第127話 アローラの使い道
「最近、より優秀な魔法師に注目しているようですな——オリバー様」
中年の男——テイラー家当主オリバーの嘆きに反応したのは、彼より二回りほど年上の初老の男——テイラー家執事のイーサンだ。
「当然だ。サター星人は上の指示でやってきていたと言っていたのだろう? 私がその上の者たちなら、可及的速やかに援軍を送り込む」
「
「そういう事だ。もっとも、敵がどこまで彼の事を把握しているのかはわからないがな。もしも情報を持っていなかったとしても、刺客がやられたのだ。手をこまねいてはいまい」
「ですが、アローラの死刑は取り消す事はできますまい」
「あぁ——アレに利用するという手を除いてな」
イーサンは目を見開いた。
「アレというのは……〇号の事でございますか?」
「あぁ。アローラには、アレの実験台になってもらう。十分な魔法の素質、そしてどのみち死刑になる身。条件は完璧だ。国の上層部も文句は言うまい」
「ですが、あれはとても人道的な実験とは言えませぬ。我々がアローラを推挙し、そのことが万が一にも露見すれば、テイラー家存続の危機となるでしょう。他の惑星が接近してくるまでは二年の猶予があります。そこまで危ない橋を渡らずとも、後続は育つのではないですか?」
「イーサン。その二年というのは誰が言っている?」
「学者たちが——」
イーサンはハッとなった。
「その予測が外れている可能性がある……と?」
「あぁ。敵は我々が星を上げた誘導装置をあっさり突破するほどの戦力を刺客として送り込めるのだ。二年より前に何か仕掛けてきてもおかしくないし、それが明日でないと断言できる保証はない。優秀な魔法師というのは毎年何人も輩出されるものじゃない。ここでアローラを失うのは、あまりにも損失が大きい」
「……確かにオリバー様のおっしゃる事は理解いたしましたし、彼女以上の適任はいないでしょうが……」
「乗り気じゃないようだな」
オリバーは口の端を吊り上げてイーサンを見た。
「お前はてっきり彼女を憎んでいると思ったが?」
「ノア様に多大なる不義理を働き、シャーロット様とエリア様を襲ったのです。もちろん憤りは感じておりますし、死刑でさっさと死ぬのではなく、罪を償うべきだとも思っております。ただ、魔法体の実験台をやらされるのは、そんな人間にとっても過酷すぎます」
イーサンは顔をしかめた。
〇号とは、テイラー家を中心とした大貴族とラティーノ国が秘密裏に開発した、魔法師が乗り込んで操縦するタイプの魔道具だ。
同タイプの魔道具は魔法体という名称で表向きにも開発されており、すでに導入を始めた国もある。
それではなぜ、〇号が公になっていないのか。
それは、操縦者の負担を一切考慮していない設計であるためだ。
その強さは使いこなせば一級魔法師に匹敵すると言われているが、これまで〇号を操縦して生き残った者はいない。
「なら、お前がアローラを説得しろ。彼女自身がやる気にならなければ、予定通り処刑するだけだ」
「……承知しました。一応、ノア君の意見もさりげなく探って参ります」
「そこまでする必要があるか?」
「はい。彼は滅多な事で敵認定をしませんが、一度敵とみなされたらまずい気がします」
「それは、
「左様です」
「なら、そのようにするがよい」
「承知いたしました」
◇ ◇ ◇
「あっ、そろそろ時間だ。お義母さん、行ってきます」
「はーい。あっ、ノア。今日は二人ともこっちに泊まるのよね?」
「うん」
二人とは、僕とシャルの事だ。
これから、ルーカスさんの元に修行にいっている彼女を迎えに行くのだ。
シャルが誕生日プレゼントとしてくれたマフラーを首に巻きつけ、家を出る。
修練場に着くと、まだ表に人の姿はなかった。
修行が終了している時はシャルは外で待っているため、まだ終わっていないのだろう。
「——ノア様」
ボケーっと佇んでいると、声をかけられた。
テイラー家の執事さんだった。
「執事さん。お久しぶりです」
「えぇ、久しいですな」
執事さんが破顔した。
中学校が休校になって送り迎えの必要がなくなったから、めっきり会う機会が減ったけど、相変わらずのイケおじっぷりだ。
「シャーロット様のお迎えでございますか?」
「はい」
「マメですな。シャーロット様も良い殿方を捕まえたものです」
「僕が良いお姫様を捕まえたんですよ」
「はっは、そうですな」
楽しそうに肩を揺らした後、執事さんは真剣な表情を浮かべた。
「時にノア様。少しご意見を伺ってもよろしいでしょうか? アローラ・スミスについてでございます」
「アローラについて? 何でしょう」
「彼女の死刑が確定した事はご存知ですか?」
「はい。エリアから聞きました」
「このままただ死刑で終わらせてしまってよろしいのですか? 多少であれば、こちらの意見も通せると思いますが」
なるほど。
散々迷惑をかけられたアローラが、罪も償わずに死んでしまっていいのか——。
執事さんはそう問いたいんだろう。
「別にいい……んだと思います。死刑って聞いてもそりゃ当然だよね、としか思わないし、もし死刑じゃなかったとしても、なんかそこまで怒りは湧いてこないっていうか……」
「感情を向ける対象ではなくなった、という事でございますか?」
「なんですかね……」
「なるほど……わかりました」
「お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。ノア様に感謝していただくような事は何もございませぬ」
用事はそれだけだったようで、執事さんはシャルに会う事もないまま去っていった。
それから程なくしてシャルが出てきた。フラフラだ。
いつも通り、背中におぶって歩き出す。
「あー……ノア君の匂い、落ち着きます……」
シャルが僕の首筋に顔を埋めて、スンスン鼻をひくつかせる。
いつもならこの後すぐに眠るんだけど、今日は違った。
——首筋を、ざらっとした感触がなぞった。
「ひゃっ⁉︎」
「可愛い悲鳴ですね。しょっぱいです、ノア君の首」
セリフからわかってもらえたと思うけど、ざらっとした感触は、シャルの舌だった。
「な、何でいきなり舐めたの⁉︎」
「いい匂いなので、味はどうなのかなと疑問に思いました。ただしょっぱいだけでしたけど、ノア君の可愛らしい声が聞けて満足でした……すぅ」
本当に満足そうに言った後、シャルは寝息を立て始めた。
悔しかったから、家に帰った後、シャルが風呂に入る前に、彼女を部屋に招き入れた。
そして、起床直後で寝ぼけているシャルを背後から抱きしめ、その首筋を舐めた。
「ひゃあ⁉︎」
「へぇ、シャルも可愛い声出すじゃん」
「の、ノア君がいきなり舐めるからっ、ん……!」
「確かにしょっぱいね」
「あっ……の、ノア君っ……!」
僕はシャルの首筋を下で何往復かなぞり、ついでに跡が残らない程度にキスを落としてから、彼女を解放した。
シャルは肩で息をしながら、可愛く睨んでくる。
「……確かにいきなり舐めた私も悪かったですけど、やりすぎじゃないですか?」
「ごめんごめん」
僕は笑ってシャルの頭を撫でた。
癖になる味で思わず舐めすぎちゃったんだけど、それは言わないでおこう。
「……もう、そうやっていつも頭を撫でて誤魔化すんですから」
文句を言いつつも体重を預けて甘えてくるシャルが、可愛くてたまらない。
「ノア君」
「何?」
肩口から僕を見上げるシャルは、少しだけ目を逸らして頬を染めながら、
「首……だけで満足したんですか?」
「っ……!」
本当に、どこまで可愛くなれば気が済むのかな。僕の彼女は。
僕はシャルの唇を指でなぞって、
「もちろん、こっちにもするよ」
そう言うなり、自らの口で塞ぐ。
シャルを正面から抱き寄せ、角度を変えながら短めのキスを繰り返す。
「ん……ん……」
吐息を漏らしつつ、目を閉じて幸せそうにしているシャルを見ると、愛しさが込み上げてくる。
それは、情欲とは少し色合いの違う、もっと純粋な想いだった。
僕はキスをやめて、シャルを抱きしめた。
「ふふ、どうしたのですか?」
「いや、好きだなぁって思って」
「そ、そうですか」
シャルは平静を装っているが、不意打ちに動揺しているのは密着させた体を通して伝わってくる。
でも、今はなんだか揶揄う気にはならなかった。
「シャル、後ろ向いて」
「はい——わっ」
くるりと回転したシャルを抱っこしたまま椅子に座り、同じ向きのまま膝の上に彼女を座らせて、背後から抱きしめて顔を埋めた。
「ふふ、ノア君。この体勢好きですよね」
「うん。シャルは好き?」
「はい。ノア君に包み込まれている感じがして、幸せです——あっ」
シャルが驚いたように、小さく声を上げた。
その理由は明白だった。少し収まりかけていた僕の愚息が、彼女の言葉に反応して立ち上がった際に、そのお尻に頭突きをしたのだ。
「ご、ごめんっ、シャルの言葉が嬉しくて……」
「い、いえ、こちらこそ声を上げてしまってすみません」
すでに元気になったソレを押し当てているのは毎回だけど、今回のようなシチュエーションはほとんど初めてだった。
気まずいな。よし、話題を変えよう。
真っ先に思い浮かんだのは執事さんとの会話だけど、わざわざシャルの前でアローラの話を出す必要はないよね。
……にしても、執事さんは本当に僕を気遣っただけだったのかな。
何か、裏の目的がありそうな雰囲気だった。
まあ、彼がシャルやエリアに不利になるような事をするはずないし、どうでもいいけどさ。
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