第29話 河島の隠事
───やきとりが新幹線に乗るのと同刻。
とある居酒屋。
暖簾をくぐると、河島は待ち合わせをした男が奥の座席に座ってるのを発見した。
「オウ!ようやっと来たか!とりま座れ!」
あっちも河島に気づくや否や、対面になるよう座るのを手招きで促す。
男の外見は20代後半。顔立ちは整っている方。
綺麗に着こなしたシャツとデニム。
そしてスカした黒サングラスが印象的。
一見すると活発で、愛想も良さそうな好青年だ。
「悪いな。少し遅れた」
「……お前練習は絶対遅刻許さないクセに、それ以外になると必ずと言っていいほど遅刻するよな」
河島はムッとする。流石にそこまでじゃない。
「今日はたまたまだっての」
「ハイハイ、そう言うコトにしといてやるよ。……何か食うか?」
「ハイボール一つ。それと焼き鳥。ねぎまと鳥皮で。あと季節限定バターアイス輪切りパイン添えも頼む」
「オイオイまだ正午も回ってねぇぞ。晩餐でもする気か?まあ、酒は俺ももう飲んでるが……」
コイツも同じ穴のムジナだ。午前中から酒を飲めるのは配信者の特権と言ってもいい。
運ばれた酒を一気に煽る。
「ぷはぁ〜〜、生き返るぅぅぅ。……で、なんでバレたんだ"なつめろでぃ"」
「まぁそう焦んなって。なんでもせっかちなのはモテないぞ」
河島に"なつめろでぃ"と呼ばれた男は、やれやれと肩を竦める。
「何がせっかちだオフパコ炎上野郎が。お前を見るのは画面越しだけで十分なんだよ」
河島が鼻で笑う。
───"なつめろでぃ"。
河島と同じく、この界隈では名が通った配信者。
そして、河島も認める実力者でもあった。
一時はストリーマーとして、有名なeスポーツ事務所とも契約していたが、それはもう過去の話。
先日、金と人気でオフパコを不特定多数の女性に迫っていたことを告発された。
勿論事務所との契約は取り消し。
行為を迫られた被害者女性も次々と名乗りをあげて、裁判沙汰にもなりかけている。
SNSでも大いに炎上して、なつめろでぃは只今人生滑走中という状態だった。
余談だが、なつめろでぃ周りの人間は河島含めそのことを知ってたし、むしろ今までよくバレなかったなと感心したほどだ。
根回しはそれなりにしっかりしていたのだろう。
「つれないなぁ。一緒にこの界隈を盛り上げた仲じゃないか。今度コラボでもしないかい?」
「配信者としてのテメェは大好きだけど、友だちとは思いたくねェな。てか、思ったことなかったわ。コラボは大会終わったらしてやるよ」
なつめろでぃは配信者の中でも面白い部類の人間だ。
面白い人間が大好きな河島のお気に入りでもあったし、何よりゲームが上手いというのがポイント高かった。
今回の炎上騒動も側から見る分には最高のコンテンツだし、余罪が掘れば掘るほど出てくるので現在進行形で河島にとってホットな話題だ。
けど、言ってしまえば河島が実際に興味があるのはそこだけだった。
「で、何でバレたん?」
今日なつめろでぃの呼びつけに応じたのは、ただコレを聞きたかっただけだった。
なつめろでぃ側の要件はどうでもいい。
めんどくさそうなら、最悪煙に巻いて逃げようと考えていた。
「なんでそんな面白そうなんだ……。俺が苦しんでるってのに」
「SNSの病みツイート。最高に香ばしかったな。『俺の価値を本当に分かってくれる女性はこの世にいないのだろうか。あの世に行けば運命の人とも出逢えるのか』────ってオイ。ブロックしようとすな」
「俺も言っちゃなんだけど、お前なんかと酒は飲みたくないんだ。酔っ払うとうるさいし。若い女の子がいたらいーのになー!いーのになー!!」
「全然懲りてねぇのなお前。やっぱおもしれーわ。で、何でバレたん?」
「………お前んとこのチームに、"ビビンバ太郎"と"kS1n@JAPAN"ってヤツいるだろ。アイツらが事務所にチクリやがったんだよ」
恨めしそうになつめろでぃは言った。
(ほーん、太郎とkS1nが……。意外やな)
おかわりで注文したハイボールに口をつけながらそんなことを考える河島。
「なんでアイツらに割れたん?てか、アイツらがチクるメリットってあるのか?お前その辺の根回しキショいくらい徹底してたやろ」
噂では金を使ったりや酔わせたり、脅したりしてたらしいが真偽は不明だ。
ただ、表には一切出てなかったからおそらくそういうことだろう。
「……元々ビビンバ太郎に粉かけたんだ。SNSで関係築いて、実際に会って、アホほど酒飲ませて酔わせて、行為に及ぶ際口止め料も払った。そりゃもうたんまりな。アイツは金が入るならと喜んで体売りやがったよ」
「え?パコったの?」
太郎なら───やりそうだな。何考えてんのか分からないが、金のためならしそうではある。
「問題はここからだよ……!いざ行為に及ぼうとホテルに入ろうとしたら、kS1nの野郎が突然現れて引き止めに来やがった!アイツら
「……なるほど。そりゃ驚いた」
「こっから流れるがまま。アイツらが事務所に告発。あの事務所は秘匿性だけはやけに高かったからな。アイツらの話が表沙汰にされてないのはそのためだ」
「はー…。筋は通ってるな」
「事実だからな。おかげで俺はこのザマだ。本当になんてことしてくれやがったんだ……!」
なつめろでぃが舌打ちする。
被害者面してることに笑いが込み上げてくるが、ギリギリで堪える。
「………っ!あー、それは災難だったな」
「だろ?……そう思うなら俺に協力してくれないか?」
なつめろでぃの雰囲気が変わる。
交渉に及ぶ際の、真剣な眼差しだった。
「何も無理は言わない。俺を──お前のチームに入れてくれ。選手でもコーチでもどんな形でもいい。ただ河島のチームに入りたいんだ」
「………唐突だな。それに、お前は一回断ってなかったか?」
「あの時はそれどころじゃなかったし、興味もなかったからな。だが──ビビンバ太郎とkS1n。アイツらがいるなら話は別だ」
「何する気だ?」
「別に何も?ただちょーっとだけお灸を据えるだけさ。それが済んだら優勝はさせてやるよ」
(嘘クセェなぁ……)
おそらく何かしらの方法で復讐する気だろう。
流石にバレバレだ。
「お前にも悪い話じゃないだろ?ほら、先日の『シャール杯』。『Oh』相手にボコボコだったそうじゃないか。今お前のチームはどう見たって実力不足。猫の手でもオフパコ野郎の手でも借りたいんじゃないか?」
見え透いたようになつめろでぃが抜かす。
「……まぁ、それは事実だな。今のままのアイツらじゃ優勝は夢のまた夢だ」
「──けど、俺が入るなら話は変わるだろ?なんてったってランキング最上位の常連だ。俺と、みっちーがいればヒューマンはプロをも凌駕出来る」
なつめろでぃはアマチュアヒューマンの指折りの実力者だ。
俺もかつてチームを結成する際、一番最初に声をかけた人物。現状、ぶっちゃけるなら喉から手が出るほど欲しい。
「だが、そうはいかない。理由は二つ。まずお前が入るとチームにわだかまりが生まれる。最近やっとまともになってきたのにそんなことされちゃ困る。
そして──そもそもお前は炎上中だ。イメージ的に悪いし、なんなら出場出来ない可能性もあるだろ」
実力があっても、なつめろでぃは論外だ。
「おっと、そいつらなら簡単だ。まず一つ目は、俺が司令塔になればいい。今はおそらくkS1nがやってんだろ?俺がkS1nの代わりに出て、指示を出せばいい。俺の本職はスカイパー兼司令塔だ。俺を中心に動いてくれれば───最悪指示にだけ従ってくれれば勝利は約束するぜ」
なつめろでぃが断言する。
それを言わせるだけの実力があるのは、河島が誰よりも知っている。
「それと二つ目は───俺が言うのもなんだが、気にしなくていいだろ」
「……は?」
「"雑魚狩りの河島"も衰えたな。昔の河島ならそんなリスク承知の上で俺を加入させたぞ。河島は、どこまでも勝利に貪欲で、そのためなら犠牲やリスクを厭わない。そんなヤツだったろ?」
「…………」
「もはや配信者としてのメンツの方が大事になったんかな?それとも………レッドラインの悲劇で河島は死んだのかな?」
「……口を慎めよ」
河島が怒気を放つ。尋常じゃない表情だった。
「おっと、ソイツはライン超えか。ラインだけに」
「……お前はお願いする立場だよな?」
「悪いな。俺がお願いしてるのは、あの『魔王』の河島だ。比類なき力で一時代を築いた男に俺は頼み込んでる」
相変わらず口の減らない野郎だ。口先だけならこの界隈で最強だろう。
事務所も、オフパコも全部コイツのこの話術とゲームセンスだけで上手く行ってきた。
ここまで来ると尊敬の域だ。
「で、どうなんだ?"雑魚狩りの河島"。あの時の河島なら、ぜひ色好い返事を貰いたい」
───ここで首を縦に振ったら、事実上kS1nと太郎を河島は売るコトになる。
代わりに、優勝の夢へと楽々と大きく前進できる。
他のメンバーは納得しないだろうが、そこは権力を使って無理矢理飲み込ませればいい。
天秤は、今も傾き始めている。
「………その前に二つ聞くことがある」
「いいよ。なんでも来な」
「まず──お前から見て今のヒューマンは弱いか?」
「───ああ、勿論。みっちーは流石に上手いが、司令するタイプじゃない。チームとしては三流もいいところ。特に───"やきとり"ってヤツはホントに下手クソだよ。なんで河島が呼んだんだか……」
「………二つ目だ。さっきの美人局がなんたらの話に戻るが───太郎に渡した金、返してもらったか?」
「………いや」
なつめろでぃが驚いたように目を見開き、露骨に口籠る。
「そんなコト今はどうでもいいだろ!早く返答をくれよ!」
───河島は別に善悪に拘らない。
面白い人間はそれだけでいい。
信じるのは結果と、この目で見た事実だけ。
それらは、今も昔も変わらない。
『………もう、負けたく無いです。誰にも。次は絶対に──勝ちたいです』
ついこの前だったか。
あのやきとりの言葉を思い返す。
だから、河島は言い切る。
「───悪りぃ。お前論外だわ」
「………!?なんで……!?」
「お前思ってたより面白くねェわ。それに、そんな腐った目ん玉持ってるヤツはウチにいらねェわ」
「は……?何言ってんだお前……?」
「面白かったら最悪コーチ枠ぐらいにはぶち込もうと思ってたけど………結局口先だけが達者なピエロだったな」
「おい……!ちゃんと説明を……!」
「簡単な話だ。優勝にはお前はいらねェ。てか、邪魔だ。コラボもなかったってコトで。もう連絡してくんじゃねーぞ」
「………チッ、下手に出てれば調子こきやがって!後悔するからなお前!レッドラインの悲劇───あの0狩りの時のように!………ヒッ!」
なつめろでぃが情けない悲鳴を上げる。
それは恐ろしいモノを見た時のような、反射的な声だった。
「お前が言ったんだろ?『魔王』は誰よりも勝利に貪欲で──そのためなら何をも犠牲にする。この界隈でまだ生き残りたいんなら、まずは身の振り方でも考えとけ」
河島はそのまま席を発つ。
そして、そのまま一切の興味をなつめろでぃに示さず店を後にした。
「………クソがっ!!」
完全にいなくなったのを見て、暴言を吐き捨てる。
結局、なつめろでぃは弄ばれただけだった。
河島もそれだけを目的に来たのだろう。
(ふざけやがって!ふざけやがって!ふざけやがって!)
「…………。ふぅ、落ち着け俺」
一旦心を落ち着かせる。
冷静になればなんでも出来るのだ。
窮地に追いやられても、いつもこうやってなつめろでぃは這い上がってきた。
今回もそうするまでだ。
河島への交渉は失敗した。
ビビンバ太郎らへの復讐と、自分のイメージアップを狙える2枚抜きは流石に望みすぎた。
まずは目前のコトを片付けよう。
裁判沙汰はお得意の口先でどうにか切り抜ける。
イメージや張り付いたレッテルは、ほとぼりが冷めたら笑い話になるか忘れるかされる。炎上ってのは結局そんなモンだ。
根気強く、年月を費やせばいい。
ゆっくりと信頼を回復していって、また契約ストリーマーの立場を───────。
そこでふと、目前の事件に気づく。
「………って待てよ。アイツ飯代払って────やりやがったなあのカス野郎!!」
美味いネタとタダ飯を喰らうだけ喰らった河島は、上機嫌に帰路についたのだった──────────。
Crazy Daemons べやまきまる @furoaraitakunai
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