第2話 "普通"

「ほあぁぁぁ」

口を大きくかっ開いて、あくびをかます。

 大学へと続く通学路を自転車で走る朝8時。

 昨夜は結局オールした。

 おかげで瞼が重い。今にも倒れそうだ。

 睡眠を取らないまま次の日を迎えるというのはホントに良くない。

「……何やってんだろ俺」

 昨日の自分を殴り飛ばしたくなる。

 しかしタイムマシンなんて無いワケで、仕方なく無心で自転車を漕ぐ。

 こんな片田舎には電車なんて勿論通ってない。

 バスも数時間に一回程度のペースでしか通らないため、大学に行くには片道2時間の道を自転車漕いで通うしかない。

 大学といっても、地方のちっちゃい大学だ。

 そこそこボロいし、設備もまあ古い。

 都会のキラキラしたキャンパスライフとは無縁と言っても過言ではないはずだ。

 そんな大学に向かって、今日も俺は通うのだった。



「おっす日比谷」

「課題終わらねーよ日比谷ぁ〜。助けてくれぇ〜」

 教室の片隅に見知った顔がある。

 いつもツルんでいる二人だった。

「おはよう。お前らも一限から?」

「そうなんだよ、おかげで朝から気分最悪よ」

一人が項垂れるようなジェスチャーをする。

「日比谷お前確か頭良かったよな。ここの問題答え教えてくれよ!」

机に突っ伏していた一人が水を得た魚のように詰めてくる。

「教えるワケねーだろ。ほら、アドバイスしてやるから自分で解け」

「ちぇっ、ケチだな」

「いやどう考えても日比谷が正しいだろ」

「……ははっ」

いつものようなやりとりだが思わず笑いが漏れる。

「何笑ってんだオメー。気色悪いぞ」

「お前は口より手を動かせよ」

 コイツらはいい奴らだ。

 普通らしい大学生で、普通の人間。

 ……この輪に混ざって同じ空気を共有してる俺も、きっと普通なのだろうか。

「おい日比谷、はよ教えてくれ」



「今日はこれで上りでいいよー」

 客足も緩やかになり、店長から声がかかる。

「了解っす。おつかれした」

店長に頭を下げ、店を後にする。

 講義を済まし、週二で働いているバイト先のチェーン飲食店を出る頃には、辺りは真っ暗になっていた。

 このまま自転車を飛ばして帰って、風呂入って、飯食って、夜更けまでゲームするのが俺の一日。

 きっと誰にでもある、ありふれた日常。

 そうだ。俺は普通だ。

 人より優れているところがあっても、飛び抜けているわけでもないし、逆もまた然り。

 人並みに課題に苦戦して、ダチと飯食いに行ったりして、バイトも精一杯頑張って、ゲームし過ぎて朝は憂鬱な、そんなどこにでもいる"普通"の学生。

 

 ──────もうフリじゃくて、本質的に俺は"普通"に染まれてると思う。


 ………なぁ、そうだろ、母さん。



「お兄さん〜それ"イイ"よぉ〜」

「キッショ」

今日も今日とて気色悪いことをほざくみっちーとランクマを回す。

「やきとりのおかげでランクうなぎ登りだよ打ち上げ花火だよ」

「俺は大して上がらないんだが」

 ランキングを閲覧する。

 ヒューマンでは俺が27位、みっちーが3位だった。

「ま、今シーズンは上げやすいわな。プロも競技シーンあるからチーム練に力注いでるだろうし」

「競技シーン……」

その言葉に一瞬肩を震わせる。

「なあ、みっちー。確かプロとも交流あっただろ。俺たちみたいなアマとプロは違うのか?」

そう訊くと、みっちーが少し声色を固くした。

「……勝手の違いはあるな。なんたって、最低ヒューマン4人モンスター1人でチーム組んで戦うんだ。ただ勝てばいいって話じゃなくなるからな。それと後は……遊びでやってるか本気マジでやってるかの違いかな」

 みっちーの言っていることはなんとなく理解出来る。

 たまにプロともマッチすることはあるが、まず立ち回りが違う。

 動きが洗練されていて、ミスがほとんどない。

 仮にしてもすぐにリカバリーを効かせる。

 おそらくあれは"焦り"がないからだ。

大会という一番の緊張を経験してるからこそ、ランクマでは落ち着いていられる。

「そういや、やきとりは推してるプロチームとかあるのか?」

みっちーが唐突にそんなことを訊いてきた。

「いや、特には。『RvIasan』とか好きだけど推してるとかではないからな」

  ────『RvIasan』。

 日本最強絶対王者プロチーム。

 一言で言うなら、圧倒的王者。

 アマチュア時代から最強のチームで、未だにその王位を譲ったことがない全冠のチーム。

 人気はもちろん、今では沢山のスポンサーがついてもはやアイドルみたいな存在になりつつある。

「あ、プロ選手ではないが一番好きなのは『雑魚狩りの河島』だな」

『雑魚狩りの河島』。またの名を「魔王」。

 リリース初期からその名に恥じぬ実力とトークスキルで有名な配信者。

 煽り暴言からモラル面で「『Morganite』のガン」とも罵られてるが、生粋のエンターテイナーであり、魅せつけてやまないその実力からファンが絶たない。俺もその一人だ。

 プロ発足前は大会にも出ていたが、今では配信者として人気を集めている。

 と言っても、モンスターランキングは現在2位だ。今でも魔王と言ってなお余りある。

「あ、河島さんか。面白いよなあの人」

「みっちーは会ったことあるんだっけか」

みっちーは俺よりも上手い上、長い間この界隈にいる。

 そのため、有名人とは大体交流がある。

「ヒューマンで一緒に回したとき二人でモンスター煽りまくるのはクッソ楽しかったなぁ」

「そうだよな。お前はそういうヤツだよな」

一瞬みっちーが少し遠い人のように感じだが、そんなことはなかったようだ。

「あー、そろそろ俺寝るわ。おつかれ、今日は切るぞ」

「そうか。じゃあな」

 そろそろ日付が変わる頃。

 みっちーとの通話を切断し、ゲームを閉じる。

 重いまぶたを擦りながらベッドへダイブした。

「…………」


俺日比谷康太は、平凡で普通の人生を享受したい。


 いや、なんだ。

 平凡な田舎に生まれて、父さんは他界したが、母さんが頑張ってくれているおかげで美味い飯を食えてる。

 そして─────"普通"じゃなかった俺を、変えてくれたのも母さんだった。

 だから、"普通"に生きるのは母さんへの恩返しで、そしてきっと、俺が維持すべきなんだ。

「…………………ッ!」

 ……まただ。

息が詰まったように、呼吸が不安定になる。

 不思議な焦燥感と劣等感に襲われる。

 まるで、俺が世界に置いてけぼりにされたようなこの感覚。

(一体、何なんだよ…………!)

 何か、ワケもわからないモノに飢えている。

 キラキラと輝いて、頭に焼きついて離れない眩しい何か。

 きっとソレは"普通"じゃない。

 非日常的で、俺が歩むべき進路とはかけ離れたモノだ。

 別に、今に満足いっていないワケではない。

 大学は楽しい。ダチもできた。

 バイトは大変だ。でも、それはいわゆる"やりがい"というやつだ。

 みっちーとゲームをする時間は何よりも楽しい。

 時間を忘れるほど没頭できる、俺の大切な時間だ。

 ───こんな生活を、未来永劫続けるのだろう。

 大学を卒業したらそこそこの会社に入って、田舎でも都会でもなんでもいい。

 帰ったらみっちーとゲームして。そうだな、酒も飲めるだろうから宅飲みもしてみたい。

 ……いや、やめた。

 たまに酔っ払ってウザい絡み方するみっちーが反面教師として浮かび上がった。

 とにかく、そんなスリルもなく、見上げるような功績を得られなくとも俺は構わない。

 人並みの幸福を享受して、親孝行もして、自分の居場所があって、いつか愛する人を見つけて、笑っちゃうほどちっぽけでも何かを残せて────そんな人生を送りたい。

 だってそれが、世の中の"普通"ってヤツだろ。

 だから、叶わない夢なんだ。

 "憧れ"なんて、いつかは価値がなくなる泡沫に過ぎないのだから。こんなことに苦しむだけ時間の無駄だ。

「…………よし」

いつも通り自分に言い聞かせることで、心を落ち着かせる。

 よかった。今日は早く寝つけそうだ。

 何も考えない時間が生まれると今みたいに考え込んで、不眠気味になる。

 でも、最近は心のどこかでだんだん諦めがついて来たようだ。

 それが良いことかはさておき、昨日の分も上乗せた睡魔が襲いかかる。

「………寝よう」

6月なのに蒸し暑い。

 地球温暖化とやらは本気で進んでいるらしい。

 掛け布団をかなぐり捨てて、いよいよ俺は眠りに─────────、


 ピコン!


 ふと、スマホが鳴る。

 誰かからDM《ダイレクトメール》が届いたようだ。

「誰だ、こんな夜中に……」

スマホを開く。

 そして───送り主の名に目を見開く。

 

『突然すみません。やきとりさんで間違いないですか?』


 ───送り主の名は"雑魚狩りの河島"。

 このゲーム随一の有名人であり、俺の尊敬しているプレイヤーの名だった─────────。

 

 

 


 

 




 

 






 

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