第30話 偶然

 ───東京の駅に降り立った俺は、待ち合わせの場所まで足を運んだ。

 すると、そこには一人の少年が立っていた。

 あっちも気づいたのか、俺に手を振り始めた。

「おーい!やきとりくぅ〜ん!」

 間違いない。みっちーの声だった。

「あ、お前がみっちー!初めまして」

「相棒なのに初めましてはなんかおもろいな」

「だな」

 みっちーは爽やかに微笑んだ。

 やっぱりコイツはイケメンの類だった。

 ほどよく焼けた肌に、がっしりした体格。

 黒髪の短髪で、オマケにツラがいい。

 実際に会っても、陽気な雰囲気で絡みやすそうな感じなのは変わりなかった。

「てか、身長高くね?」

「180だぞ。普通だろ」

「いや高いって、俺175だし。なんだよお前見る時見上げなきゃなんねぇのかよ」

「ははっ、首痛めんなよ」

悔しさに俺はジト目になる。

「……ちくしょうが。いつか追い抜かすからな」

「もう成長期は過ぎたんじゃね?」

「まだ終わってないから。舐めてっと痛い目みるぞ」

「おうおう、楽しみにしてるわ」

「けっ、軽く受け流しやがって」

「いじけんなって。ほら、早く遊びに行こうぜ」



───そこから俺たちは、近くの大型ショッピングモールへと足を運んだ。

──和菓子売り場。試食コーナー。

「これ美味いな!黒胡麻味キャンディなんて想像もつかなかったけど、なるほどこんな味か」

「あーこれいいな。俺も初めて舐めたけどクセになるわ。買ってく?」

「買お買お」

「おい、あっちの信玄餅も美味そうだぞ!」

「よし!全部食べて回ろうぜ!」


──服屋。

「このコートカッケェな」

「試着するか?」

「いや、コートは母さんが買ってくれたのあるから……」

「何着あっても困ることないけどなぁ」

「都会はなんか派手なの多いな。一応値段だけ……ってっか!何この値段!」

「どれどれ………あぁ、これは買えないやつだ。引き返せ」

「あばよっ!もうちょい金持ちになってから来るぜ!」


 ──雑貨店。

「あ、この鳥のおもちゃ知ってるぞ!変な声で鳴くやつだろ!」

「おいこのスプーン面白いぞ!スライドタイプで、スプーンからフォークに変形する!」

「すげぇ!……けど、使うか?」

「………普通にスプーンとフォークありゃいいかな」

「いくら面白いって騒いでも俺ら買わないしなぁ」

「あ、やっべ店員がスゲェ睨んでる」

「逃げろ!冷やかしだってバレてるぞ」


 ──それから色々周って、最後に入った映画館を出る頃には、すっかり日も暮れていた。

「かーっ!ラストのアレ凄かったな!」

「まさか主人公が冒頭で投げたビーフストロガノフが最後のトドメになるとは思いもしなかったな」

「それな。あと、あのヒロイン最後救われてホントよかったよ。『主食は魚派』に仕方なく従ってただけで、本当はただお肉を食べてみたかっただけだったなんて……。叶ってよかった……」

「あれは泣けたよ……。今まで背負ってたものからあの食事で全部解放される瞬間鳥肌たったもん」

「あれはえぐかった」

そんな風に映画の感想を語り合いながら歩いてると、ふとみっちーが何かを思い出したように後ろを振り返る。

「どうした?」

「うんこ。花摘みに行ってくるわ」

「言っちゃってるじゃん……。早く行きなよ」

「わり、ちょっと映画館のトイレ探してくるわ」

「いってら」

みっちーが小走りで来た道を戻るのを眺める。

 俺もついてってやるか。

 そう思ったときだった。


「あ、落ちたよ」


──後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには同い年ぐらいの無邪気そうな少年が俺のスマホを片手に立っていた。

「あ、すみません!ありがとう」

「どーいたしましてっ。………!てか、そのストラップ……」

俺のリュックに掛かったキーホルダーを指差して、少年は目を見開く。

「あぁ、これ?Geのキーホルダーだけど……」

「Morganite」の試合を初めて見て熱狂していた当時、勢いでつい通販サイトで買ってしまったチームGe──現「RvIasan」のキーホルダー。

 せっかくだからとリュックに付けていたが、人に訊かれたのは初めてだった。

 余談だが、チームOhのも家に飾ってある。

「へー、Geの頃から応援してくれていたファンにプライベートで遭遇したの初めてだよっ!記念に写真撮ろ!ついでに連絡先もエクスチェンジで!」

「いいけど……。自分別にファンではないよ……?」

 あの試合こそ熱中したが、別にどこかのチームや選手を特別応援しているわけではない。

 なんなら顔すら覚えてるか怪しい。

「え……?そんな……」

少年が膝から崩れ落ちる。

(………ちょっと泣いてね?)

「なんか………ごめん」

おそらく古株のファンか何かだろうが、相当ショックだったのだろう。

 自分は何一つ同情出来ないから困り果てた。

「……なーんてね。俺っちはそんなんでめげない!はい、チーズ!」

「おわっ!」

立ち上がったと思ったら、不意打ちでツーショットを撮られる。

「へっ、いい顔いい顔。あ、写真ダメだったら消すね?」

「いや、大丈夫だけど……。驚いたよ」

「サンキュ。それと、ホイ連絡先。こういうのは一期一会だから。逃したくないのさ」

そういうと、少年は屈託なく笑った。

 マイペースだけど、すごい明るい子だ……。

 この感じ、どっかで見た事あるような………。

「あ、ごめん。俺も連絡先」

「サンキュ。あと名前訊いてもOK?」

「康太。日比谷康太だ」

「康太ね……。うん、覚えた。次ファンミーティングとかイベントで会うことがあったら声を─────」


「おい、お前どこほっつき歩いてたんだ」


 突如、真後ろから男の暗い声がした。

「うわぁっ!」

びっくりして反射で遠ざかる。

(全然気づかなかった………)

 見ると、そこには黒いマスクをつけた猫背の高身長の男が立っていた。歳はおそらくみっちーぐらい。

 翳りのある雰囲気だが、決して陰鬱ではなかった。

「あ、すまん"相棒"!ちょっぴり迷子になってたら、偶然ファンに会って……」

「ファン?そんな言い訳が通用するとでも?」

相棒と呼ばれたマスクの男は眉を顰める。

 ……少年が必死にアイコンタクトを俺に取り始めた。 

 口裏を合わせるようお願いしたいようだ。

「あ、一応そのファンです。これ、キーホルダーです」

「………まじか。Geのじゃん。なっつ。生で持ってる人間いるんだ。ちょっと感動」

「ホラ、言ったじゃん。ばーかばーか」

「でも、迷子になったのは変わりないだろ。謝れ」

「うっ……それに関してはすまん」

「それと、もう時間ないぞ」

「マジ!?……うわ、もうこんな時間じゃん!」

「「覇王」がキレたらめんどい」

「アイツ無言で怒るからなぁ。機嫌とんの大変なんだよなぁ」

「早く行くぞ」

少年が面倒くさそうにため息を吐く。

「すまない康太。俺っちもう行かないと……」

「おう、なんか忙しそうだな。最後に名前だけ訊いていいか?」

「名前……?まぁ、もう友だちだしいっか。御伽原隼人。隼人でいいぜ!」

「隼人か。覚えとくよ」

「早く行くぞ」

「じゃ、康太!またなー!」

 手をブンブンと振りながら男を追いかける隼人。

隼人たちは最後まで騒がしく去って行った。

(感じのいい人たちだったな……。それにしても、どこかで見たことあるような………)

「でっかいうんこ出た」

「あ、みっちーお帰り。あと汚い」

「これが俺のデフォルトです。あ、汚物を見るような目やめてね」

(まあいいか。また会った時にでも訊けばいいし)

「日ぃ暮れたけどまだ遊ぶか?」

みっちーが尋ねる。

 周りを見渡すと、すでに暗くなっていた。

「いや、今日は十分遊んで疲れたしいいかな。それに、まだホテルのチェックイン済ませてないし」

今日は予約したホテルに宿泊するつもりだった。

「そっかぁ。俺ン家に泊めてあげれれば良かったんだがな。今姉貴の友だち来てるからやきとり呼びづらいし……」

 みっちーがすまなそうな顔をする。

「しゃーねーよ。明日もあるし、今日はこの辺にしとこう」

「ま、やきとりがそう言うんなら仕方ないな。明日は夜通しで遊ぼうぜ」

「おうよ。色んなとこ教えてくれ」

────こうして、俺はみっちーと別れてホテルへと向かった。

 これで、このままこの日は終わる────ハズだった。



「………ん、この袋中に風船入ってる。あと、汗かいたからシャワー浴びていい?」

「風船じゃない……。シャワーはご勝手に。てか、どうしてこうなったんだ………」

 頭を抱える。どうしてこうなった。

 深夜0時。ミッドナイト。

 俺は────なんと、に宿泊していた───────。

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