第19話 電話

 ───悲報は突然舞い降りる。

 次の日。

 昨夜の一件から憂鬱な気分で大学の講義を受けていると、母さんのパート先から連絡があった。

 どうやら───母さんが突然倒れて、救急車で搬送されたらしい。

 送られた先の病院を訊き出して、すぐさまそこへと向かった。

 病室のドアを開く。

 そこには───ベッドに横たわりながら、窓から空を見上げる母さんがいた。

 顔は少しやつれている。だが、生気はあった。

 医者の説明によると、過労で一時的に倒れてしまったらしい。

 命に別状はないと訊いたときは、胸を撫で下ろした。

 母さんが俺に気づいたのか、優しく手を振ってくる。

「大丈夫!?母さん!?」

「‥…この通り、元気よ」

母さん袖をまくり、腕に力こぶを作ってみせる。

 顔には微笑みを浮かべていた。

「あんま無茶し過ぎないでって言ったじゃん!またパート先増やしたんだって!?」

「あはは……やっぱりこーたにはお見通しね。ちょっと張り切り過ぎちゃって………」

母さんは頑張り過ぎなんだ。

 女手一つで俺をここまで育ててくれただけでは足らず、まだ俺のために働いてくれている。

 親馬鹿、とは言ったものだ。

「…いつ退院出来るの?」

「うーん、明日にはここを出て良いって、お医者さまが言ってたわ」

「とりあえずしばらく安静にしてくれ。絶対だからね!」

「はいはい。こーたは優しいわね」

「………そんなんじゃなないから」

ズキンッ、と胸を締め付けられるような感覚がしたが、顔には出さなかった。

───それからしばらく他愛のない会話をして、俺は家へ帰った。



今日は家には誰もいない。

 夕食はレトルト食品を貪り、風呂に入って、現在は自室でぼーっと天井を見つめていた。

『こーたは優しいわね』

母さんの言葉を反芻する。

 すればするほど、胸の奥が痛む。

 俺は大会のこと、母さんに内緒にしている。

 この痛みはきっと、後ろめたさと罪悪感から来るものなのだろう。

『これからは"きちんと"やれよ。"普通"にやればいいんだよ』

kS1nの言葉も思い出す。

 振り返ってみれば、俺のやらかしは本当に多かったのかもしれない。

 自覚が一切ないのがもどかしい。

 俺には、"普通"が分からない。

 みんなに歩幅を合わせることが出来ない。

 ……ネガティブな結論付けだ。けどきっと、これが紛うことなき真実なのだろう。

 ───それでも追い求めてしまうのも、また俺の本質サガだった。

 ………俺がチームから降りたら、河島さんは解散させるのだろうか。

 ふと、そんなことを考える。

 一人でも抜ければ、大会には出れない。だからこそ、チームで目指せる目標が必要だと河島さんは語っていた。

 最近は俺たちの喧嘩を見ては腹抱えて笑っていたが、もしかしたら河島さんは優勝の夢を諦めて、エンジョイする方向にシフトしていたのかもしれない。

 ───目標の違いが、モチベーションの違いがチームをダメにする。

 そんな話だったが今思えば、あながち的を射ていた話だった。

 なんせ、自分がその第一人者となったのだから。

「………あそこでどんなに頑張ったって、一体何になるんだよ」

母さんを裏切ってまで、俺は何が欲しい?

 kS1nみたいにプロ目指して、それで食ってくつもりか?

 それとも、ちょっとした思い出作りのために、勝ち上がれたらいいなぐらいの気持ちだったのか?

 ………答えは、自分でも分からない。

 あの選択が、一体将来に何の役に立つのか。

 一時の幸せのために、これまで積み上げてきたモノを棒に振るだけの価値があったのか。 

 俺は───悪いけど、あそこにはいられない。

 好き嫌いももちろんある。だか、それだけじゃない。

 自分のためにも、相手のためにも、これが最適解のはずだ。

「さて、と……」

腹を括る。流石にこれ以上はチームに迷惑をかけてしまう。

 ちゃんと伝えねば。

 ………もう自分はここにはいられません、と。

 どうなるかは分からない。

 批判はいくらでも受け入れるつもりだ。罪の自覚はある。

 唯一恐れていることがあるとしたら、河島さんがリスナーを使って俺の住所を特定してくるかもしれないことだけだろう。

 今日ほぼ一日封印していたスマートフォンの画面を開く。

 ──案の定、大量の不在着信が来ていた。

 送り主は────二人。

 一人はみっちー。もう一人は非通知設定だった。

(……おかしいな?河島さんじゃないのか?)

連絡帳には河島さんの名前は載っている。

 この非通知設定は誰だ?

『ブゥゥ!』

「わっと!噂をすれば……」

非通知設定から電話をかけられる。

 一体誰だろうか。

『………ん、やっと出た』

「……コトねこか」

電話主はまさかのコトねこだった。

 正直かなり驚いてる。

「何の用?……って、その言い方だとわざわざかけてもらったのに当たり強いか?」

『………やきとりにも、そういうの分かるんだね』

「ナチュラルに下に見るのやめてくれない?」

 もうコイツには舐め腐られてる。同い歳なのに。

「で、何で電話くれたんだ?もしかして心配だった?」

『………ん、昨日勝手に切ったから、河島さんがキレてた』

「………冗談ジョーク?」

冗談ジョーク

「脅かすなよっ!あの人キレると何すっかわかんねぇんだから!」

『………ん、ごめん。でも、不機嫌だったのは本当。人数合わせでヒューマンやってたら元に戻ったけど』

 あの後、俺が抜けた分河島さんがヒューマンやってくれたのか。

 てか、あの人機嫌の上がり下がりが激しいな。

「………まぁ、その件は謝るよ。俺もついカッとなっちゃったから。それと、改めて────」

『………チームから抜ける、はナシ……だよ?』

「………」

コトねこの声は小さいが、そこに籠った静かで、強かな感情はホンモノだった。

「………お前にも、解散して欲しくない理由があるのか?」

以前コトねこは、チームに入った理由に『変わりたいから』と答えていたのを覚えている。

 俺には何が何だかてんで分からなかったが、嘘を言っているような気はしなかった。

『………ん、そう』

短い沈黙の後、コトねこは端的に答える。

『………やきとりは、違うの?』

「────」

『あそこに集ったなら、それはきっと意味があるはず』

「……意味って……」

『………それは貴方にしか分からないコト。きっと、私とは違う"輝き"を貴方は求めている』

「………コトねこは、何でチームに入ったんだ?」

『………ん、変わりたかったから───"特別"じゃない自分に、なってみたかったから』

「………どういうこ───って、あ」

 俺が言い切る前に、電話を切られてしまった。

 本当に何だったんだアイツ………。

 よく分からんことばっか言うだけ言って切りやがった。

 もはや冷やかしにきたとしか思えない。

 とりあえず、河島さんに脱退を伝えるハードルだけがぶち上がった。

「……ん、次はみっちーか」

また着信音が鳴る。

 みっちーだった。

『おっ、やっと繋がった。心配しだぜぇ〜相棒』

相変わらずな陽気でおちゃらけた声が訊けて安心する。

「悪いな心配かけさせて」

『ははっ、どうってことねぇよ!』

「そうか。……さっきコトねこに訊いたんだが……河島さんキレてた?」

『んー、まぁそれなりに。SNSに晒し上げようとしたとこまで』

「おい、ちょっと待て。そんな話俺は訊いてないぞ」

『未遂だったしだいじょぶだいじょぶ。それよりあのコトねこがわざわざ心配して連絡入れるとはね。もしかして、デキてたりするのか?』

「逆に訊くけどあると思うか?」

 俺とコトねこが付き合うのをイメージする。

 ………駄目だ。全く想像できん。

『確かに……。やきとりのことだしあり得ないか』

「俺の落ち度みたいな言い方やめろ。………ところで、俺に電話かけたのは心配して、だけじゃないだろ」

『……何で分かった?』

「お前の考えることなんて大体………いや、全く分からないけど、やりそうなことは容易に想像がつく」

『話が早いな。本当は『もしかして俺たち相思相愛!?』って言いたかったけど控えとくぜ』

「意味なくなったな……。で、これからどーせ『ランクマ行こうぜ』とか言うつもりだろ?」

『大正解♡ほら、俺もう募集かけたからはよ来い』

「はいはい。…今行くから待ってろ」





 

 

 

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