第15話 流石に眠い

 ────4日目。

 ……最近、ロクに睡眠取れてない気がする。

 朝起きたら学校。夕方にはバイト。

 そして、深夜から朝日が昇るまでずっと練習。この繰り返し。

 こんな生活を続けるのはもちろん困難で、目にくまもできてるし、今にも寝落ちしそうな心地だ。

 だが、日常生活との両立が難しいのは俺だけじゃ無いはず。

 みんなにも日常生活がある。

 練習で睡眠時間を削られてるのはみんなも同じだ。

 それにも関わらず、ここまで誰一人として今までサボりが出てないのは………本当に、誇るべきことだと思った。

 ……………いや、思っていた。

『俺今日眠ぃしサボるわ』

夕方、みっちーからメッセージがあった。

 ──流石に、冗談かと思った。

 この前遅刻してるのに、これ以上心象を悪くするようなことなんて普通しないだろう。

 俺は─────みっちーを舐めていた。

「本気で休むなんてありえんの?」

『………ん、なってしまったら……しょうがない。諸行無常』

 みっちーは俺にだけ連絡して、練習を欠席した。

『おい、やきとり。みっちーはどうした?』

kS1nが尋ねる。

「いや、『俺今日眠ぃしサボるわ』だとよ」

『…………話にならんな』

kS1nが呆れ果てたように言い捨てる。

『やる気がないなら来なくていい。二度とな』

「おい、そんな言い方はないだろ?」

『お前はみっちーの肩を持つのか?』

「いや、そんなつもりはないけど………」

『でも、私もみっちーの気持ち分かるよ?今すっごく眠い』

 太郎がぼやく。

 そう、みっちーの気持ちも分からなくはない。

 練習を始めてから、睡眠時間はめっぽう削られてしまった。

 俺だって眠いのだ。

 チームに一言くらい言えよとか、ちょっとは申し訳なさそうにしろよとか、みっちーの自分勝手なところに目を瞑れば、別に特別怒りは湧かない。

『……僕が怒ってるのは"サボった理由"にじゃない。あんなのはどうでもいい。"サボったという前例"ができたことにキレてんだよ』

「………というと?」

『察しろカス。アイツがサボったことで、次から誰でもサボりやすい腑抜けた空気ができあがっただろ』

「……なるほど、そうか」

みっちーが"サボった"という"前例"を作ったことで、次からサボること自体のハードルが大きく下げられてしまった。

 仮に、次から誰かサボってもさして非難はされないだろう。

 考えようによっては、これはチームとして無視できない由々しき事態だった。

「というか、それも大変ですけど今日練習どうします?人数足りてませんけど………」

 ヒューマンは俺、kS1n、太郎の三人。

 みっちーが一人欠けたことで、人数不足に陥った。

(………これが河島さんが危惧していた事態か……)


『おっすお前ら〜〜。元気してっか〜〜〜』


 その声は………!

「河島さん!?」

『おい、やきとり"さん"を付けろ"さん"を』

「付けましたって………」

 昨日いきなりいなくなってしまって、戻ってくるか心配だったが杞憂だったようだ。

 それにしても、今日はなんだか浮き足立ってるというか、なかなか上機嫌そうな声色だった。

『………おい河島。お前酒飲んでねぇよな?』

kS1nが尋ねる。

『安心しろ、今日は三缶だけだ』

『………1+1は?』

『アメリカン大山猫』

………酔っ払ってるじゃねーか。

 自分の思い通りにならなかったら不貞寝して、次の日にはスッキリ忘れて酒飲んで参加するとか、ツラが厚いってレベルじゃない。

 俺が尊敬していた河島さんはどこへ行ってしまったのだろう。

『そんなことより朗報だ。今度の『シャール杯』俺たち出場するから』

「シャール杯?」

『定期的に開催される、アマプロ誰でも出場できる個人主催の小さな大会だ。優勝したらなんと10万。準優勝は5万だ』

『シャール杯ってたまに盛り上がってるやつでしょ。でもそれ、大体プロが優勝して終わるよね』

『プロ発足して以降はな。いい加減アマチュア限定にすりゃいいのに………。って、話が逸れたな。やるからにはもちろん優勝が目標だが………まあ、万が一負けても腕試しと経験値になるだろ。大会は一週間後な、覚えとけよ』

……一週間後。あまり時間はないな。

『よし、練習始めんぞ』

 河島さんが仕切りだす。

「…………そのことなんですけど」


──────河島さんにさっきまでのことを伝えた。

『んなぁにぃぃ〜〜!?アイツふざけやがって………!』

河島さんの歯軋り音がギリギリと訊こえる。

 言っちゃいけないが、酔ってるせいかいつもよりリアクションが良くて面白い。

「……どうします?」

『どうします?じゃねえよ、さっさとみっちーに連絡して叩き起こせ!てか、俺がやる!』

どうやら携帯に電話をかけたようだ。

『………チッ。電源切ってやがる……』

河島がしらけたように、やめだ、と吐き捨てる。

「………その、俺もそうなんですけど、チーム練習始めてから日常生活と両立すんのが難しいんですよ」

『だから、みっちーのサボりは正当だと?』

「いや、そこまでは言うつもりはないです。ただ、ちょっと睡眠時間だけはなんとか確保したいなーって」

河島さん相手に覚悟を持って提言する。

 こんなことにさえ、命賭けなのが馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。

『………お前今いくつだ?』

「……え?深夜一時ですけど……」

『時間じゃねぇよ、歳訊いてんだよ。それと学歴は?』

「え、あぁ……18です。今は大学一年です」

『他は?』

『ちょっとデリカシーないんじゃない?」

太郎がブーイングしながら反対する。

『太郎は20はたちで、……たしか大学三年。みっちーも確か20で大学行ってたな』

『なんで知ってんの?気色悪いんだけど………?』

太郎が素で引いた。コイツにしては珍しい反応だった。

『21。大学は行ってない』

kS1nが答える。

「………18。一年」

コトねこが続く。奇しくも同い年だった。

『………チッ、俺が一番おっさんかよ。いや、この場合はお兄さんでも間違いないよな………?』

河島さんは何やらぶつぶつと独り言をしている。

 河島さんは確か23で、動画配信を除けば無職だったはず。配信で言っていたのを思い出す。

『………しゃあねえか。睡眠時間は確保できるように練習スケジュールを組もう』

「………!本当ですか!?」

『根性でなんとかしろと言いたいところだが、ここ数日パフォーマンスが落ちているのは明らかだ。みっちーに至ってはサボりやがった。こうするのが一番合理的だろ』

「河島さん……!」

 あの鬼畜で悪魔な河島さんにも、人の心はあったようだ。

 なんか……涙が出てくる………。

『………なんかムカつくからやきとりは今まで通りな』

「なんでですか!?」




 

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