第122話 合宿二日目⑧ 〜決着〜

「な、なんだ⁉︎」

「こ、これは一体……⁉︎」


 いきなり全方位に現れた魔力の気配に、現場は混乱した。


「皆さん、落ち着いてください!」


 僕は声を張り上げた。


「これらは全て、アローラがシャルに対抗するために用意していたトラップです」

「な、何⁉︎」

「これが全部トラップだと……⁉︎」


 教師たちがざわついた。

 アローラは目を見開いて固まっている。


「先程、彼女は証拠隠滅を図っていました。僕はそれを防ぎつつも、彼女に隠滅が成功したと思わせるために、魔法の気配を遮断する結界でトラップの気配を隠していました」


 実際には証拠隠滅のためにアローラが使った魔法をこっそり吸収していたのだが、それは言う必要はないよね。


「なるほど。さっきの魔法の気配はそういう事ね」

「そ」


 エリアが合点がいったという表情で頷いた。


「う、嘘だっ、こんなの捏造です! だってこんなの——」

「アローラさん」


 僕が捕らえて以降、ヘンリー先生が初めて声を発した。


「もう、諦めましょう。ここからの逆転劇はどう頑張っても不可能。遅くとも数日以内には、これらがあなたの仕掛けたトラップだった事が明らかになって終わりです。私も彼らも、そしてあなたもここまでです」

「う、うるさい! あんたもシャーロット側だったのね⁉︎ そうやって私を道連れにしようとしてるんでしょ⁉︎」


 ヘンリー先生はふっと寂しげに笑った。


「私は、あなたと交わした契約書を提出します」

「なっ……⁉︎ け、契約書なんてないわよ! それもね、捏造でしょう⁉︎」


 アローラは慌てて否定の言葉を並べた。

 しかしもはや、彼女が罪を隠すために足掻いているだけなのは、誰の目から見ても明らかだったみたいだ。


「大体あんたは——」

「アローラ」


 ヒステリックに叫び続けるアローラを、エブリン先生が静かな口調で遮った。

 すがるような目を向けるアローラに対して、エブリン先生は魔法の鎖を放った。


「なっ……⁉︎ え、エブリン先生⁉︎」

「アローラ。もうお前がシャーロットたちを襲おうとした事に疑いの余地はない。罪が確定するのは諸々の調査をしてからだが、一応拘束させてもらうぞ」

「そ、そんな……! 皆さん、騙されないでくださいっ、ヘンリー先生もグルで、こいつら全員で私の事を陥れようとしてるんです!」


 アローラの必死の叫びに呼応する者は、誰もいなかった。


「何で⁉︎ 何で何で何で何で……!」

「アローラ」


 僕は癇癪かんしゃくを起こす元カノの前で膝をついた。


「の、ノア! あんたは騙されてる! こんな女に利用されて悔しくないの⁉︎」

「僕の大切な彼女を『こんな女』って呼ばないでもらっていい?」


 君よりもシャルの方がよっぽど大切だ——。

 言外に込められたメッセージを、アローラは正しく受け取ってくれたみたいだ。


 彼女は目をひん剥いて叫んだ。


「なんで、なんで私よりこの女なのよ! こ、こいつなんて、あんたの強さに目をつけただけじゃない!」

「違うよ。それなら、君とジェームズの取り巻きが僕の事を一斉に糾弾きゅうだんした時、僕を助けてくれていないはずだ。それに、強さに目をつけただけなのは君でしょ。あんたみたいな雑魚が彼氏で恥ずかしいって僕の事を振っておきながら、僕が覚醒したらすり寄ってきたんだから」

「あ、あれはジェームズにそそのかされていただけ! 私は今でもあなたの事を愛してる! 私にあげられるものなら何でもあげるし、そんな実家に干されている女よりも絶対に幸せにしてあげられる!」

「そう。でも僕は人の彼女を、いや、たとえ彼女じゃなかったとしても、他人をけなす奴とは一緒にいたくないね」

「なっ……⁉︎」


 アローラが絶句した。


 僕はふぅ、と息を吐いた。

 ダメだな。思ったよりも苛立ってしまっている。冷静にならないと。


 不意に、右手に温もりを感じた。

 シャルだ。僕の手をぎゅっと握り、微笑みかけてくれる。

 それだけで潮が引くように心がスッと落ち着いていくのだから、我ながら惚れ込んでるなぁ。


「ありがと、シャル」

「いえ」


 僕に微笑みかけた後、シャルはアローラに目を向けた。

 いっそ、あわれむような視線だった。


「アローラさん」


 アローラは何も答えない。じっとシャルを睨むのみだ。


「Eランクだったからノア君を振った。共感はできませんが、あなたのその行動自体は理解できます。あなたの価値観で言えば彼よりもジェームズの方が魅力的に見えたのでしょうし……ただ、だからと言ってノア君自身を否定し、貶める必要はなかったはずです。あなたは彼のステータスや行動ではなく、人格そのものに攻撃をした。それがあなたの敗因です」

「っ……知ったような口を聞くな! 私の事情も現状も何も知らないくせに!」

「そうですね。私はあなたの事を何も知りません」


 シャルはただ、アローラの言葉を肯定した。


「っ……ちくしょう!」


 悔しげに噛みしめられたアローラの口から、罵倒ばとうとともに嗚咽おえつが漏れ出した。




◇ ◇ ◇




 アローラとヘンリー、そして協力していた二人の男は、学校が呼んだWMUダブリュー・エム・ユーの職員に引き渡された。

 警察も呼んでいたが、アローラや二人の男はハイレベルな魔法師で、しかもテイラー家とスミス家が関わっている。

 どちらの側面でも、警察よりWMUの方が身柄の拘束には適任だ。


 もっとも、WMUは身柄を預かっておくのみで、実際の調査は警察が行う。

 僕とシャル、エリア、そしてハーバーも、それぞれ別々で警察から事情聴取を受けた。

 全員、ただの事実確認のみで解放された。


 先生たちが集まるまでは何の結界も張っていなかったため、他の生徒にも僕たちとアローラの間で何らかのいざこざがあった事は広まっていた。

 特に僕がアローラの結界を解いて以降の彼女とシャルの戦いは、窓から目撃していた人も多かったみたいだけど、シャルを悪く言う人は見当たらなかったので放っておいて、アッシャーとテオ、サム、ハーバーにだけ簡単に事情を説明した。


「黙っててごめん」


 そう謝ると、サムが


「突撃しようとするテオを止めるのが大変だった」


 と返答してきた。

 そこから話題はテオいじりに移行していった。


 僕たちに気を遣わせないための茶番だという事はわかった。

 本当、いい友人に恵まれたと思う。


 こんな事件が起こった中で合宿を続けるのは無理と判断したのだろう。

 僕たちは翌日の朝一番に帰らされた。


 僕とシャルはそのまま僕の家に直行し、すでに学校から事情を聞かされていたらしい両親としっかりと話をしてから、二人で僕の部屋に移動した。

 扉を閉めた瞬間、僕はシャルを抱きしめた。






————————






 次回は久々の甘々回です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る