第3話 ママはどこ?

「オトちゃん、おはよう。もうちょっとゆっくりでいいのに」

「そういうルナちゃん、オーナーも早いじゃないですか」

「2人のときはルナちゃんでいいわよ」


 店内を掃除するクリーンスタッフの邪魔にならないよう、二人は扉の前に待機した。やがて表の通りの掃除も終わったので店内に入り、裏の冷蔵庫から早朝に届けられたチョコレートをガラスケースに陳列した。

 甘い香りに包まれる、このときがルナの至福の時間だった。


 すると、ガラスケースの向こう側を小さな影が横切った。そのあとを長い影が追いかけた。


 奥のキッズルームに飛び込んだ小さな影が叫んだ。


「ウーたん。ウーたん、とこ?」

「ナナちゃん、ウーたん、ここだよ」

「ウーたん、ちかう」


 首を横に振った。


「ああ、ルナミちゃんね。今日はパパもママもお仕事だから保育園に行ってるわ」

「いくえん?」

「お友だちがたくさんいる所」

「いく、いくえん、いく」

「うーん、今日は無理かな」


 カズがナナを抱き上げた。


「来る途中に公園見つけたから連れて行ってくるわ」

「何なら実家に行って。ナオママが相手してくれるから」


 すると、オトが顔を出した。


「レイママもいるから」

「うん、間がもたなくなったらそうする」




 オトと交代にランチをとっているときだった。

 店が騒がしいような気がしてルナは箸を置いた。


「お客様、ここは託児所ではありませんから」

「でも、昨日、2、3時間預かるって言ってたわよ」

「それは知人の場合の話で」

「いいじゃない、ちょっとだけだから」


 オトに子どもを押し付けた女性は出口に向かった。


「お待ちください」


 オトは子どもを抱いたまま通りまで追いかけた。

 通りかかったタクシーにオトの手を振り払って女性は行ってしまった。


「どうしよう」


 オトはしょげ返っている。


「あの、顔写真は撮ってありますから。必要とあれば仰ってください」


『甘辛探訪』の記者が店内の様子をカメラに収めに来ていた。


「ええ、よろしくお願いします。オトちゃん、手首に傷が、消毒しなくちゃ」

「これくらい平気です」

「だめよ、ばい菌でも入ったら大変よ。傷害罪も増えたわね」


 ルナはスマホを出すとオトの手首に向けシャッターを押した。

 状況を見ていたお客様から心配の言葉が寄せられ、感謝とお詫びの言葉を遺し、チーフに任せるとスタッフルームに引っ込んだ。


「すみません。止めることが出来なくて」


 可愛そうなくらいオトはうなだれている。


「誰にも止められなかったわ。私にも」

「どうしましょう、この子」


 消毒が終わったらルナは再びスマホを取り出した。

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