第3話 非日常への片道切符

『突然すみません。やきとりさんで間違いないですか?』


 送り主の名は"雑魚狩りの河島"。

 このゲーム随一の有名人であり、俺の尊敬しているプレイヤーの名だった。

(雑魚狩りの……河島!?)

 あまりに突然の事態に頭が回らない。

(と、とりあえず返事を……!)

『間違いないです』

送ってから、少し淡白過ぎたかどうか不安になる。

 わざわざ削除するのもヘンだし、返って失礼になるだろう。

(や、やばい……。へんな汗出てきた……)

 一応、この人とは何回もマッチしたことはある。

 河島さんはモンスター上位だから、俺たちと当たるのは珍しくない。ちなみに、試合の勝率は僅差で河島さんの勝ちだろう。

 チャットで少し言葉を交わしたことはあるが、本当にそれぐらいだ。

 だから、こうして直接あちらから連絡をとってくるだなんて夢にも思わなかった。

 俺にとっての雑魚狩りの河島は遠い存在で、憧れの対象だ。

 今この瞬間、俺は言葉にならないくらいに興奮していた。

『単刀直入に用件を話します』

河島から返ってくる。

 些細なことだが、配信のときとは違う河島さんらしかぬ敬語に少し違和感を覚える。

 ────だが、そんなのは次の言葉で吹き飛んだ。


『自分と大会出ませんか?』


 河島の用件は────俺の勧誘だった。

「────え」

思わず言葉を失う。

『大会名は「Morganite日本公式大会」───通称「MJC」。ご存知だと思いますが、MJCは日本で一番大きな大会です。できればこの大会に出場するため、自分のチームに入って欲しいです』

 「MJC」───────。

 言われずとも、もちろん知っている。

 俺がこのゲームを始めたきっかけもこの大会だった。

 今では半ばプロのための大会になりつつあるが、アマチュアでも予選を勝ち抜けば本戦、さらにはオフラインまで夢見ることができる。

『今のところ決まってるメンバーは以下になります。

モンスター陣営

 雑魚狩りの河島(自分)

 コトねこ★彡

 

 ヒューマン陣営

 kS1n@JAPAN

 ビビンバ太郎              

                      』

 錚々たるメンツに驚愕する。

 そこに書かれていたのは、どれも名の通ったランカーたちだった。

 全員とも何度か当たったことがあるが、大会を目指すにはこの上ない実力者たちだ。

 特に目を引いたのが、"コトねこ★彡"というランカー。

 現モンスター一位。

 顔、名前、声全てが不明。

 誰とも関わりがなく、ただ機械のようにランクマを回している謎に包まれた最強の人物。

 唯一何処から出たのか分からない「女性」という情報からついた二つ名は『女王』。

 毎シーズン常に上位帯に居座り続けた結果、今まで大会という表舞台に一切立ったことがないにも関わらず、噂が噂を呼び、知らない人などいないほどその名を轟かせていた。

 そんな人の名がここに刻まれていた。

 どうして今になって大会出場に踏み切ったのだろうか。

 というかそもそも、河島さんはどうやって連絡をとったのか。

『ヒューマンの残り2枠はやきとりさん、それとみっちーを現在勧誘してます』

「みっちーも……!」

薄々勘づいていたが、やはりみっちーも誘っていた。

 それもそうだろう。今残ってるアマチュアで最強は間違いなくみっちーなのだから。

 みっちーは誘いに乗るのだろうか。

 みっちーをエミュレートする。

(………「ふざけていいなら」という条件付きならきっと入るな)

『用件は以上です。できれば今すぐ返事を頂けると幸いです』

河島さんが丁寧に返事を求めた。

「い、今すぐか……!」

 急かされると焦りを覚える。

今は情報の嵐に混乱していて、正常に判断できる自信がない。


 ────いや、考えるまでもない。"夢"は諦めると誓ったはずだ。


 河島さんの誘いは舞い上がるほど嬉しいものだった。

 だが─────それは"普通"じゃない。

 そっと目を閉じる。気持ちを落ち着かせるように。そして、何をすべきかを考えれるように。

 ………俺は普通の生活、人並みの幸福、平凡な未来を享受しなければならない。

 そうに期待されているから。

 そして、普通じゃない俺が、俺であるために。

 だからその切符は手離さなくてはならない。

 非日常は、俺には有り余る。

 息を深く吸って、ゆっくりと吐き出す。


 『お誘いありがたいですが、すみません俺は入れません』


 文字を打ち込む。これが、正しい選択。

 あとは送信を─────。

 送信を─────────。

 送信──────────。


「……なんで、指が動かねんだよ…………ッ!」


 あと1mmでも指を押し出せば、それで送信完了。

 めでたく非日常への扉は堅く閉ざされ、俺は"普通"を続けられる。

 ────だが、俺にはそれが出来なかった。

 あの時、初めてやってみたいと思ったコト。

 "普通"を目指していたはずなのに、それでもなおあの輝きを忘れることが出来なかった。

 画面の向こうの舞台でいつか、あのトロフィーを掲げるのを叶わぬながらも夢見てしまった。

 やっとの思いで封じ込めてきたモノが、今になって叶うチャンスが回ってくるなんて。

 酷い話だ。なぜ、なんで今なのだろう。

 受け入れるにはあまりにも自分に言い聞かせ過ぎた。

 かと言って、断るにはあまりにも気持ちが揺らめいている。

 もし神様がいるならきっと、俺のことが嫌いで嫌いで仕方ないのだろう。

 心臓の鼓動が煩い。煩わしい。

 俺は"普通"に生きなくてはならない。

だけど、だけど────っ!!

 この熱い高鳴りが、フラッシュバックするあの輝きが、俺から"憧れ"を捨てさせてくれない。

「俺は一体……どうすればいいんだよ………」

 文字を消して、打ち直す。

 俺の選択は────────────。

『ピコン!』

「あ」


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