第13話 それぞれの目標

「………モチベ?」

『チームワークだけじゃ、この先何かと理由をつけて辞めるヤツが出てくるかもしれない。特にヒューマンは誰か一人でも欠けたら致命的だ』

確かにそうだ。ヒューマン陣営に必要なのは四人。

 現状誰か一人欠けるだけでもう大会には出れない。

『というか、なんでヒューマンはこんな人数ギリギリなワケ?』

太郎が尋ねる。

『このメンツが集められた限りの、優勝するための最低限レベルだからだ。これより実力が劣るメンバーはいてもむしろ足手纏いだ』

 河島さんのシビアな一言が突き刺さる。

 だが、河島さんからしたら紛れもない事実なのだろう。

 優勝を目指すなら、もっと現実的に現状を捉えなければ─────ってちょっと待てよ。

『おい、少し待て河島。"優勝"を目指すなんてのは初めて訊いたぞ?』

kS1nが不可解そうに訊き返す。

 そうだ、俺も優勝なんてワードは初めて訊いた。

『………それこそ今話したモチベーションの話だ。逆に尋ねるが、お前らはこの大会に?」

 河島さんが真意を見定めるような物言いで尋ねた。

 いつになく、河島さんが真面目な口調だった。

『僕は言った筈だ。プロになるために結果を残したい。そのためにここにいる』

kS1nが言い切る。

『私はkS1nについてきただけだよー。ほら、勝ち進んだらお金貰えるらしいし』

 太郎らしい適当さだった。どこまで真剣かは分からない。

『みっちーは?』

『んあ、俺?別に目標とかはないけど………。楽しかったらそれでいいかな』

みっちーはそういうヤツだ。何でも、"楽しい"を最優先にして動く気概がある。

『コトねこは?』

『………変わりたかったから』

………どういうことだ?

 主語も目的語もないから分からない。

『やきとり、お前はどうだ?』

「俺は………あの舞台に立ってみたかったから、です。多分。……すみません自分でもまだ整理できてません」

 普通を捨ててまで本当にやりたかったコト。

 まだ、正確に言葉にするのは中々難しい。

『これがモチベーションの違いだ。半ば人生を賭けてるヤツもいれば、道楽で加入してるヤツもいる。こんな調子じゃ、いつ誰がいなくなっても不思議じゃない。……そこでだ。せめてその方向性だけはブレさせないために、チーム全体の目標を決めようと思ってる』

「チーム全体の目標?」


『ああ、目標も不透明なまま努力するほど無駄なコトはない。……俺の目標である"大会優勝"をこれからのチームの目標とする。異論はないな?』


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 流石に無茶振りが過ぎる。

 いきなりそんな大それた目標を掲げられても、現実みが薄かった。

『それが無理なら───ここで俺はチームを解散する』

『ちょっと横暴すぎやしませんかね?』

 これには流石のみっちーでも食い付いた。

『自分勝手に振る舞うのは普段通りだ。お前らは俺の何を見てきたんだ?』

河島さんは一切譲る気はなさそうだった。

 沈黙が走る。

 今完全に俺たちは河島さんの手のひらの上だった。

 仮に河島さんがこのチームを解散させたとして、河島さん抜きでチームを再結成させたとする。

 モンスターはまだコトねこがいる分、戦えはするが勝ち上がるのはかなり厳しいものになるだろう。

 この人の気分次第で、いつでも、いや今すぐにでも散り散りになる可能性がある。

 迂闊なことは、誰一人言えなかった。


『………ん、河島………さん』


────静寂を破ったのはまさかの───コトねこだった。

『ん、なんだコトねこ?』

『………私に提案がある』

コトねこが?まさか自発的に?

『………そういうのはまだ決めなくてもいいと、思う』

『……モチベーションの話は訊いていたよな?誰かが抜けてからじゃ遅いんだが』

『………いや、遅くない。誰かが抜けたらその時はそれまで………じゃダメ?』

『だから────』

「そ、そうだよねっ!別に誰か抜けたらその時考えればいいんですよっ!」

『……は?今はお前と話してないんだけど』

「いや、あの、ほら!これは二人だけの問題じゃなくてチームの問題じゃないですか!口出す権利はあるはずですよ!」

河島さんの話を遮るには覚悟が必要だったが、コトねこが根性を見せた以上、ここで加勢するしかなかった。

『河島。そもそもまだ誰か抜けたワケじゃねーだろ。何勝手に話を進めてやがる』

珍しくkS1nも、これには河島にキレ気味だった。

 これで三対一。分は俺たちにあった。

『…………』

「その、俺もまだそこまでの話は現実みがないというか………決して優勝したくないってワケじゃないんですけど………」

 もちろん、ここに来た以上生温い覚悟は持ち合わせていない。

 だが、今から優勝を目標にするというのはプレッシャーでしかなかった。

「だから、ここはどうか抑えてくれませんかね?」

『…………チッ、勝手にやってろ。今日は寝るわ』

 河島さんはそう言うと、VCを切った。

「はい、おやすみなさ────って、ええええ!?」

『………ん、やきとりうるさい』

「え?河島さん切っちゃったよ!?これって大丈夫なの!?」

 本当にチームを解散してしまったのだろうか。

 河島さんがいなくなったら絶望的なんだけど………。

『いや、自分の思い通りにいかなくて不貞寝しただけだと思う。多分』

みっちーが答えてくれる。

 ………言われてみれば、河島さんならしかねない気がしなくもない………かも?

『河島なんか今日いつもより不機嫌だったけど、どったの?』

 太郎が尋ねる。

『俺たちが弱すぎてキレてたんじゃね?』

『アイツに関しては、思い通りにいかないとすぐにヘソを曲げるタイプだ。どうせ明日には戻ってる』

「お前ら河島さんに対して敬意なさ過ぎだろ」

一応歳上だし、俺からしたら目上の存在だ。

『ランクマでお互いに罵りあってるからねー。SNSではちょくちょく喧嘩するし』

なるほど。コイツらからしたら大して遠い存在じゃないのか。いや、むしろこの場合は、俺がそういう世界に迷い込んだというべきか。

「てか、コトねこ!」

『………ん、何?』

「やるじゃんお前!まさかあの河島さんに啖呵切れるなんて!」

正直見直した。

 あんまり喋らないから、自己主張は控えめなヤツだとばかり思っていた。

『………当たり前。やきとりはチキン』

「はぁ?なんで褒めてんのにそんなこと言うの?」

訂正しよう。初めて会ったときから口数が少ないだけで、根っこの芯の図太いヤツだ。

 多分、俺が加勢する必要もなかっただろう。

『やきとりも良くやったな』

辛うじて褒めてくれたのはみっちーだけだった────────。



「この後どうする?」

河島がいなくなった以上、今日のチーム練習は実質的に中止だろう。

『んー、まぁ河島さんがあんなになったのは俺たちが弱いせいだからなー。俺はちょっと練習したい感じ』

『練習に決まってるだろ。僕はプロ目指してんだ。ここで甘えてる暇はない』

『うぇー、私眠いんだけど。kS1n抜けていい?』

『勝手にしろ。もし残るなら夏季限定ハワイアンパイナップルショートケーキを今度奢るが』

『うしっ、冗談はここまでだね』

 太郎が肩を鳴らす。

流石組んでいただけある。

 太郎を餌付けするkS1nを見てそう思った。

「俺もさすがに残るよ。コトねこは?」

『………言うまでもない』


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