第5話 バックボーン

「なあ、俺って────"普通"か?」

 みっちーに今までの悩みを打ち明けることにした。

 信頼してるからこそだ。他相手じゃ易々とこんな話できない。

「なんだよ藪から棒に」

「俺は……とにかく"普通"じゃないといけないんだよ」

「いや、なんだよそれ。それが大会にどう繋がんだよ」

「だから、俺にとって大会は"普通"じゃないんだ。日常から外れたコトなんだよ。そりゃ俺だって、大会は出てみたい。……けど、俺には出来ない」

おそらく、みっちーからしたら意味の分からないコトを言っているのだろう。

「はぁ………じゃあ質問を変える。どうしてそこまで"普通"に拘ってんだ?」

「………そうしないと、俺は生きてけないから」

「はぁ?」

みっちーがおもむろに声を上げる。

「と、ともかく!俺は"普通"だよな!?」

「…………。んーまあ普通っちゃ普通………か?」

「なんで疑問系なんだよ」

「いやだって、"普通"なんて人それぞれだろ」

「─────」

「相談、受けといてなんだが、正直お前が"普通"に拘ってる理由もよう分からんし、大会もなんでそこまで渋るのか俺にはよく分かんねーや」

「そう……か……」

 肩を落とし項垂れる。

「その反応、なんか俺が悪いことしたみたいじゃん」

「絶賛俺の人生を否定された気分だよ」

「そこまで言ったか?」

言われた。"普通"に固執してる俺に最悪な言葉を投げかけたよお前は。

 言った本人が一番気づいて無さそうだが。

「何もそんなに思い詰めなくとも……とまでは言わねぇけど、世の中に"普通"なんてないんじゃねぇの?」

「それはどういう────」

「………あっ!!いっけねレポート明日中までじゃねーか!!すまんやきとり、もう切るわ」

あっち側で何やらドタバタと忙しない物音がする。

「おおい!タイミング悪すぎだろお前」

「すまねぇ!とりあえずお前が出るなら俺は出るから!そこんとこよろしくな!」

「あっ!おい!………切りやがったよ」

肝心なとこで切られたせいでモヤモヤが気持ち悪い感触で残る。

「というか、そもそも俺はもうチーム誘ってもらえないだろ………」

 

     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「──お父さん、もう帰ってこないんだって」

耳に馴染む、母の声。

 諭すような物言いだが、声に感情が篭ってない。

 ────いつだったかの記憶のカケラ。

 微睡むようなこの感覚で、これが夢の世界であるとうっすらと感じ取る。

「……どうして」

「お父さんは冒険を頑張りすぎちゃったんだ。だから、もう帰ってこれないの」

「……なんで?」

父は冒険家だった。

 世界中をまたにかけ、勇猛に旅をするのが仕事であり、生きがいだったらしい。

 たまに帰ってきては、幼い俺に色々な"お土産"をくれた。

 世界中の色んな写真に、現地で手に入れたお宝からガラクタまで。この辺はピンキリだった。

 そして───何より楽しそうに語ってくれた旅のお話。

 父の旅の話は、絵本のなかのような別世界で、まるで俺まで旅をしている気分になって、ワクワクした。

 その全てが新鮮で、楽しい話ばかりだった気がする。

 だが───冒険に危険はつきものだ。


 父が冒険中事故で亡くなった。


 洞窟に潜る途中、命綱が切れて帰れなくなってしまったらしい。

 なんとか運び出された頃には息がなかったようで、洞窟の中一人孤独に衰弱して最期を迎えたと言われている。

 けれど───幼い俺には母さんの説明ではいかんせん合点がいかなかった。

 その当時ショックで現実を受け入れられなかったのか、はたまた"死"という概念を理解するには幼すぎたのかは分からない。

 ただ────涙が一切流れなかったのは確かだったはずだ。

「………?こーたは……悲しくないの……?」

顔を涙で歪める母さんが心底怪訝そうに尋ねる。

 俺は確か…………。

「別に」

………そうだ。確か、そう答えた。

「なんで……なんであなたもお父さんも"普通"に成れなかったの……!?」

母さんが悲鳴を上げる。恨めしそうに、歯を食いしばりながら。

 俺には母さんが泣く理由を理解できなかった。

 この時点では、俺は"普通"じゃなかった。

 流石に今になればこの感情の所在は理解できる。

 だが、この時の俺は幼子のカタチを被った異質な存在だった。

 母さんもさぞ気味が悪かっただろう。

 ───だけど、それでも見放さないでいてくれた。

「………お願い、お願いだからあなたは"普通"に生きて………!!父さんみたいな冒険をしないで、平凡で、何一つ危険のない人生を歩んで……!!」

目線を合わすようしゃがみこんだ母さんが、肩に手を置いてすがるように語りかける。

 ……母さんの手は震えていた。

 だけど、眼は真っ直ぐだった。絶対に見放さないという強い意思があった。

「……わかった。約束する」

 ───そこで初めて、自分が何かがおかしいと気づいた。

 そして、これを境に俺は"普通"に馴染めるよう血の滲むような努力した。

 努力とは死ぬ気でやれば大概報われるようで、19になった今では常識を理解して共感できるくらいの一般男性に成長した。

 今の俺はマネではなく、本質的に"普通"に近づいてるはずだ。

 そんな一方で、この"普通"は、この日から呪いのように俺の肩に重くのしかかった─────────。



「…………クソっ」

 ゆっくりと目を開く。窓から指す日の光がうざいくらいに眩しい。

最悪の目覚めだ。

 アレを一概に悪夢と言い切るつもりはないが、どちらかと言うと思い出したくない部類の過去だ。

 願わくば頭の片隅にでもしまっておきたい。

「さて、気分一新。これからどうするか」

 今日は大学の講義がない。

 予定も特にないから、このままだとぐだぐだゲームをして一日を終えるだろう。

(……それも悪くないな)


『ピコン!』


 そんなことを考えているとスマホが鳴った。

 デジャヴを感じる……。

スマホを覗くとDMが来ていた。

 差出人は────雑魚狩りの河島だった。



 



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