第10話 河島の期待

 ─────期待はあった。

 ほんの少し、そうだったらいいな、程度の淡い期待を河島は抱いていた。

 けれど───結果は最悪だった。

 結論から語ろう。

 こんなチームでは優勝どころか、本戦にすら上がるのすら"不可能"だ。

『お疲れ様でした……』

 意気消沈したメンバーが次々とVCから抜けてく。

午前6時。深夜ぶっ通しで練習もとい模擬戦を重ねた。

 少し無理をさせたのではないかと思うのが普通だが、元バスケット部でゴリゴリの体育会系の河島にはこの程度のスパルタは常識の範疇だった。

 それはさておき、問題はその結果だった。

 モンスター陣営は問題なかった。

 コトねこの実力は本物であり、キャラ幅の広さに若干の不安はあるが、前半戦を任せるに足り得る人材だった。

 問題はヒューマン陣営。思い出すだけで失望を通り越して笑いが込み上げてくる。

 この時間になるまで何十試合も重ねたが───河島とコトねこは

 アイツらも体力的に負担があっただろうが、それは河島たちも同じだ。せめて負けはなくとも、引き分けの一つや二つは起きるはずだった。

 しかし、結果はモンスター陣営の完勝。討伐自体数えるほどしか達成されなかった。

 ───これらが意味するのは一つ。

 ヒューマン陣営が恐ろしいほど弱小だった。

 個々のスキルは高くとも、全体のチームワークは壊滅的にバラバラ。

 特にやきとりとkS1nとの相性が絶望的だ。

 さっきまでのコトを思い返す。


『おっけ体勢値崩した!総攻撃だ!』

『何言ってやがるここで立て直すぞ!河島相手に回復するチャンスは今しかない!』

『お前が何言ってんだ!まだ体力多いから少しでもここで削らないと……!』

『だから引けってカス!』

『え?そんな強く言わなくても───』

『ヤバい!もう河島さん動き始めるぞ!』

『『あ』』


 ………連携の一つも、できやしてなかった。

 動きが噛み合わなすぎて逆にワザとやってるのか疑ったほどだ。

 対戦後のVCの雰囲気はもちろん地獄。

 回を重ねるごとに敗北と疲れが積み重なって、空気が重たくなっていったのは滑稽だった。

 これに関しちゃ、バカみたいに面白かったし、なんなら最後のお通夜みたいな空気には耐えきれずVC切って爆笑してしまったから怒る義理はない。

 それはさておき───とにかく、「まだ初回だから」は楽観だ。早々に自分も切り捨てるべきだと考えている。

 このまま行けば、ヒューマン陣営の全負けで一回戦すら勝ち上がれないだろう。

「………まぁ、別にそれも悪くない、か」

『何がっすか?』

まだ誰か残っていたようだ。

「………みっちーか?」

『やきとりっすよ』

「やきとりか。声イケメンだなお前」

『間違えましたみっちーっす』

「安心しろ。どっちも大して綺麗な声じゃないから」

 みっちーがまだ残っていた。

『ひっでぇ。てか、河島さん動画見に行ったらライブ中だったんすけど、もしかしなくてもそういうことっすか?』

「……ん、あぁまだ配信切ってなかったか。わりわり」

 言われて気づくと河島は配信を終了する。

『俺たちに一声もなかったんですけど』

「聞かれなかったからな」

今回は新チーム結成のタイトルで配信していた。

 同接は4000ほどとまあまあだった。

『流石にヤバくないっすか。俺たちの痴態丸裸っすよ』

「しょうがねーだろ、これが俺の仕事なんだから。俺も面白かったし、視聴者も面白かった。それでいいじゃん?」

『…………』

「それに、そもそもお前は常に生き恥晒してるようなもんだろ。そういう意味ではむしろ、今回はお前が一番マシだったな」

あの地獄のチームワークでみっちーだけが的確に動けていた。

 ミスのカバーから戦況の好転までほとんどがみっちーによるものだった。

 タンクという役職上火力に欠けて河島は負けなかったものの、これでストライカーとかだったら危うかっただろう。

 マシ、という表現を使ったが、本音を言えば尋常じゃない活躍だった。

 やはりコイツが────全プレイヤーの中でもトップレベルの実力者と言っても過言ではない。

 コイツが別チームに流れるのだけは防げてよかったと、心の底から河島は安堵していた。

「お前もどうせ薄々勘付いてると思うけど、このメンバーは別に元々誘いたかった奴らじゃない。

そう、このメンバーは仕方なく寄せ集めたにすぎない。

 本当はここ数年、自分の目で見た限りプロに匹敵できる最強のメンツを集める予定だった。

「俺とコトねこはもちろん、本当は"なつめろでぃ"、"俺様超絶最強マン"、"6bit"、そしてみっちー。あとはダメ元ではあるがヒューマンランキング1位の"ageha"。このメンバーを集めれれば優勝だって余裕で視野に入ってたんだよ」

 現最上位のランキングに位置するコイツらを引き入れられたらベスト中のベストだった。

『ほえー、そこまで考えてたんすね』

「……まあな。だが、なつめろでぃは、ついこないだの"例の件"で炎上。半分引退みたいな状態だ。俺様超絶最強マンもプロやめて今じゃ立派な社会人。6bitは"あまつかぜ"に行っちまった。agehaは案の定断られた」

「師匠顔出し厳禁っすからね」

agehaは一時期みっちーと組んでいた。

 その頃からみっちーは突然頭角を現し始めた。

 みっちーが師匠と慕うのが理解できるくらいには優れたプレイヤーだったのだが………。

 コトねこと同じように表舞台には一切現れないランクマの鬼だ。「興味ない」と一蹴された。

 そういう意味では、なぜか入ってくれたコトねこには感謝しかなかった。

「……無いものねだりを始めてもキリがないな。今までのは愚痴だ。今はこんな雑魚ばっかの寄せ集めでどう勝つか考えねぇと」

『流石「魔王」の二つ名冠するだけありますね。人の心なさすぎですよ』

「勝手に言ってろ。付けたのは俺じゃねぇ。……それと、みっちー。次からはストライカーやれ」

「……?何でです?やきとりがいるじゃないですか」

「現状無理にタンクを入れる必要はねえ。それにやきとりたちがあの調子だったせいで、ここまで勝ち無しなんだ。ストライカー二人入れてせめて討伐目指す編成にしとけ」

 タンクを抜くと安定性に欠けるが、火力要員が増える分討伐に手が届きやすくなる。

 生存数こそ流れ次第のリスキーな勝負になりがちだが、さっきまでみたいに未討伐の全滅になるよりかは遥かにマシだ。

『……やきとりを信用してないんすか?』

「俺が信じるのは結果だけだ。お前だってこの状況がマズいくらい分かってんだろ?」

こういう雰囲気のまま続ければ、最悪途中解散だってあり得る。

 俺もみっちーも、そうなっていったチームは山ほど見てきたはずだ。

「だから次からはお前はストライカーを──────」


『それでも、俺は信じますよ。だって相棒なんですから』


 ……一切の曇りなくみっちーは言い切った。

 みっちーらしくない、大真面目な声色だった。

「─────」

『河島さん一ついいっすか?なんで河島さんプロ行かなかったんですか?………あ、やっぱり二つで。?」 』

「………いつの日か、配信でも言ったろ。俺は下剋上が好きだって。アマでプロ倒す瞬間が一番気持ちいいんだよ」

『本気でそれだけっすか?』

「しつこいぞみっちー。お前も建前かは知らんが、クソくっだらない理由だっただろ」

『ははっ、それを言われたら弱りますね』

みっちーが苦笑する。

「たまたま今回だけ、本当に今回だけプロを討伐したい気分になっただけのことだ」

『………んー、まぁとりま俺は信じます。やきとりのことも、河島さんのことも。だからタンクは続けますね』

「………結果が全てだ。このままこの体たらくが続いたらその時は………責任とれよ」

『もちろんわかってますよ。でもそんな未来あるはずないんで』

「大きく出たな」

『任せてください!やきとりがなんとかしますんで!』

そこを他人任せなのが最高にみっちーだ。

『あ、自分もそろそろ切りますね。あと、配信するなら次はせめて予め言って下さいよ』

「次からはな。それと気になったんだが………」

『なんすか?』

「なんでそこまでやきとりに肩入れしてるんだ?お前からしたらランクマフレンドに過ぎないだろうに」

みっちーは以前までその日その日で適当な人と組んでランクマを回していた。枠組みや人に固執したり執着するようなタイプではなかった。

 それが今ではやきとりと固定を組んでランクマを回している。

 何がコイツをそうさせているか不思議でならない。

『ああ、そんなことっすか』

 みっちーがさも何でもないような反応をする。

『単純に、楽しいからっす』

 そう言うと、みっちーはVCを切った。

「………楽しい、か。まあ、その気持ちは分からんくはないな」

 こんな終わってるメンツだが、実力に目を瞑れば河島は嫌いでは無いし、むしろ面白くて仕方ない。

 新しいオモチャを見つけたような、いつしか初めてチームを結成したときのような──────。

「何を懐古してんだ俺は………」

 ボサボサと頭を掻く。

明日は何時間しごいてやろうか。楽しみだ。

そんなことを考えながら、河島は大きなあくびをした────────。

 

 

 

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