アスカとレナ、そして……
「レナ、この人が俺のバイト先の先輩」
仕方なく、アスカをレナに紹介した。
「バイトの……」
レナは小声でつぶやく。
「アスカさん、こっちが幼馴染の佐々木レナです」
「初めまして! 榊アスカです!」
アスカはレナに微笑みかける。
「初めまして」
レナもアスカに微笑む。小柄なレナはアスカを見上げる形となる。
「慧ちゃんがいつもお世話になってます」
レナは微笑みながらそう言ったが、視線の奥にかすかな揺らぎがあった。
(この人が慧ちゃんのバイト先の人……)
自分よりも多く慧と顔を見合わせることが多いのが、アスカということである。
レナの心に、なぜかアスカに対して昔から慧のことを知っていると対抗心が芽生えた。
「いえいえ、こちらこそお世話になってます!」
アスカの何気ない挨拶にレナは少しだけ嫉妬心を感じた。
「今日はパンツスタイルなんだ……、私はワンピースなのに」
呟きは誰の耳にも届くこともなく消えていった。しかしほんのわずかに声には滲んでいた……、アスカへの憧れか、嫉妬か、レナ自身にも分からない感情が。
「え?」
アスカが首をかしげる。
「いえ、なんでもないです!」
「レナちゃん……、レナちゃんって呼んでもいい? 会いたかったんだ! 慧君あんまり話してくれなくて」
「慧ちゃんが私のことを? なんで?」
レナは慧の方を見る。
「……別に、いいじゃん……」
慧は渋い顔でそう返した。
特に何も起こることもなく、アスカとレナは仲良く話をしていた。
慧は二人の隣で内心冷や汗をかいていた。
(アスカさんに限ってないと思うけど、お願いだから「黄昏館」なんて口走らないで! 話されたときは一気にここが地獄になる……!)
じっと慧は二人の様子を見守る。
いつもは天真爛漫で慧をいじるアスカだが、レナには大人な接し方をしている。
年上だからだろうか。
そして心なしかいつもよりレナの表情が幼いような気がした。
「楽しかった! そろそろ行かなきゃ。またねレナちゃん。慧君、レナちゃんに心配かけないようにしないとダメだよ?」
「はい……でもなんでそんなことを?」
「アスカちゃーん! ちょっといい?」
後方でアスカを誰かが呼んだ。
「今行くー! 慧君また黄昏館でね!」
慧に小さく手を振ってアスカは行ってしまった。
***
帰り道のこと。
「はぁ~……」
アスカに出会ってしまったレナ。
「アスカさんってなんだかまぶしいね。背も高くてすらっとしてるし。慧ちゃん、アスカさんと話している時ちょっと違う顔するんだね」
レナは慧のアスカに対する表情が自分に向けてくるものと異なることが気になっていた。
「そうかな」
確かにコロコロと忙しく表情が変わるアスカと話しているとこちらも表情が変わっている自覚は慧にもある。
「うん……、あんな人とデートに行ったら楽しかったでしょ?」
レナはそっぽを向きながら呟いた。その声にはほんの少しの寂しさが滲む。自分の知らない慧をアスカが知っているかもしれないと思ったから。
「違うよ。アスカさんとは行ってないよ」
「イイって、否定しなくても。わかってるから!」
レナはパンと慧の肩を叩いた。
レナは誤解している。
なにか言わねばと慧は思ったが、レナが一足早く口を開いた。
「またね慧ちゃん」
小さく、名残惜しそうに手を振った。しかしその目はどこか翳り何かを確かめるようだった。
その後、レナは慧の顔もろくに見ずに歩き出した。
どうしても、自分の顔を見せたくなかった。
今は幼馴染としての自分で、慧とは向き合えないと思った。
そんなことも露知らず、一人取り残された慧。
***
その夜―
慧は部屋で寝転んでいた。
この数日のことを思い起こす。
高校時代の担任、幼馴染のレナ、バイト先の先輩のアスカに会った。
皆、今の自分に様々な影響を与えてきた人物だ、充実した時間だったと思う。
生きている、生きていて良かった。大げさでもなく慧はそう思った。
(またレナともどこかに遊びに行きたいな)
レナの心も知らず能天気にそんなことを慧は考えていた。
「!」
突然、誰かに見られている気配を感じ、起き上がり部屋の隅を見た。
部屋の隅に、雨に濡れた絹のような気配が滲んでいる。青白くゆらゆらと動く輪郭は、まるで月の光で形造られた人影のように見える。
そしてそれは女性のような形をしている。
これには見覚えがあった。
慧はため息を吐く。
「もう、またケイコさんですか。騙されませんよ?」
何回も同じ手で驚くほど慧も単純ではない。彼女の顔を覗き見る。
(あれ? でも今日は旅館行ってないぞ。ケイコさんが付いて来られるタイミングはなかったはずだけど……)
「……」
長い黒髪が顔にかかり、よく見えない。慧はもっと彼女に近づいてよく
観察する。
いつものケイコの好むファッショではない気がした、表情もどこかうつろのような……。
「……ケイコさん、じゃない……⁉」
女性の霊はケイコではなかった。
それは慧の全く知らない女性だった。
つまり、
「本当の、幽霊……?」
全身の血が凍り付いたかのように感じる。時間だけ止まり、自分がそこへ残されているかのような錯覚。喉の奥に叫びが詰まり、心臓の鼓動だけが動き生きていることを主張していた。それは痛みすら伴うほどの音。
しばし幽霊と対面する慧。
静かな室内に時計の秒針の音だけが同じリズムで鳴り続ける。
寒い。それに雨が降っているようだ。
口からは白い息が出そうだ。
少しずつ気持ちも落ち着き冷静に幽霊の様子を見ることができるようになった。
静かに、静かに、彼女は泣いていた。
その涙の意味を慧はまだ知らない。
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