第6話 雑魚狩りの河島

 まさか、また河島さんから連絡が来るとは思っておらず少しばかり取り乱す。

『決まった?』

 送られた文には、端的にその一言のみが綴られていた。

「決まった………?一体何が………?」

頭が混乱する。

 なんのことか皆目検討がつかない。

(何か約束でも取り付けていたっけか………?)

考えを巡らせながら、過去のメッセージログを手当たりしだい振り返る。

 だが、それらしいものは見当たらない。

「本当に何だ………?」

『えっと、すみません。自分なんか約束してたりしました?』

メッセージを送る。

 返事はものの数秒で返ってきた。

『は?オメー頭沸いてんのか?チーム入るか訊いて待てつったのテメーだろ?』

 俺が配信者としてよく知る、"雑魚狩りの河島"を思い起こす荒い言葉遣いに少々目を見開く。

 それと同時に、頭の中で疑問の雲が晴れてゆくのを感じる。

「……え?………あ」

全てが一本の線に繋がった。

 一昨日最後に送ったメッセージを探す。

 そこには乱暴な言葉で、『少しぐらい待てや』と書かれていた。

「スゥーー……そういうことか」

 つまり、河島さんは"待って"いたのだ。

 俺は勘違いをしていた。

 てっきりあのメッセージで見切りをつけられたと思っていたが、まったくの的外れだ。

 河島さんは律義に俺の気持ちを組んで待っていてくれたつもりだったらしい。

 そうなるとメッセージが来なかったのも辻褄が合う。

 ようは、お互いにすれ違ってたってわけだ。

「馬鹿馬鹿しい……」

今までの杞憂の真実が、こんな馬鹿げたすれ違いだったのか。

(なんて馬鹿なんだ俺は……)

 投げやりな気分になりながら、適当にメッセージを綴る。

 多分後から見返したらまた後悔しそうなことをしてるが、今は正直どーでもよかった。

『こないだみたいな丁寧語やめたんすね』

『アホか。あれは初絡みに向ける最低限の社交辞令だ。そんなこともわからねぇヤツに使い続けるワケねーだろ』

『なんか配信中の河島さんみたいっすね。俺はこっちの方が好きっすよ』

『あんま調子乗んなよクソガキ。晒すぞ』

そこまで言われてふと我に返ると同時に、サーっと血の気が引く。

 配信中の時と変わらぬ温度感にむしろ緊張が解けていたが、この人は遠い存在だ。

 ここまで無礼を働いていい相手ではないし、なんなら一番やってはいけない人だ。

『すみませんでした調子乗りました』

(ヤバい、流石にやり過ぎた……。こっから気をつけよう………)

『本題に戻るぞ。そろそろこっちも締切にして、チーム練習を明日にでも始めたい。だから、今この瞬間が"最後の選択猶予"だ』

厳しい言葉をぴしゃりと降りかけられる。

河島さんの言い分は最もだ。これ以上待てばチーム練習予定に支障が出るだろうし、何より、俺が入らないならみっちーも入らない。

 もしそうなったら、その分別の人を当たらなくてはいけなくなる。

 だからこれは至極真っ当な、むしろまだ温情のあるような選択猶予だった。

『その前に一つ訊きたいんですが、俺で大丈夫なんすか?この前気分を害するようなことを言ったのに』

『実力があればそれでいい。それにお前が来るなら"みっちー"もついてくる。これ以上美味い話はないだろ?』

 河島さんはみっちーを高く評価してるようだ。

(当然と言えば当然か)

 みっちーはアマだとプロに迫れる最強の一角。

 今の期間、どのチームからしても喉から手が出るほど欲しいプレイヤーだ。

いや、今はそんなコト考えてる暇はない。

(俺は………)

───大会になど出てはいけない。

 それは"普通"じゃないからだ。

 俺の歩む人生には余計なモノであり、あってはならないコト。

 そして───それは、絶対に母さんを悲しませてしまう。

「…………」

『ピコン!』

「うぉっ!」

河島さんからまたメッセージが来た。

お前はどっちなんだ?』

 別にそういう意図はなかったのだろう。

 しかし、俺はハッとした。

「そうだ………。忘れていた」

みっちーの言葉を思い出す。


「世の中に"普通"なんてないんじゃねぇの?」


 みっちーの軽い一言だったが、俺にはこの言葉が重く、しかしながら、がっしりと心に残っている。

もし、本当にそうだったら。

 "普通"なんかじゃなくて、やりたいことを選んでいいと言うなら。

 おそらく、今が人生最大の分岐点。

 この選択が、未来永劫取り返しのつかないモノなのは十二分に理解していた。

 だからこそ────────、

「ごめん、母さん」

震える指をなんとか動かして、送信マークをタップする。

 なんのエラーもなくメッセージが送信された。

 もう、後戻りはできない。

「………俺は信じるぞ。みっちー」

おそらくレポートに追われているであろうみっちーに届くはずもない独り言を呟きながら、俺は『大会出たいです』という文面を静かに見つめ続けた────────。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る