【感謝! 1万PV突破!】不可思議 旅館・黄昏館へようこそ〜人間も妖怪も幽霊も異次元人も訪れる旅館でバイトを始めてしまいました〜

赤坂英二

旅館へようこそ

夏が始まる



トンネルの先、世界の狭間にある旅館「黄昏館」。






 夏の大学。




 張り詰めた糸のような静寂の中、教授の話声だけが漂っている。




 教室の前に掛けられている時計に学生たちの目線が集まっている。




「ジリリ!」



 真夏の学校にチャイムが響く。



 学生たちの喜びの吐息が大きく教室を満たす。




 授業前のだらだらとした雰囲気と異なり、きびきびと筆記具をペンケースにしま

い、せかせかと教室の扉へ向かい歩いていく。




「はい、今期はここまで。来週までに期末レポートを提出してください」




 教授の声はもうすでに彼らの耳には届いていない。




「あー! これで夏だぁ!」



 まだ教室に残っている学生たちも夏の始まりの訪れにワクワクしている。



「めっちゃテンション高いな」



 一人の男子大学生の叫び声に、隣の男子は苦笑する。



「だって久々の夏だもん!」



「うん? 去年も夏はあっただろ」



「去年は受験だったから夏らしいこと何一つしてないんだよ! な? わかるだろ?」



「ん? まぁそうかな」



「で? お前なにすんだ?」



「まずは、海に行く! で、バーベキューして、花火する!」



 男子学生は指で数えながら話す。



 その顔はおもちゃを買ってもらえた子供のようにわくわくとした表情をしている。



「まさに夏って感じだな。慧、お前は夏どうする?」



 唐突の問いかけに驚きながらも、

「俺は、バイトしようかな」

 平静に答える。






 石坂慧は、⒙歳の大学一年生である。大学と同じ町で生まれ育ち、小さいころから祖父母と暮らしている。

 


 両親はすでに他界しており、一緒に過ごした記憶はない。


 

 あまり物事に熱中するタイプではなく、どこかドライに世界を見ている。



 大学の講義も、あまり興味がない分野のものだと、教室の後ろのほうに座り、適当に話を聞きつつ、こっそりと読書などをしていたりすることもある。




「始めるのか?」



「うん。夏だけのバイト探そうと思って」



 彼ら二人に話しかけられるのは、聞き逃したことを訊いたりできて、ありがたいと思う節はありつつも、あまり個人的なことは聞いてほしくないと思っている。






 その後、慧はクラスメートたちとの会話を用事があると早々に切り上げて、自分の自転車にまたがった。





 自分の家までは自転車で数十分。実に通いやすい。いつでも図書館を利用でき、お昼時に激混みするカフェテリアで食事をする必要もないし、一時間目の授業に出席するために寝ぼけ眼をこすりながら満員電車にもまれる必要もない。




彼自身もこの環境は恵まれていると感じている。その環境になるように進路を選んだのは彼自身であるのだが。





「夏休みか・・・」



 自転車に乗りながら、ぽつりぽつりと独り言をつぶやく。



 誰にも聞かれず、風を感じながらこうする時間が好きだ。



 慧の住む町は自然豊かな小さな町で、自転車で回ることも可能なくらいである。



 胸いっぱいに空気を吸い込むと、植物の緑と土の香りと磯の香りが気持ちよい。



 青空には入道雲がすくすくとその体を広げ、寝転んでいる。



 夏休みが始まる高揚感もあって、いつもよりも自分の視野が広くなっている気がした。






 石岡慧、それまでの世界がひっくり返る出会いをする夏がはじめる前日である。







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