第125話 意趣返し

「……誘ってる?」

「さ、誘ってませんっ、驚いただけです!」


 シャーロットは叫ぶように言った。嘘ではなかった。

 お尻を揉まれて気持ち良くないと言えば嘘になるが、決してあえいでしまうほどの快感は覚えていない。


「それなら良かった。シャルが敵に回ったら、僕の理性なんてイチコロだからね」

「そんな恩を仇で返すような事はしませんよ。ノア君がいきなりガシッとやるのがいけないのです」

「あはは、ごめんごめん」

「お尻を揉まれながら謝られても、誠意のかけらも感じないのですが」

「って腹筋を撫でられながら説教されても、心に響かないのですが」


 シャーロットとノアは互いに相手の体を触る手を止め、クスクスと笑い合った。

 すぐにどちらも愛撫を再開する。


 シャーロットはノアの腹筋を指で押した。


「シャル、僕の腹筋好きだよね」

「硬いのに柔らかいこの感触が面白いんですよね」

「なるほどね。こっちは柔らかいだけだけど」


 ノアがシャーロットのお尻を手のひらで包むようにして、左右に揺らした。


「ひゃっ……ちょ、ちょっとノア君っ⁉︎」

「ん、何?」

「とぼけないでくださいっ、触り方がいやらしいです!」

「そりゃ、彼女のお尻を触ってるんだからいやらしいよ」

「その前提の上で、さらにという話をしているんですっ!」


 明らかに今までと触り方が違う。

 笑っているノアの目を見れば、欲を抑えきれないのではなく、揶揄っているのだとわかった。


 なんとかしてやり返せないものかと考えて、シャーロットは思い出した。

 彼女には、魔法の手札が二枚もある事を。


 性懲りもなくお尻を揉み続ける、男の子にしては白い手を掴む。


「シャル?」

「お仕置き券、一枚使わせていただきます」

「うっ……うん、わかった」


 ノアは名残惜しそうな表情を浮かべつつも、素直に腕を引いた。


「その……きょ、今日は大丈夫ですよね?」


 シャルはチラリとノアのそこに目を向けた。

 元気になっている事は、すでに首筋にキスを落とされている時に感じ取っていた。


「う、うん。前よりは全然。でも、加減はしてね?」

「それはもちろん……ですが、ごめんなさい。ちょっと優しくできないかもしれません」


 前のノアの言葉をそっくりそのまま返す。

 いわゆる意趣いしゅ返しというやつだ。


「お、お手柔らかにお願い——んむっ⁉︎」


 シャーロットは、引きつっているノアの口元にいきなりかじりついた。彼は驚きに目を見張った。

 それはそうだろう。

 これまでのお仕置きの時間では、唇へのキスは必ず最後にしてきたのだから。


 しかし、今のシャーロットはこれまで以上にたかぶっていた。

 何度か唇を触れさせた後、わざとリップ音を立ててみる。


「っ〜!」

「ふふ、可愛い」


 赤くなったノアの頭を撫でる。


(今なら行けます……!)


 シャーロットは一呼吸置いてから、ノアの頬を両手で包み、唇を触れさせると同時にわずかに空いている隙間に舌をねじ込んだ。


「んんっ⁉︎」


 まさかそこまでされるとは思っていなかったのだろう。

 再びノアが目を見開くのに構わず、シャーロットは自分のペースで彼の口内を蹂躙じゅうりんした。


(気持ちいい……幸せです……)


 最近はディープなものも徐々に日常に入り込んできてはいるが、どうしてもノアに主導権を握られ、堪能する前にふやけさせられてしまう事が多い。

 シャーロットは普段の分までたっぷりと味わってから、顔を離した。

 つぅ……と、二人の唇の間に透明な橋がかかる。


「しゃ、シャルっ、さすがに激しすぎじゃない……⁉︎」

「でも、いつもノア君がやっている事ですよ?」


 シャーロットが反論すると、ノアがうっと言葉を詰まらせた。

 シャーロットはにっこりと笑った。


「——もう少しだけ、我慢してください」




◇ ◇ ◇




(な、なんて事をしたんですか私は……!)


 お仕置きを終えた後、シャーロットは風呂に入った。

 そして自らの大胆すぎる行動を振り返り、羞恥心に苛まれて頭を抱えていた。


 ディープキスの後も、腹筋や胸筋を愛撫したり、背中にキスマークをつけてみたりと、普段の彼女なら考えられないほど積極的な行動を繰り返した。


(前にノア君にも注意されていたのに……)


 彼がシャーロットとそういう行為をしないのは、あくまで彼女のためであって彼自身のためではない。

 気を遣ってもらっている側の自分が調子に乗ってどうするのだ、と自分に呆れていた。


 しかし、同時に仕方のない事だとも思っていた。

 ここ最近はノアに主導権を握られてばかりだったし、エリアが落ち込んでいるという事実は、シャーロットにとっても大きな精神的負担になっていた。

 それゆえ、少し発散したかったのだ。


(ま、まあノア君も「僕がやった分は甘んじて受け入れるよ」と言ってくれましたし……)


 次回から気をつけよう、とシャーロットは思い直した。

 そして、自分が攻めたてている時のノアの羞恥と幸福が入り混じった表情を思い出して、一人で悶えた。




「ふう〜……」


 わずかな罪悪感は覚えつつも、シャーロットは心身ともにスッキリした状態で風呂から上がった。

 髪を乾かしてリビングに戻った彼女が目にしたのは、ソファーの上で膝を抱えるノアの姿だった。

 彼はこの世の終わりのような表情を浮かべていた。


「の、ノア君っ? どうしたのですか⁉︎」


 シャーロットは慌てて駆け寄った。

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