第121話 合宿二日目⑦ 〜元カノの足掻き〜

「え、エブリン先生っ、助けてください!」


 これはどういう状況だ、というエブリン先生の問いかけに対して、いち早く声を上げたのはアローラだった。

 彼女は僕たちに目を向けて続けた。


「ノアとシャーロット、エリアに襲われたんですっ!」

「何……? どういう事だ」


 僕とシャル、エリアは口を開かなかった。


「あの、私前までノアと付き合ってて……一度別れたんですけど、やっぱり彼の事が好きで、もう一度やり直したいなって思ったんです! それを彼の今の彼女であるシャーロットに言って、限度を超えない範囲でアタックしてもいいかって合宿前に聞いたんです。そしたら今日、ノアの事で話があるってここに呼び出されて、いきなり結界の中に閉じ込められてっ……攻撃された上で鎖に繋がれたんです! 先生っ、助けてください……!」


 アローラの瞳には涙が浮かんでいた。

 なかなかの名演技だ。魔法よりも演劇の才能の方があるんじゃないかな。


 ……いや、それはないか。

 あくまで僕やシャルより弱いだけで、アローラの魔法の才能は相当なものだ。

 彼女が覚醒後も腐らずに修行を続けていたなら、シャルと肩を並べていた可能性だってある。


 ただ、たったそれだけでアローラの証言が真実として認定されるほど、世の中は甘くない。


「お前以外の三人はどうしたんだ? ヘンリー先生までいるじゃありませんか」


 エブリン先生が厳しい視線をヘンリー先生に送った。

 答えたのはアローラだ。


「ヘンリー先生は、ちょうど近くにいらっしゃたので捕らえられたんだと思いますっ……他の二人は、多分ノアとシャーロットの仲間です! こうして私と一緒に拘束する事で、私に罪をなすりつけようとしてるんですっ!」


 一応、筋は通っている。

 しかしエブリン先生を筆頭に、教員たちの表情は渋いままだった。


 シャルのこれまで積み上げてきた信頼もあるのだろうし、反対にアローラに対する信頼は低いだろう。

 彼女は以前、ジェームズに脅されていたらしいが、命を助けようとした僕を裏切っている。

 そんな奴の言う事を鵜呑みにできる人は少ないはずだ。


「先生っ! 信じてっ、早く助けてください!」


 思ったように事態が進まない事に焦ったのか、アローラが再び泣き叫んだ。


「ノア、彼女らを拘束しているのはお前か?」

「はい」

「一度、拘束を解いてやってくれないか?」

「わかりました。ただし、アローラとヘンリー先生だけでいいですか?」

「あぁ」


 二人の男は部外者だ。

 どんな事情にしろ、拘束されておいて然るべき人たちではある事は確かだ。


 拘束が解かれた瞬間、アローラはエブリン先生の背後に回り込んだ。

 何かをする気配はない。あくまで僕らを恐れている、という演技のようだ。


 もっとも、アローラが何かをしようとしても、実際にそれが魔法という形で現れる事はないんだけどね。


「アローラの言い分はわかった。今度はノアたちの話を聞こうか」


 僕とシャル、エリアの三人で顔を見合わせる。

 僕とエリアは同時にシャルを見た。

 アローラが主犯である以上、直接対峙していた彼女から話すべきだ。


「はい」


 シャルは落ち着いた声で、事の一部始終を話し始めた。


「私とエリア、ハーバーがお風呂から上がったところで、ヘンリー先生に今日中に終わらせたい実験があるから手伝ってくれ、と声をかけられました。ハーバーは湯冷めしそうな様子だったので、私とエリアで彼の後をついて行きました。すると、ここに到着したところで魔法の攻撃の気配がありました。ヘンリー先生の指示に従って動きを止めたところで、私とエリアはそれぞれ別の結界に閉じ込められました。私の方にはアローラが待っていて、すぐに彼女との戦いが始まりました」

「嘘ですっ! ここに連れてこられたのは私で——」

「アローラ、私たちはあんたの話を黙って聞いたよね? 何か、遮らないと都合の悪い話でもあるの?」


 エリアがすっと目を細めた。


「……ふん、そうやって印象操作するつもり? さすがはテイラー家の次期当主ってところだね。ノアとシャーロットと違ってあなたは弱いけど、その分口だけは達者ってわけだ」


 アローラがエリアを挑発する。少しでも誤った証言を聞き出したいのだろう。

 人間、怒るとついつい物事を誇張してしまうものだし。


 しかしアローラが言ったように、エリアは名門テイラー家の次期当主だ。

 アローラの狙いなどすぐにわかったうで、ただ黙って肩をすくめるのみだった。


 妙にサマになっている。

 もしかして、当主教育では肩のすくめ方まで習っている……わけはないか。

 単純に、エリアの見目とスタイルの良さがなせる技だろうな。


「続けてもよろしいですか?」

「あぁ」


 エブリン先生の許可を得て、シャルが話を再開した。


 結界内にはいくつものトラップが仕掛けられていた事、一部は実際にアローラが発動させた事。

 結界は内側から強い衝撃を受けると爆発するというアローラの脅し、そして彼女がスミス家の秘宝を囮に使ってまでシャルの攻撃をその身に受けようとした事。


 シャルの後は僕とエリアも、それぞれ事情を話した。

 アローラじゃないけど、印象操作だと思われないように、僕たちは淡々と事実のみを語った。


「ふむ……どちらも筋は通っているが、決定的な証拠に欠けるな」


 エブリン先生を筆頭に、教師たちは全員難しそうな表情だ。

 ヘンリー先生や二人の男は黙秘を続けているし、僕らの話だけではどちらが悪いと決めつけるわけにはいかないんだろうな。物的証拠がないから。


「ちょっといいですか?」

「なんだ?」


 手を挙げると、全員の視線が僕に注がれた。


「僕たちとアローラの主張は結構対称性があると思うんですけど、いくつかは片方の話では出てきていて、他方では出てきていないものがあります。例えば、シャルが言った結界内のトラップや、スミス家の秘宝です」

「そうだな。アローラ、先程のお前の話では、トラップなどという話は出てきていなかったが、そういう類のものはなかったのか?」

「はい、なかったです。シャーロットが私が入念に準備していたかのように思わせるためにでっちあげたんだと思います」


 印象操作をしたいんだろうけど、そんな事を言っちゃったら逆にアローラの印象が悪くなるんじゃないかな。

 ま、僕たちにとっては都合がいいから指摘もしないけど。


「なら、もし周辺に魔法のトラップの類の痕跡や、実際にそれらが仕掛けられているのならば、それは僕らの主張が正しいという証拠になりませんか?」


 教師たちの間で「確かに……」「それならそうだな……」という声が上がった。


「じゃあ逆に、トラップ自体や痕跡が一切なければ、それは私の主張が正しいという事にもなりますよね?」


 アローラの表情は自信満々だった。


「いや、それはわからないでしょ。アローラがすでに証拠隠滅をした可能性だってあるんだから」

「そ、そんな事を言ったらあんたらが証拠を捏造ねつぞうする可能性だってあるでしょ!」

「そうだね。でもそれは、感知魔法に優れる第三者に鑑定してもらえばすぐわかる。これはスミス家とテイラー家の存続にすら関わる問題だ。優秀な魔法師の一人や二人は動いてくれるでしょ」

「……ふん、まあいいわ」


 それ以上理の通った反論が思いつかなかったのだろう。

 アローラは渋々といった様子で引き下がった。


 しかし、彼女は露見を怯えてはいなかった。

 多分彼女は、完璧に証拠隠滅できた・・・・・・・・・・と思ってるんだろうなぁ。


 ——どんまい、アローラ。

 元カノに微笑みかける。


「っ……⁉︎」


 彼女の頬が強張る中、僕は先程から発動させていたとある魔法を解除した。

 次の瞬間、


「っ⁉︎」


 その場にいた動ける者全員が後ずさった。

 それはそうだろう。が、いきなりあちこちから放たれたのだから。

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