第126話 一人でしちゃった(お互いに)

「の、ノア君っ、どうしたのですか⁉︎」

「……ごめん」


 表情を変えて駆け寄ってきたシャルに対して、僕は何とかその三文字だけを発した。


「えっと……どうしたのですか?」

「……しちゃった」

「えっ?」

「トイレで……一人でしちゃった……」


 いけない事だとはわかっていたし、シャルは不快な気持ちになるだろうとも考えた。

 それでも、僕は我慢できずにトイレで自分を慰めてしまったのだ。


「他人の家でそんな事するなんて最低だよねっ、本当ごめん……!」


 僕はソファーから降りて土下座をした。


「の、ノア君⁉︎ か、顔を上げてくださいっ!」

「今の僕にそんな権利は——」

「いいから上げてくださいっ、私は全然気にしてませんから!」


 シャルが無理やり僕の顎を掴んで上を向かせた。


「ノア君。私の目を見てください。嘘を吐いているように見えますか?」


 シャルは真っ直ぐ僕の目を見ていた。


「それは、見えないけど……」

「でしょう? とりあえず、普通に座ってください」

「うん……」


 シャルは、本当に不快に思っていないのかな。

 いや、僕に気を遣ってそう見せてるだけかもしれない。


「一人でしてしまったというのは、その、そういう事ですよね?」


 シャルが僕のそこに目を向けてきた。


「うん、本当ごめん……」

「いえ、私が調子に乗りすぎたのも悪いですし、そもそもなんですけど、あの……」


 シャルが何やらもじもじしている。


「何?」

「そ、その……逆に今まではシテいなかったのですか? この家で」

「……えっ?」


 どういう問いかけ?


「ちょ、ちょっと待ってシャル。それ、どういう事?」

「いえ、これまではてっきり、うまく私にバレないように隠れてやっているのかと……」

「……僕が、シャルの家ここで?」

「は、はい」


 シャルがどこか気まずそうにうなずいた。

 待って。今までずっと「こいつ私の家でオナニーしてんだな」って思われてたって事?

 ……恥ずかしすぎる。


「い、いや、ここでは今回が初めてだしっ……というかそもそも、何でそんなふうに思ったの?」

「いえ、男の子は毎日する人も多いと聞きますし、その、いつもイチャイチャする時はげ、元気になっているので、私がお風呂に入っている時などに発散しているのだとばかり思っていました……」

「……それ、不快には思ってなかったの?」

「まさか」


 シャルがブンブン首を横に振った。


「ノア君も男の子なのですから、そういうのは当然だなーという程度にしか思っていませんでしたよ。それに、もともと私が我慢させてしまっているわけですし、彼女なのですから受け入れて当然です」


 ……やばい。僕の彼女が男前すぎる。


「そんなふうに考えてくれてたんだ……ありがとう、シャル」

「いえ、こちらこそ、いつも私の事を考えてくださってありがとうございます。だから、その、全然シていただく分には構いませんから! ま、まあ、隠れてやっていただけるとありがたいですけど……私も反応に困ってしまうと思うので」

「うん、それはもちろん」


 シャルに見せたい、というより触ってほしいという思いは当然ある。

 実際、先程一人でしている最中は、こんな事をしているのならもはや彼女に頼み込んだ方がいいのではないかとも考えていた。


 けど、冷静に考えた結果、やっぱりそれはダメだ。

 もし一度でも僕のソレをシャルに見せてしまったり、手淫をされてしまえば、絶対に最後までいってしまう。いやイってしまう。


 逆も然りだ。僕がシャルにする場合は、陰部だけでなく胸も注意しないといけない。

 触るだけならともかく、直接ご対面したら理性など簡単に弾き飛んでしまう。


 よしんば我慢できたとしても、短期的なものだ。

 約束の期日までは半年以上もあるのに、だいぶ進んでしまっている。

 ここで踏みとどまらないと、僕は約束破りになってしまう。


 多分だけど、シャルは僕が我慢できなくなって押し倒しても、許してくれると思う。

 でも、それじゃダメだ。特にお互いの人生を左右しかねない事柄に関しては、絶対に約束は破っちゃいけない。


 ……本当、一回発散したらこういうふうに考えられるのに、溜まっている時は全部がどうでも良くなっちゃうんだから、男って不便だよね。

 考えている内容自体に、そしてそんな事を大真面目に考えている自分自身にも苦笑しつつ、僕は風呂に入った。




◇ ◇ ◇




 ノアが風呂に入った事を確認し、シャーロットはトイレに向かった。

 服はそのままに便座に腰を下ろし、頭を抱えた。


「これまで、私はノア君がシてもないのにシたと勘違いして興奮していた、という事ですか……⁉︎」


 ノアにも言ったように、シャーロットは自分が風呂に入っている時などに彼が一人で抜いているのかと思っていた。

 特にイチャイチャした後、シャーロットが風呂から上がった時に彼がトイレから出てきた際は、もはや確信していた。


 それだけならまだしも、彼が風呂に入っている時などに、彼女自身も「ノア君がここでシてたんですよね……などと想像しつつ、自らを慰めていたのだ。


 それが全て自分の妄想に過ぎなかったと知り、シャーロットは全身を掻きむしりたくなるようなむず痒さ、羞恥心に襲われていた。


「恥ずかしい……! で、でも、今に関しては本当にノア君はシていたんですよね……?」


 自然と、手は自らの控えめなお山の頂点と秘部に伸びていた。


「ん……」


 頂はすっかりとんがっており、隠部はすでに洪水状態になっていた。

 一度耳を澄ませて、シャワーの音が聞こえているのを確認する。


 それから、シャーロットは身体強化の応用で、指を高速で振動させた。

 そういう魔道具がある事は知っていたし、興味もあったが、買うのは恥ずかしかったため指で応用してみたところ、今までよりも何倍も気持ちよかったのだ。


 ノアがいない時はじっくり行う時もあるし、我ながら馬鹿げた魔法の使い方だとは思うが、今回のように彼がいない間にする時は、彼女は毎回高速振動させた指を使っていた。


「ふっ……んぁ……あっ……ノア君……!」


 先程までの行為。これまでノアにされてきた事。

 さらにはそれ以上、現在自分で弄っているところまで彼に触られたり、自分が彼のモノを触ったりするところを想像していると、シャーロットはあっという間に上り詰めてしまった。


「はあ、はあ……」


 肩で息をする。


(でも、いずれはそれよりもさらに上、彼のモノをここに受け入れるんですよね……)


 実際にそういう場面になったらと考えると、まだ少し恐怖はある。

 しかし、想像するだけならとても興奮した。




 十分後、シャーロットはなんとなくの虚しさを覚えつつ、びしょびしょというほどではないがところどころに小さな水たまりを作っているトイレの床を、魔法を使って掃除した。

 そしてリビングに戻り、風呂から上がったノアに何食わぬ顔でハグを求めた。




 それから二人は軽くイチャイチャしながら布団に入り、愛を囁き合いながら眠りに就いた。

 シャーロットはもちろん、ノアもアローラの事は思い出さなかった。


 ケラベルスに襲撃された時までは、彼の中にもまだ彼女を大切に想う気持ちは残っていた。

 しかし、助けようとしたにも関わらず嘘の証言をされ、果てはシャルとエリアを襲ったアローラに対して情けを持ち続けられるほど、ノアはお人好しではなかった。


 そして彼が見切った以上、アローラに同情を寄せる人間は皆無に等しくなった。

 しかし、関心を寄せる人間は一定数存在していた。


「アローラ・スミス……愚かな娘だな」


 とある屋敷の一室で、一人の中年の男が嘆息した。


「せっかく他よりも恵まれた魔法の才を持っていたというのに……を襲われただけに、私が公に庇うわけにはいかんがな」


 こめかみに手を当て、彼は再びため息を吐いた。

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