第36話 夜も更けて
───夜も更けた頃。
「せっかくだし俺ん家来いよ。徒歩5分だし、アパートだけど結構広いぞ」
俺たちは打ち上げ後、河島さんの提案でみんなで河島さんの家に行くことにした。
俺も帰りの便は明日になるので、お邪魔することにした。
「……失礼しまーす」
「そんな畏まんなくていいから」
河島さんはそう言うと、部屋の明かりをつける。
部屋の全貌が現れる。
「……なんか、汚いっすね」
「みっちーお前は帰っていいぞ」
「じょーだんすよじょーだん」
まあ、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だった。
それでも、悪臭や眉を顰めるレベルの散らかりが無いだけよかった。
───辺りを見回してると、ふと、奥にあったペット用のケースが目に入る。
「……河島さん、あのケースなんですか?」
「ん、ああ。やっべ、餌やり忘れてたな」
「あ、そう言えば河島さんウサギ飼ってるって配信で言ってましたよね」
河島さんがケースを開く。
そこから出てきたのは、可愛いウサギ────。
「……ウサギ?」
何だこの生き物。
目がくりくりしていて、ちっこくて、耳はウサギだが、絶対にウサギでは無い。
犬っぽい感じもするが、猫っぽい口をしている。
何だこの摩訶不思議な生き物……?
「ほら、"ステーキ"。今日仕入れたての鯖だ。たんとお食べ」
河島が"ステーキ"と呼んだそのウサギは、冷蔵庫から取り出された鯖を豪快に齧り始めた。
「………ん、可愛い。野生み溢れてる」
「ほら、俺のポッケで潰れたビスケットやるよ」
「やめろみっちー。そんな下賤なモン食わすな。"ステーキ"は魚と肉しか喰わないから」
「……えっと、どこから突っ込んだらいいんですかね」
この謎のペットについてか。
河島がどんな神経でペットに"ステーキ"なんて名付けたのか。
なんでウサギなのに鯖を喰ってるのか。
というか、なんで誰も突っ込まないのか。
もしかして俺がおかしいのか……?
「……うーん。川の向こうに……生き別れの……弟が……」
「重い。どうせもう治ってんだろ。そこら辺に放り投げるぞ」
後ろにいたkS1nが、背負っている太郎を睨みつける。
「えー、珍しくkS1nが優しくしてくれてるのにー」
太郎がさっきまでのは演技だったように、ぶー、と口を尖らせる。
本当に元気になってるようだった。
焼肉店からは、ぶっ倒れた太郎をkS1nが運んだ。
救急車を呼んでもよかったハズだが、太郎が頑なに拒否したため、なし崩し的にkS1nが運ぶ流れになった。
kS1nもぶつぶつと不満を漏らしていたが、しっかりここまで運んでくれたのだった。
「太郎……?もう大丈夫なのか?」
「大丈V」
「食中毒だぞ……?」
「太郎はもう耐性でもついてるんだろ。ほら、早く降りろ」
「もっと密着してたい……♡あ、やめて。放り投げるのは勘弁」
「あの時も足を挫いたとか言って運ばせたよな」
「いや、アレはなつめろでぃのせいでホントに……。まぁ、味を占めたのは事実」
「覚悟は出来てるみたいだな?」
なんとしてでも引き剥がそうとするkS1nと、放り投げられるのだけは防ごうとする太郎の攻防戦が始まる。
何だかんだ仲良いだろコイツら……。
「………kS1n、太郎。少し話がある」
突如、河島さんが割って入った。
「何だ河島?見てわかる通り、僕は今忙しいんだが?」
「なつめろでぃの件だ」
「────!……それなら、僕から言うことは何も無い。金はしっかり返した。ケジメも果たした。もう終わった話だ」
「大体事情は分かってるよ。攻めてるワケじゃない。チーム結成前の話だし、それこそプライベートだろ。………ただ、確認だけは取っておこうと思ってな」
「確認……?何の話ですか?」
河島さんたちの会話についていけない。
なつめろでぃは、界隈では有名な配信者だし知っている。先日女性関係で炎上したことも噂には聞いていた。
「……太郎。どうせお前が金に釣られて、それをkS1nが尻拭いした形だろ?」
「うん、合ってるよ。まさか、kS1nが呼び止めに来たのは意外だったけど」
「……お前がこんなくだらないコトで、界隈から去られたら僕が困るからな。何度でも言うが、お前は僕のキャリアには欠かせない存在だ。僕は、お前の価値を誰よりも理解している」
「ツンデレだね」
「元を正せばお前の過失だ。いくら金目当てでも、僕の期待を裏切るなよ」
「あいあい。ごめんなさい」
太郎が少しだけ申し訳なさそうに謝る。
「……なつめろでぃは、当分お前らに構う暇は無いようだ。万が一仕返しに来ても、きっと事務所がなんとかしてくれるだろ」
「河島らしくないな。僕たちを心配するなんて」
「この話を黙っている方が感じが悪いだろ?」
「……そうだな。まぁどっちにしろ、僕は覚悟の上だ」
「ヒュー!カッコいい!……ま、話はそんだけだから。個人的にはもっとカッコいいkS1nくんの話訊きたいけど……おっと、そう睨むなって」
「………なんとなく察しましたけど、自分は首突っ込まないようにしときますね」
チームに影響がないなら、それは完全にkS1nと太郎だけの話だ。河島さんも念押ししただけ。
この話は墓まで持っていこう。
───それからしばらくして。
「んじゃ、『Morganite』やりますか」
河島さんが、まったりしていた俺たちに訊こえるように声を張り上げる。
「当たり前だ。そのために集まったんだからな」
「もちのろん」
「………ん、もちろん」
「今日こそ覚悟しといてくださいよ河島さん!な、やきとり!」
「痛った!強く叩きすぎだみっちー!……準備は出来てるんで早くやりましょ、練習」
こんなイカれた、集団性のカケラもない連中だが気持ちは一つだ。
打倒HD。
ここにいる人間は全員負けず嫌いだ。
あの敗北から、悔しさを忘れたヤツはおそらく一人もいない。
「MJL」の舞台で───絶対俺たち全員で、リベンジを果たす。
それだけが目下の目標だった。
そのためには、一日だって無駄にするつもりはなかった。
「よし、じゃあ俺が先行してモンスターやるから───────」
「その前に、一ついいか?」
河島さんの言葉を遮ったのは───kS1nだった。
「なんだ、kS1n?酒飲みすぎてもうお
「……HD戦での不手際──および、有限不実行。深く謝罪する。すまなかった」
───kS1nが頭を下げる。
「────!?!?」
あのkS1nが?頭を下げた?
脳が理解に追いつかない。
有限不実行って………。
「あれか。『……僕は謝罪はなんてしない。ただ、僕が正しかったと結果で証明する。それだけだ』ってヤツだっけ」
ああ、言ってたなそんなこと。
今思えばこっちまで恥ずかしくなるセリフだな。
「なんで今更……?」
「……リーダーが信用を得れなければ、チームとして機能はしない。それに、過去の不信で軋轢が生じるのはナンセンスだ。だから、謝った」
さも合理的かのようにkS1nは言っているが………。
「kS1n相手のミスはとことん問い詰めるけど、自分のミスは絶対に誤魔化さないし、茶化さないタイプだから。許してあげて」
太郎がめんどくさそうにフォローを入れながら、伸びをする。
「……太郎」
「これであの件の借りはナシでいいよね?」
「それにしても恥っずいなー!」
みっちーがわざとらしく声を上げる。
「『ただ、僕が正しかったと結果で証明する』?厨二病拗らせ過ぎだろ」
「………ん、こっちも恥ずかしくなる」
「これからみっちーがイキり始めたら復唱しようぜ」
「おい、みっちーたち流石に………。……いや、その通りだな。今まで散々コケにしてイキリ散らかしたくせに、プロには怖気付きやがって。そもそも名前がダセーんだよ。なんだよ"kS1n@JAPAN"って」
「絶対昔から温めてきた名前だよな」
「………ッ!」
kS1nが顔を真っ赤にして睨みつける。
だが、何も言わない。
これは正当な罰で───今までの分の仕返しだと、kS1nも理解しているからだ。
「ふはははっ!見ろやきとり!自分で自爆したkS1n@JAPANくんが奥歯噛み締めて睨んで来るぞ!」
「くくっ!ちょ、おまやめろよみっちー。kS1n@JAPANくんが可哀想だろ!ブッフ……!」
あまりに滑稽すぎて俺とみっちーは笑いを堪えきれなかった。
「お前ら……!」
「……あー笑った笑った。ありがとよ、kS1n。ここいらで許してやろうぜ」
「そうだな。むしろ感心したよ。まさかkS1nが謝るなんてな。今までのコトは水に流そうぜ」
そうやって、俺はkS1nに手を伸ばすと───。
案の定、払い除けられた。
「は?何を勘違いしてる。僕が反省したのは先の試合だけだ。お前と馴れ合う気はさらさらない。暴言もやめないからな。分かったかカス」
「ああいいよ!どうせこうなるんだと思ってたよ!お前から暴言除いたら、実力しかアイデンティティ残んないしなkS1n@JAPANくん」
「…もう罰は時効だよな。表出ろチキン野郎。格の違い見せてやる」
「上等だコノヤロー。今日は酒のおかげかベラベラ喋るじゃねーか」
「……おい。試合終わってからやれ馬鹿共。準備早くしてくんね?」
河島さんがキレ気味に命令する。
待たされてイラついているのか、すこぶる機嫌が悪そうだった。無視したら何するか分からない。
「「……はい」」
俺たちは大人しくゲーム画面を開く。
───kS1nとは言い合ったが、今のスタイルを続けてくれるのは、正直嬉しかった。
下手にへこたれられて暴言も何も言わなくなったら、こっちも接し方が分からない。
それに、暴言ありきのkS1nの指示は的確で、記憶に残りやすかった。
他の人間には理解出来ないだろうけど───おそらく、俺とkS1nはこういう関係の方が、お互いにパフォーマンスを相乗できる。
「何見てんだ気色悪い」
「いや、別に。この前の試合みたく俺は直感が働いたらそっちに動くからな」
「勝手にしろ。猟犬は放し飼いが丁度いい。この前の試合で学んだ教訓だ」
「そんなコト言ってぇ〜。ホントはやきとりの才能期待してるクセにぃ〜」
「kS1n厨二病出てるよ」
「みっちーと太郎。お前らも試合終わったら覚悟しとけよ」
「ぬかせ。……あ、ゲーム始まるぞ」
俺たちは、まだまだ強くなる。
その日は結局、朝になるまでゲームに明け暮れるのだった─────────。
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