第18話 バラバラ
『えー!?俺がいない日に河島さんに勝ったの!?』
───河島さんの意向で数日休みを挟んで迎えた久々の練習の日。
この日はめでたく全員揃っていた。
『てめぇその前に謝るのが先だろ?』
『あ、そうだった。ごめんごめん。もうしないから許して』
みっちーはこう言いながら、忘れた頃にまた繰り返すから油断出来ない。
『ダウトだな。コイツはそういうヤツだ』
バレてた。
『物知りっすね。もしかしたら俺の3サイズも河島さんにはお見通しかも』
『きめぇな。口封じてさっさと練習始めろ』
この前はあの一度だけでも勝てたんだ。
これからは段々と俺たちも連携が上手くなって、勝率も上がって───次の『シャール杯』も、プロを打倒して優勝さえ目指せるかもしれない。
だが────そんな甘い夢は、掃いて捨てるほどの甘ったれた考えだと俺は気付かされていった。
『おい!今の誰かカバー入れよ!』
「それを言えよ!指令なかったからわかんねぇよ!」
『うるさい。VC切っていい?』
『オラオラオラ攻撃してみ?ハイ!パリィ……あ、やべタイミングズラされた死にまーす』
「おい、みっちーもふざけてないで真面目にやれよ!」
『ふざけてるのはてめーもだろ。さっきから即死ばっかしやがって下手クソが』
「お前の指令が悪いんだよ、小声でごにょごにょ言いやがって根暗野郎!あ、おい太郎お前何してんの!?」
『いや、もう負けだし次の試合行こ』
『まあまあ、みんなそんなカッカすんなって。こっからワールドチェンジすっから』
『練習サボるヤツが出来るわけないだろ。……チッ、これだから馬鹿と雑魚は嫌いだ。これでプロ入り逃したら責任取ってくれんの?出来ないよね?コトねこにやらした方が100倍まだマシだよ。あーあ、俺が4人いればそれがベストチームなんだがな』
「そんな空気の読めないノンデリ4パとか終わってるわ」
『いっぺんお前ら死んでくんね?』
『あ、私見たいドラマあるから抜けるね』
『はい、次こそ神パリィ!からの〜高速屈伸!あはははっ、見ろやきとり!絶対河島さんぶちギレてんぞっ!』
────こんな調子でチームがバラバラ。
みっちーはすぐふざける。
kS1nはネチネチと小言と暴言ばかり。
太郎は自分勝手で、突発的にとんでもないことをする。
お互いに印象は最悪。雰囲気も最悪。
そんなので、勝てるはずもなかった。
いくら練習を重ねても得るのは連携力ではなく、ストレスだけだった。
河島さんに勝ってからも何も変わらない。
河島さんもゲラゲラ笑ってるだけだし、コトねこは『弱い』とだけしか感想を溢さない。
大会以前に、俺たちは今にもチームとして解散しそうな空気だった───────。
───そんなある日、とうとう俺も我慢出来ない事件が起きた。
『やる気ないならこのゲームやめてくれない?というか死んでくれない?』
kS1nは何日もこの調子。
いい加減声も訊きたくないくらいに、コイツのことが嫌いになっていた。
「うるせぇよkS1n、指令しろよリーダーだろ!」
『してもお前が上手く立ち回れねーから意味ねえよ。気づいてないのか?お前がこのチームのお荷物なんだよ』
「なんだと!」
俺は激昂する。
『だってそうだろ!お前のミスから流れが崩れて負けてんだよ!いい加減気づけよ!』
kS1nも喧嘩腰のようだった。
『他だってそう思ってんだろ?なぁ?』
『んー、まあやきとりから崩れることは多いかな』
「は?お前が自分勝手に動くからだろ?」
適当なことを言い出したら太郎にヘイトを向ける。
『……だっる。やめてよね、八つ当たりすんの』
『………ん、やきとり。これに関してはやきとりにも非がある……はず』
コトねこは言い難そうに言い放つ。
『別にkS1nもやきとりも下手だけど、チームに合わせられてないのはやきとりの方じゃね?』
河島さんまでkS1nの肩を持った。
「………どうして……ですか?」
『どうしても何も、お前の動きがみんなと噛み合ってないからな。多分無自覚だろうけど、今まではみっちーが合わせてくれてた感じだろ?』
俺が一番チームに合わせられてない?
あんなに頑張って、チームがまとまるよう呼びかけたのに?
少しでもみんなと協調出来るよう、裏でこっそり練習したり、みんなのことを知るためにいろんな過去のデータを頑張って集めたのに?
みんなに合わせるために、"普通"を真似れるよう努力してきたのに?
そんなことって……………!
「それは……本当なのか?みっちー……?」
『……いや、そんなことはないぞ』
みっちーがどうでも良さそうに否定する。
───みっちーは人を無茶に傷つけるようなことをしない。
だから、こんな風に優しい嘘を平気でつく。
ずっと相棒だった俺くらいにならたいと、気づかないぐらいの。
俺にとってそれは───むしろ逆効果だった。
『てか、みんな流石に言い過ぎじゃね。よし!ここはパーっと俺の持ちネタで明るく───』
「………そうか。ありがとな、みっちー」
『…………』
『気が済んだか?これからは"きちんと"やれよ。"
普通"にやればいいんだよ』
kS1nが吐き捨てる。
「……………"普通"って、なんだよ」
『あ?』
もうダメだ。堪え切れる気がしない。
「"普通"ってなんだよ、"きちんと"ってなんだよ!こっちだって……やれるだけ頑張ってんだよ!!」
そう言い放つと、VCを切り、スマホを投げ捨てる。
「………ッ!」
固い音が床を跳ねる。
……それから、しばらく暗い部屋の中に静寂が続く。
「………教えてくれよ。なんたって、どんなに頑張っても俺は"普通"になれないんだよ………!」
河島さんの口車に乗せられて、"普通な人生"を─────母さんを裏切った罰なのだろうか。
いや、それ以前の問題。
俺の本質は、他の人に紛れ込めないほどに、ひどく、歪なのかもしれない。
根っこのように、俺という存在を裏付けする"本質"は変えようがないのだろう。
俺は………これからも、人の皮を被ったナニカであり続けるしかない。
皮肉にも、"普通の人生"を捨てた先で得た答えがそれだった。
………ここまで来ると笑いものだな。
道化師の才能でもあるのかもしれない。
知り合いにサーカス団のツテがないのがもったい無いなく思えてきた。
(………今日は、もう寝よう)
これからどうするか考えた途端、全てがイヤになった。
逃げた先に何もないことは分かっている。
ただ、もうあそこに戻るのは無理かもしれない。
瞼がゆっくりと下がる。
段々と意識が遠のいていくのを感じる。
そのまま───俺は眠りにつく。
臆病者な俺には明日の俺に任せるぐらいしか、方法が浮かばなかった─────────。
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