第4話 にゃんこ

「帰って来なかったのね」


 ルナはチョコレートショップ『ルナール』のガラス扉に貼っておいたメモをはがした。


「いったい、あの母親はどこに行ったのでしょうね」

「男かな?」

「不倫ですか? じゃあ、旦那さんが探しているでしょう」

「だったらシングルマザーかな」


 昨日の事件で意気消沈していたオトが心配だったので、今朝は自宅まで迎えに行った。

 ルナたちはカズが独身の頃住まいにしていたタワーズマンションで寝泊まりして、管理会社のスタッフがメンテナンスしてくれていた車で移動している。

 

 置き去りにされた幼児は刑事の遼平に連絡して女性警官が迎えに来てくれた。

『甘辛探訪』のリポーターによって撮影された顔写真が全署員にメール配布された。

 あとは置き去りにした母親が迎えに来るのを待つだけだった。



 オトはバレエで鍛えているだけのことがあって少々のことではへこたれなかった。

 ルナは引継ぎをすると帰国の途に就いた。

 置き去りにされた幼児のことも心配だったが、留守番をする米国の隼人と蒼一郎のことも心配だった。

 テレビ通話をするたびに蒼一郎が激しくくしゃみをするのも気がかりだった。

 主治医はアレルギーだと言ったとシッターさんから聞いた。詳しい検査の結果が明日わかるということだった。





「ママ、ねこの赤ちゃんが生まれたんだよ」


 隼人は「おかえり」よりも先に興奮気味に言った。


「猫? 猫なんて飼ってないでしょ」

「フェンスの下を通って入って来ちゃったの。守衛室の裏に住んでいるの」

「んでね、こーんなにちいさいの」


 立て続けにくしゃみをする蒼一郎に代わって隼人が勢い込んだ。


「ねこの赤ちゃん、こんなに小さくて可愛いんだよ」


 まだ小さな手で大きさを現した。


「へえ、あとで見に行こうかな。ところでソウ、猫アレルギーじゃないの?」

「あれるぎー?」

「うん、猫に近づくとくしゃみが止まらなくなるの。しばらくは近付かないほうがいいわね」

「ええー、そんなあ」

「ずっとくしゃみが止まらなくなったら困るでしょ」


 移動中、ずっと寝ていたナナが起き出してきた。


「ウーたん、にゃんこみゆ」


 シャー

 

 片手を振り上げて威嚇のポーズをする。


 ああ、このことだったのね。


「ナナちゃん、ねこちゃんに触ろうとしたのね。それでハヤトお兄ちゃんにダメって言われたのね。いじわりで言ったんじゃなくて、ナナちゃんが怪我しないように言ったんだよ」

「いじわり、ちかう」

「そう、お母さん猫、もうすぐ赤ちゃんが生まれるから気が立っていて威嚇していたの」

「いかく?」

「おこっているの」

「こわい」

「だからハヤトお兄ちゃんが助けてくれたんだよ」










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