が生きていたとしたら……亡くなったのは助手席にいたあやさんだけ。自分だけが不幸に遭ったと知ったら、怒りや絶望に支配されてしまうのは、無理はないかもしれない……)



 ふと、目を伏せたアスカの横顔を見て、慧は思った。



(アスカさん……そんな霊を見たことがあるんじゃないか?)



 そう疑問に思ったが、それは口には出さないでいた。



「この後はどうします?」



「そうだね……どうしよっかなぁ」



 アスカはペットボトルで喉を潤し、窓の外に目を向けた。



「私の友達にも協力してもらおうかな」



 車窓の向こう、冬の陽に照らされた海は、何も気にする様子もなく小さく波打っていた。


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