第124話 元気づけるためにお尻を揉んだ

 合宿から帰ってきた翌日から、僕とシャルはお互いの家を行き来していた。

 僕たちが在籍している魔法師養成第一中学校は、三年生の魔法合宿以降は臨時休校中だ。


 サター星人襲来も今回の一件も、学校側の落ち度は大きくない。

 取り壊すと在校生の措置などの諸問題も発生してくるため、機を見て再開するだろうという噂だ。


 学校から追って課題などが出されるという趣旨の連絡はきているものの、ほとんどの生徒は時間が余った——テイラー家次期当主としての対応に追われているエリアなどを除いて。


 ようやく時間ができたとシャルの家を訪ねてきたとき——合宿終わりから数日が経過していた——、ちょうど僕も滞在していた。

 そして、アローラ、ヘンリー、そして彼女たちに協力していた二人の魔法師の死刑が正式に確定した事をエリアから聞いた。


 それぞれの親族への処分は現在協議中らしい。

 スミス家はおそらく両親も死刑になるだろうという話だが、反対にヘンリーの家族は極刑は免れる見込みのようだ。


「秘宝の他に、私とお姉ちゃんを覆った結界術も、スミス家で保管されていた魔法陣を使ったものだったらしいよ」

「触覚以外の五感、そして魔法の気配の遮断なんて、相当難易度高いですからね」

「うん。全部アローラの独断で、相当無茶をして保管庫から魔法陣を持ち出したらしいけど、結局は当主たちの管理不足が原因だからね。魔法陣も、自分の娘も」


 エリアがチラリと僕を見る。


「大丈夫だよ。僕のせいじゃない事くらいはわかってる」

「なら良かった」


 ふっと口元を緩めた後、彼女は暗いトーンで話し始めた。


「それで、ヘンリー先生の動機なんだけど……家族を守るためだったんだ」

「家族を?」

「うん。実は——」


 エリアの話によると、少し前にヘンリー先生の実家が同業者との競合に敗れて多額の借金を抱え、挙句の果てには借金取りからヘンリー先生の娘の体を要求されていたらしい。


「そんな時にスミス家が手を差し伸べてきたんだって」

「何でスミス家が? ヘンリー先生って貴族じゃないよね?」

「うん。けど同じ分野に進出していたから、以前から少し関わりがあったらしいよ」


 合宿の夜、指定のポイントにシャルとエリアを連れてきてくれるだけでいい。そしたら協力してくれたら借金を肩代わりしてやる——。

 アローラの持ちかけたその取引をヘンリー先生は承諾した。そして、合宿二日目の事件に繋がった。


 エリアが話し終えても、僕は何も言えなかった。

 ヘンリー先生とはほとんど接点もなかったし、それほどショックは受けていない。


 ただ、明らかに精神的ダメージを負っているエリアにかける言葉が見つからなかった。

 どうやらシャルも同じようで、口を開いては何も言わずに閉じる、というのを繰り返している。


「……わかるんだ」


 エリアがポツリと呟いた。


「ヘンリー先生の決断は理解できるし、私もお姉ちゃんやノアを助けるためなら他を犠牲にすると思う。でも、でもさっ、信じてたんだよっ……ヘンリー先生は私たちの味方だって……!」


 感情をたかぶらせるエリアを、シャルが黙って抱きしめた。

 エリアはその肩に顔を埋め、幼子のように声を上げて泣きじゃくった。


 彼女は決してヘンリー先生に恋をしていたとか、そういうわけじゃないんだと思う。

 でも、信じていた人に裏切られる事の苦しさは、アローラに振られた経験から僕にもよく理解できた。


 だからこそ、かける言葉が見つからなかった。

 裏切られた胸の痛みを癒す魔法の言葉なんてない。

 周囲の優しさに触れる事、そして単純な時間の経過。それしか立ち直る方法なんてないんだから。


 僕もそうだった。

 アローラに振られた挙句にクラスメートにも罵倒された時は、正直結構きつかった。


 でも、シャルが僕を生徒会室っていう安全なところに連れ出してくれて、好きな本の話をしてくれた。エリアも僕の事を励ましてくれたし、明るく接してくれた。

 彼女たちとの時間が積もっていくうちに、アローラは過去の事だと割り切れるようになった。


 まあ、僕の場合はアローラはどちらかというと友達の延長線上という感覚が強かった事とシャルに新しい恋をした事が、比較的すぐに立ち直れた大きな要因だった気がするけど。


 シャルは無言で妹の頭を撫でている。

 僕もエリアの背中に手を添えた。少しでも君の味方がいるんだよ、という事を伝えたくて。


「っ……」


 一瞬体を震わせた後、エリアはさらに大きな声で泣いた。


 数分が経過すると、彼女は静かになった。

 姉の腕の中で、すぅすぅと寝息を立てていた。




 シャルが、寝落ちしたエリアを自身のベッドに横たわらせた。

 起こしてしまわないように、僕らはリビングに戻った。


「信じていた人に裏切られて、その状態で次期当主としての責務を何日もこなして……疲れて当然ですよね」

「だねー……」


 同意しつつ、僕はシャルのお尻に手を添えた。ビクッと震えたのが、柔らかさを通して伝わってくる。


「っ……⁉︎ の、ノアく——」

「しっ、エリアが起きちゃうよ?」


 シャルはハッと己の口を塞いだ。

 頬を染め、小さいながらも鋭い声で


「な、何でいきなりお尻を触ったのですかっ」

「……そこにシャルのお尻があったから?」


 シャルを元気づけたくて、とは言わなかった。


「返答になってませんっ」

「『ご自由にお取りください』って書かれたケーキがあったら食べるでしょ? それと同じだよ」

「私のお尻には、自由にお触りくださいとは書いていないのですけど」

「本当に? ちょっと確認していい?」

「馬鹿ですか」


 シャルが絶対零度の瞳を向けてきた。

 あっ、これは引き返すべきだ。


「確認はもちろん冗談として……お触りもダメ?」

「ダメですっ……エリアが家にいるうちは」

「っ……!」


 頬を染めながら付け足された言葉に、僕は悶絶した。


(ヤバい、僕の彼女が可愛すぎる)


「ヤバい、僕の彼女が可愛すぎる」

「声に出てますよ」

「あっ」


 僕は口を押さえた。


「可愛いのはノア君ですし、私だって触っちゃいますからね?」

「臨むところだよ」

「無駄にイケボで言わなくていいです」


 僕が意識してダンディーな声を出すと、シャルが頬を緩めた。




 それから夕方に目を覚ましたエリアは、真っ赤な顔で謝罪と感謝を告げて夕食前に帰って行った。


 一応言っておくけど、シャルとイチャイチャしたいからって早めに帰らせたわけじゃないからね。

 エリアだって大切な存在だ。彼女が元気になるためなら、シャルとのイチャイチャはいくらでも……とは言わないけど、数日程度なら我慢できる。


 しかし、追い出す意思など欠片もなかっただけで、シャルと二人きりになったのなら我慢はしない。


 今日はそのままシャルの家に泊まるため、共に夕飯を食べて片付けを済ませた後、僕はソファーに座って彼女を抱き寄せた。

 首筋に顔を埋めれば、嗅ぎ慣れた甘い匂いと幸福感が胸を満たす。


「ん……」


 首筋を舐めると、シャルが身じろぎした。


「あ、跡つけたら怒りますからね?」

「わかってるよ」


 吸いつきたくなるのを我慢して、触れるだけのキスを落とす。

 そうしてシャルの意識を首筋に集中させておいてから、不意打ちで彼女のお尻をわし掴みした。


「あんっ!」

「……えっ?」


 予想だにしていなかった嬌声きょうせいが聞こえて、僕の手と思考は停止した。

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