第21話 敵の影
───とあるeスポーツ事務所。その一室。
「何?河島さんが新チームを立ち上げただって?」
男はメンバーの一人の話に眉を顰める。
「そーなんすよ!なんでもあのコトねこさんとか、やきとりさんとかが加入したらしくって!チーム練の動画見た感じ、まだ連携はツギハギでしたけど、個々のポテンシャルは別格っすね。自分モンスターなんで、やっぱり気になったのはコトねこさんが────」
「"ブルどっく"。お前は、誰の前でその話をしてるか分かってるよな?」
ブルどっく、と呼ばれた少年に鳥肌が走る。
その男は、ひどく不機嫌な様子だった。
「あ、すんません!"アキケン"さんには面白くない話でしたね……」
ブルどっくがシュンとなる。
コイツは新人だ。この
そういう意味では、気を遣わせたのはアキケンの方だった。
アキケンが近くのソファに腰を下ろす。
「で?お前がわざわざこの話をするってことは、何かあるんだろ?」
「………!そうなんですよ!その新チーム、どうやら『シャール杯』出るらしくって!」
「……何?」
………『シャール杯』。
非公式の大会の中では知名度の高い、アマプロ誰でも参加出来る大会だ。
最近では、プロが参加するのはおかしいという声も上がっているが───アキケンからしたら、むしろプロと戦えるチャンスを光栄に思えという話だ。
「とにかく、そうなったら自分らも無視できない話っすよね!」
その通りだ。『シャール杯』にはアキケンたちも参加する。
プロとしての参加。
アキケンたちは、この大会で以前までに2連勝を掲げていた。
次勝てば3連勝。
マークすべきは他のプロたちだけかと思っていたが、河島が参加するとなると話が変わる。
「……それは確かな情報か?」
「はい!SNSで河島さんが言ってました!」
近くのパソコンを立ち上げ、『シャール杯』の公式ページを開く。
………確かに、チーム名不明のまま河島名義で登録されていた。
「……RIは今回も欠場か」
『RvIasan』がいるなら死ぬ気で戦うが、河島さん程度───それも、荒削りなチームならその必要はない。
「…………」
「アキケンさん?」
「はっ、何をあの暴言煽りチキン野郎にビビってやがる。アイツが何をしたか忘れない限り、敗北はねーよ。てか、アイツ大会出禁になんねぇの?」
「煽りに関してはキミもだろ。僕がスポンサーにいくら頭を下げたと思っている」
声がした方を振り向く。
───そこには、スタイルの整った一人の男が立っていた。
「あ、リーダー」
「"メラ"さん。ジム帰りっすか?」
我らがリーダー。
この人がいなければ、アキケンのプロ入りはあり得なかった。いつまで経っても頭が上がらない。
「今日は違うよ。それより、さっきの話をくわしく訊かせてくれる?」
「なるほど、ね。河島がチームを……」
「ホント有り得ねーよなメラさん。あの"裏切りモン"がだぜ」
「………ブルどっく君。河島は『MJC』に出るとも言っていたかい?」
アキケンの目の色が変わる。
空気が一気にピリついた。
「……あ、いえ……そこまでは……」
「………メラさん。そいつは笑えない冗談すよ」
「悪いけど、僕はキミたち──いや、この界隈では誰よりも河島を知っている。なんせ、チーム立ち上げ以前からの付き合いだ」
「チーム……?それって、この『HD』がプロになる前の……?」
「ブルどっくは詳しくねぇか。そりゃそうだな。結成時のメンツももうほとんどいなくなっちまったし」
落ち着いたアキケンが、しみじみと記憶を呼び起こすように虚空を見上げる。
心なしか、アキケンには珍しい、穏やか顔をしているように思えた。
「過去に浸るのは後だよ、アキケン」
「ひ、浸ってねえよ!てか、尚のこと河島さんが許せねぇ!一体何がしたいんだよアイツは!?」
「簡単だよ。河島は気分屋さ」
「……えっと、全然わかんないス」
「一言で言えば、今の河島はそういう気分ってコト。本気になった河島は厄介だよ」
メラがめんどくさそうに頭を掻く。ストレスが溜まった時にする癖だ。
「……メラさんは許せるんすか。あんなコトされて」
「アキケンはまだ恨んでるの?」
「当たり前です。あの時逃げたにも関わらず、またここに戻ってきたんすよ!一体どの面下げて………!」
「僕はそうは思わないかな。もちろん文句の一つぐらい言ってやりたいけどね。……河島は傲岸に振る舞いながらも、その実臆病者だ。あ、悪口ではないよ。……ただ、僕もビビりだから気持ちが分かるって話。みんなが思ってるより、人間臭いヤツだよ河島は」
メラが穏やかにはにかむ。
「いくらメラさんが許しても、俺は許せません」
「そこは個人の自由だ。その感情をアキケンが捨てきれないなら、そうすればいい。───さて、ここからはリーダーとして話をしよう。河島は『MJC』に参加する。これはほぼ確定と言っていい。『シャール杯』はそのための"経験値"稼ぎに過ぎないハズだ」
「……だから本気でやらず、"経験値"を出来るだけ減らすって考えですね!」
「ブルどっく君。理解が早いのは美徳だけど、早とちりはよくないよ。いいかい。僕たちは全力で臨む。そして、河島たちを絶対に勝てないと思わせるくらい全力で叩く」
「え、なんでですか?」
「僕たちは"プロ"だ。試合は決して半端にやってはいけない。それが僕たちの仕事であり、義務でもある。付け加えるなら、プロゲーマーとしての最低限の礼儀だ。だよね、アキケン?」
「……そスね」
「それと、キミさっきRIが『シャール杯』が出ないって知ってホッとしただろ」
「それは……!」
アキケンが目を逸らす。
「いいかい。僕たちが見据えるのは常に頂点だ。それは最強の──RIを下すことを意味する。別に今すぐ戦うワケじゃないけど、流石に心構えだけはしといてねアキケン」
「……気を引き締め直します」
「やっぱりリーダーかっこいいっすね!カリスマというか何というか……どこまでもついていきます!」
ブルどっくが目を輝かす。
「はは、僕はそんな凄い人間じゃないよ。オマケに、薄汚れた心の持ち主さ」
「なんせ────河島をボコれるチャンスと訊いて、今最高に心が躍ってしまってるんだ」
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