第27話 同じ星を見つめて

 ───対戦後。

 落ち込んだ空気の中、河島さんの試合が終わるのを待っていた。

「惜しい〜あとちょっとだったのに……。俺がビーム当たんなければ……」

『そうだな。やきとりが最後やらかさなければワンチャンあったな』

「え?そこは『お前のせいじゃねぇよ!』とか、言ってあげたりして励ます流れでは?」

『甘えんなよ。慰めが欲しいならママにでも泣きつけ』

「相変わらずブレねぇなコイツ……」

 暴言に関してはキレッキレのkS1nだった。

『激渋ー!!』

「……あ、河島さん。おかえりなさい」

『おう。そっちも終わったか。何人残り?』

「………0です」

俺たちは───激戦の末、全滅した。

 残り体力バーは一割だった。

 結果はともかく、本当にプロ相手に張り合えていた。

 断言出来る。あれは───俺たちの限界だ。

 今までで一番連携が取れていたし、全力も発揮出来ていた。

 これ以上のパフォーマンスは見込めないほど、俺たちのマジの全力だったのだ。

 その上で───俺たちは負けた。

『おいマジか』

「河島さんはどうでしたか……?」


『……すまん、1残しだ』



 ───優勝は『HD』の手に渡った。

 2セット目は、俺たち0、河島さんが3ポイント。合計3ポイント。

 対して、『HD』は5ポイントと1ポイントで合計6ポイント。

 2セット目を奪取したのは『HD』。

 これで、2セットの獲得。

 よってこの試合は、『HD』のストレート勝利で終わる。

 俺たちのチームは準優勝。

 俺たちヒューマン陣営は全滅2回。

 モンスター陣営はコトねこの分け、河島さんの3狩勝利。

 主にヒューマン陣営の力不足が目立った───いや、それこそが敗因だった。

 俺たちの至らなさ。これが完敗を喫した理由。

 『シャール杯』は、俺たちにそんな苦い結果を残して、幕を閉じたのだった───────。



『「…………」』

全員が、沈黙を決め込む。

 空気はどんよりと、重たかった。

『──おーい、この空気やめようぜ。気持ちは分かるけど、あんまり暗いと運気まで逃げちまうからさ。ほら、どんな結果でも俺はみんなと大会出れて楽しかったよ?』

「………みっちー」

口火を切ったのはみっちーだった。

 みっちーらしい、優しい言葉だった。

 ───けど、その言葉一つで満足するものはいない。納得なんか出来るハズない。

 もっと大きな感情が俺たちをそうさせない。

 事実、誰一人として、今まで負けたコトを「仕方なかった」と片付けなんてしていない。

『……全滅は無理だった。悪かったな』

河島さんが真剣な声色で、複雑そうに謝る。

 今回の戦い───かつての仲間との相対は、河島さんからしても思うところがあったのだろう。

「い、いやそんなことないです!俺たちの………実力不足、です」

 ………これまで生きてきて、これほど全力で当たって失敗したことがあっただろうか。

 身を焼くような苦しさ。途方もなく、ぶつけようのない感情が絶え間なく増大していく。

 練習で負けた時の気持ちの比じゃない。

 全身全霊で挑んで負けたからこそ─────こんなにも、堪えるのだ。

『………ん、私も勝てなかった。………私にも非はある』

コトねこがうめく。

『んー、私も。ムカついてる感じ?ちょっと違うかな?……でも、勝ちたかったな〜』

『………チッ』

『俺はそこまでじゃ無いけど。ま、完敗だったのは、ちょっぴしやるせない感じかな」

 全員とも、考えることはそれぞれ様々のようだけど───気持ちは一致していた。

 そうだった。忘れていたようだ。

 ここにいる人間はみな─────どうしようもないくらいの、負けず嫌い揃いだ。


「……河島さん。─────悔しいです」


 不思議と声が震えた。涙混じりだったかもしれない。

これほど───悔しい気持ちで埋め尽くされたのは初めてだ。

 勝ちたかった。もっと喰らいつきたかった。

 チームが初めて一丸となって、全身全霊を尽くした勝負だった。負けたくなど────無かった。

「………もう、負けたく無いです。誰にも。次は絶対に───勝ちたいです」

 勝ちたい。あのチームとまた戦って、今度こそ────絶対に勝ちたい。

 このチームで。このメンバーで。

 絶対に───リベンジを果たしたい。

『奇遇だな。俺もだ』

河島さんが不敵に、ニヤリと笑う。

『どうやら意図せずチームの目標が出来たな。……これも巡り合わせか』

河島さんが独り言のように呟く。

「………?」

『なんでもねェ、気にすんな。──とにかく、いずれにせよ改めてチームの目標を決める必要があるみたいだな』

全員黙り込んでいる。気持ちはもう一つだ。


『俺たちの目標は───"打倒『HD』"!アイツらは、俺のかつての戦友だ。並大抵の覚悟じゃ、勝利は夢のまた夢だと思え。つまり、何が言いたいかと言うと────これから死ぬ気でついて来いよ?』


『──はい!!』

───場所も性格も、好き嫌いも俺たちは違う。

 気だって合わないし、お互いを真に理解し合うコトなんて絶対にない。

 きっとこのゲームがなければ、一生交わる事さえなかっただろう。

 だけど、この日だけは、この瞬間だけは。

 俺たちは、同じ星を見ていたような気がした────────。

 


 


「───さて、と。言い訳を聞こうか"アキケン"くん?」

メラが笑顔で問いかける。

 けれど、その眼は一切笑っていなかった。

「………言い訳もクソもねェっす。俺はアイツと口をききたくない。だから、ゲームで語りました」

 ───決勝戦2セット目。

 アキケンはリーダーであるメラの指示を無視して、河島のモンスターに真っ向から立ち向かった。

 もちろん、隠密構成のアキケンが勝てるハズもなく試合は崩壊。

 結果的に、一人生存という苦い試合になった。

 ブルどっくが5ポイント持って帰って来てくれたから良かったものの、下手したら3セット目にもつれ込んで──最悪敗北だってあり得た。

「アキケン……」

「バッシングなら覚悟の上っす。謹慎も謹んで受け入れます」

「そんだけ分かってるなら、やらないで欲しかったな………」

 捉えようによっては、明確なチームへの離反だ。

 プロたるもの、個人の感情よりも先に優先すべきことがある。

「はぁ……他のメンバーとコーチ、それとオーナーに感謝しなよ。笑って許してくれたのはホントに運が良かっただけだからね」

アキケンの普段の人柄と人徳故でもあるだろうが、今は説教中なので伏せておく。

「……もう二度としません。誓います」

「全く。かつての問題児ぶりが鳴りを潜めたと思ったら……」

「……その件も頭が上がらないっす」

かつてヤンチャだった煽り厨のクソガキをプロ入りさせるには本当に苦労した。プロ入りしてからも煽って炎上した時は、流石に開いた口が塞がらなかったな……。今では懐かしい思い出だが。

 とにかく、感情的に動くのはアキケンの悪いクセだ。

 ……まぁ、本人も自覚してるだろうし、今回だけがイレギュラーだったということで勘弁してやろう。

「よし、僕もこうやって叱るのは柄じゃないし、説教はここで終わり!こっからはリーダーではなく、昔からの仲間として訊くね。……で、スッキリした?」

「………正直分かんないっす。今さらなのもまだイラつくし。でも───覚悟は伝わりました」

アキケンが真剣に答える。これが、今回得た答えだろう。

「まぁ、アキケンが崩壊させたとは言え、中盤まで実力は拮抗してたしね。腕は相変わらずだよ、アイツ」

「メラさんはどうでした?」

「僕もスッキリはしなかったかな。てか、負けたし」

「……マジですんません」

「攻めてるワケじゃないから、そう落ち込まないで。……でも、これではっきりしたかな」

 ───やはり、河島は『MJL』に出る気だ。

 何が起因かは分からないが、おおよそ夢を捨てきれなかったのだろう。

 愚かな男だ。

 いや、それを言うならずっと夢に手を伸ばし続けてる僕たちは大馬鹿者か。

「───アキケン。こっから僕らも鍛え直しだ。大会まで残り一ヶ月を切った。河島たちとRIを倒して───今度こそ優勝トロフィーを掲げよう」

「……勿論です」

アキケンが口を結ぶ。覚悟の現れだ。

「リーダー!それとアキケンさん!もうみんな打ち上げ行っちゃいましたよ!」

今回のMVP──ブルどっくが声をかける。

「お、すまねぇな。今行く」

「ブルどっく。今日はお疲れ様。今日は僕の奢りでいいよ」

「マジですか!?あざす!」

ブルどっくが元気よく感謝を伝える。

 その純粋な明るさは、チームに新しい風を運んでくれる。

「ブルどっくはどうだった?今回の大会」

「みんな強かったです。最後の試合なんか紙一重でしたし」

 謙遜ではなく、本気の声色だった。

 どうやらブルどっくは、彼らを"敵"と認めてるようだった。

(やはり、危険視すべきは河島だけでは無いな)

 コトねこも、ヒューマン陣営もまたまだ成長するハズだ。

 今回の敗北をバネに、さらに強く──────。

 だが、達観も悲観もしない。

 圧倒的な力で勝利するのが、我々プロ『HD』だ。それは変わらぬ事実。

 そして、今度こそ───RIを撃ち落とす。

「とりあえず今日は飲もう!明日からスパルタ期間始めるから。覚悟しといてね!」

「え、それは訊いてないんですけど───」

───こうして、それぞれのチームは歩き出す。

 宿敵の打倒───ひいては『MJL』優勝を目指して。

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