第31話 ベッドシーンは突然に

 ───ホテルのチェックインを済ませて、部屋でくつろいでる時だった。

 突如、俺のスマホが鳴り始めた。

(誰だろう………?)

「もしもし」

「………ん、やきとり」

電話主はコトねこだった。

「ん、コトねこ?どうしたこんな時間に」


「今から指定する場所に来て。拒否権はない」


 コトねこの声は切羽詰まっていた。

 俺も意識を切り替える。

「……唐突だな。まぁ、コトねこらしいっちゃらしいが」

「………急いで来て」

コトねこはその言葉を最後に電話を切った。

(何か、重大な事件にでも巻き込まれたのか……?)

 俺は荷物を置いたまま部屋を飛び出して、すぐさま指定された場所に向かった──────。



 ───指定された場所は公園だった。

時刻は11時。暗くて視界が悪い。

 公園は人気がなく、むわっとした暑さだけ気に障る。

「確か噴水前で待ってろって話だったが───」

「ん、お待たせ」

「おわっ!?後ろから突然現れるなっ!」

 真後ろからコトねこの声。

 心臓に悪いからやめてくれ……。

 そう思いながら振り返ると─────俺は、息を呑んだ。

「─────!」

 ふわりと舞いながら、月明かりを反射して輝く白くしなやかな長髪。

 やや小柄で華奢な体躯。

 そして何より──この世界を丸ごと惹きつけるような瞳。

月明かりに照らされた彼女は、まるで物語のお姫さまのような。

 その儚さに───俺は目を離せなかった。

「………ん、どうかした?………やきとりであってる?」

「………あ、あぁ。俺だやきとりだ。……すまん、ボーッとしてた」

俺としたことが、思わず見惚れてしまっていた。

「てか、何だその格好」

コトねこは麦わら帽子に、白いワンピース一着という深夜の外出とは思えない格好をしていた。

 おまけに、夏場の夜なんかに運動でもしたのか、かなり汗をかいている。

「………ん、これが今の一張羅。それよりも時間がない。早く逃げないと……」

「逃げるって何から───」


「いたぞっ!あそこだ!」


──突如、大声とともに、噴水前に一条の光が走る。

 誰かが俺たちを懐中電灯で照らしている。

 眩しさに思わず目を細める。

「………ん、逃げるよ」

「えっ、ちょ……何がどうなって…………とりあえず、お前を信じるからな!」

状況を何一つ掴めず困惑するが、ここはコトねこに従う。

 俺たちは光に背を向けて、無我夢中に走り出した─────!



「はぁ……はぁ……!ここまで来れば……!」

「………いや、まだ振り切れてない。ここは一旦隠れよう」

「お前凄いな……。息切れ一つしないなんて……」

毎日学校の登下校で山を登ってる俺でさえバテバテだというのに、コトねこの呼吸は一切乱れていなかった。

 相当体力がある。俺も体力には自信があったため、これには少し傷ついた。

「それにしても───ここはどこだ?」

───ひたすら走り続けて、気づけば知らない裏路地まで来ていた。

 裏路地は、そこら中ゴミだらけで汚れている。

 見るからに治安が悪そうな区域だった。

「………ここにもあの人たちなら来ると思う。どこかに隠れる場所を見つけたい」

「あの人たち……?それより、隠れるってどこに?」

「………ん、どこか適当なお店に………あそこが良さそう」

「あそこって………え、嘘だろ?」

 コトねこの指差す方向には、デカデカと桃色の文字で『ピンクエデン』と書かれた店があった。

 いや、これどう見ても………。

「ラブホじゃねーか!」

「あそこに誰かいるぞ!」

「うげっ!近くまで来てやがる!」

「………入るよ、やきとり」

「正気か!?いくらやばい状況とは言え……あ、おい!」

 店に走って行ってしまったコトねこに俺も続く。

 意図せず俺は、大人の階段をまた一歩進んでしまった。

 こうして、俺は一夜コトねことラブホテルで過ごすハメになったのだった───────。






 

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