第37話 別れ

「おい、寝るな」

「なんすか。練習ハードだったし、オールだったんだからちょっとぐらい良いじゃないですか」

「練習会は終わった。早く出ていけ」

「ちぇー」

───早朝。

 河島さんの家で日が昇るまで練習した俺たちはくったくただった。

 にも関わらず、河島さんは朝食を振る舞った後、速攻で俺たちを追い出した。

 このままズルズル長居されるのは嫌だったらしい。

「ケッ、河島さんのケチ」

「いつになくキレてんなみっちー。ま、朝食美味かったしいいじゃん。むしろ、河島さんらしいよ」

「クッソ!河島さんのオキニのアダルトビデオ見つけらんなかった!極上の手に入った、って自慢してたからこっそり拝借しようと探してたのに!」

「そういうとこだぞみっちー」

そりゃそうだな。こんなやついたら俺でもすぐさま追い出したくなる。

「だって、頼んだって河島さんが満足するまで貸してくんないんだぜ?そんなの半年ぐらい先になるわ!」

「まあまあ」

流石にそこまでじゃないだろ。多分。

「………ステーキ……可愛かった。また撫でたい」

 コトねこが思い出すかのようにうっとりした顔になる。

「可愛かったか……?」

ステーキはあの後、結局みっちーのポッケで潰れたビスケットまで食ってたし、隅にあったクッションにも齧り付いてた気がする。

 本当に肉と魚しか口にしないというのも怪しくなってきた。もはや何なのだろうあの生物は。

「………ん、次会ったらもっと撫で撫でする」

「俺は怖いし遠慮しとくよ……」


「うへぇ〜。重いよー。誰かヘルプミ〜……」


太郎が痛々しげな悲鳴を上げる。

 その背にあるのは──気を失ったkS1nだった。

kS1nは練習中に突然ダウンしてしまった。何が原因かは分からないが、恐らく寝不足だろう。

(インファイトしなくてよくなったのだけは幸いだったな)

「河島さん家まではkS1nが背負ってたんだから、これで貸し借りなしなんじゃない?」

「うぅぅ……。そうだけど、一人じゃ持てないよ〜」

「やきとり持ってやれよ」

「そういうみっちーが持てよ。てか、コトねこなんかは俺より力あるだろ?」

「………ん、私も無理。貧弱」

どの口がほざくのだろうか。

「あーチクショウ!まだ悔やまれる!シチュまでドンピシャだったのによぉ!ベッドの下にも下駄箱にも無かったし。一体どこにあったんだろ……」

「マジで河島さんに怒られるぞ。で、どんなシチュだ?」

「興味あるのか?やっぱお前も男子だな!シチュはスパイに追われた年上のお姉さんを少年がラブホに匿って、お礼に気持ちよくしてもらうっていうヤツなんだけど────」

「ブホォッ…!!」

思わず吹き出す。年上のお姉さんはともかく、ちょっと色々デジャヴだったからだ。

コトねこの方を向く。

 真顔。どういう感情なんだそれは……。

「なんだやきとり?興奮し過ぎだって」

「ちげーよ!そっちじゃねぇよ!」

「………やきとりは年上の方が良かったの?」

突然、ずいっ、とコトねこが詰め寄ってくる。

 コトねこは身長が低いから、自然と俺に向かって上目遣いになる。

 ほのかにいい香りがした。

「あ、いやっ、そういう意味じゃねーよ!」

 いきなりのことに俺は取り乱す。

 なんなんだ急に距離感縮めやがって……! 

「………ん、なら、いい」

「………?どうしたんだ二人とも?」

 みっちーが顔を?にしながら尋ねる。

「なんでもねーよ。この話は終わりだ」

「気になるなー。気ーにーなーるーなー!」

「だから何でもないから!」

「………ん、些末なこと」

「お前が言うのかよ……」

「えー……。まあ、師匠がそう言うなら引き下がるかぁ。なんか凄んごいコト隠してそうなんだけどなぁ」

相変わらずヘンな勘だけは鋭いなコイツ。

「勘違いだよ、きっと。……それよりさ、俺たちは一旦ここでお別れだな」

打ち上げは終わった。

 あとは各々帰宅するのみだ。

 俺も今日の便で家に帰る。明日からは、日常生活と、また練習三昧の日々が始まる。

「あ、そっか。ここで全員お別れかぁ。何だかんだ寂しいな」

「………ん、どうせ練習で会える」

「何辛気臭くしてんの、やきとりたち」

「少し黙ってろ女性陣。ちょっとはしんみりした空気に合わせてよ」

面倒臭いものでも見るように、コトねこと太郎が見つめてくる。

 情緒もへったくれも皆無だな。

「ま、言う通りだな。最期は笑って送り出せ、って言うし、ここは全員笑顔で帰ろうや」

「いや別に死ぬ訳じゃないから。……まあ、確かに辛気臭いのは俺たちに合わないな」

「だろ?」

「うん。……じゃあ、次にまた全員にリアルで会う時は、オフラインの舞台で!」

「おう!絶対に勝ちあがろうぜ!」

「………ん、当然」

「任せたま〜え〜」

───この言葉を最後に、俺たちは一旦それぞれの道を歩き始めた。

 次はオフラインの舞台だと。互いに誓い合って。


 ………綺麗に終わりたいところだったが、ここで東京最後のハプニングが起きる。


「……?誰かから電話?この番号は───河島さん?」

駅へと向かう帰り道。

 突如、河島さんから連絡がかかってきた──────。

 

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