第119話 合宿二日目⑤ 〜苦戦〜
「の、ノアっ、どうするの⁉︎」
「落ち着いて、エリア。それこそがシャルを助ける一番の近道だ」
「っ……そうね。ごめんなさい」
ノアに冷静に諭され、エリアはすぐに自分を取り戻した。
(何で貴族の次期当主である私が
反省するのは、全てが解決してからでも遅くない。
「……エリア。この結界の強度の一番弱いところは?」
「ないよ」
エリアは首を振った。
「少なくとも、私には均一に感じられる」
「なら本当にそうなんだろうね」
「多分ね」
今のエリアの感知魔法は、これまでより一段階も二段階も上のレベルにある。
自分でも感知できない差なら、それはもはや誤差の範囲だ——。
そう言い切れるだけの自信が、今のエリアにはあった。
「状況を整理しよう。ヘンリー先生の事はおいておくよ」
「えぇ」
エリアは顎を引いた。
ヘンリーがただ巻き込まれただけの被害者であろうと、今は気にかけている時間も余裕もないし、敵であったならすでに役割は終えているだろう。
「シャルとエリアが動きを止めた瞬間、二つの別々の結界が二人を包んだ。どちらも触覚以外の五感と魔法の気配を遮断していたけど、エリアの結界は外からどうにかできたのに対して、シャルがいるであろうこの結界はそもそも干渉できない。そんなことができるとなれば、まず間違いなく諸刃の術式が組み込まれている」
「そうだね」
「諸刃の術式は、魔法師本人かその仲間に制限やリスクを課す代わりに、魔法の強度を高める。今回は十中八九、リスクのほうだろうね」
「そうね。こっちにノアがいる以上、無効に制限を食らっている余裕はない。そしてノアを封じるのなら、人質作戦がもっとも効果的になってくる」
「うん。そして、彼女たちのリスクと人質作戦。これらは同時に満たすことができる——結界内の人間がリスクを背負うように設定しておけば」
「その線でまず間違いないでしょうね」
エリアは苦々しい表情でうなずいた。
おそらくこの仮説は正しい。とするならば、下手に結界に干渉できない。
(少しでも傷つけた瞬間に爆発、なんて事も充分にありうるわよね)
お姉ちゃんを人質にとるのだ。アローラにとっては相当危険な賭けだろうが、今の彼女はどう考えても正常じゃない。
自分の命すら懸けている可能性も考える必要があるだろう。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、ノアがあっ、と声を上げた。
「どうしたの?」
「エリアっ、手を出して!」
「えっ? うん」
エリアは手を差し出した。意図は聞かない。
(この状況での指示だ。確実にお姉ちゃん救出につながる一手のはず)
そう断言できるほど、エリアはノアの事を信頼していた。
「エリア。多分、君なら今から僕がやる事の意味を理解できると思う。でも、できれば他言はしないでほしい」
「わかった」
「……即答だね」
「お姉ちゃんを助けてくれるんでしょ? だったらどんな条件でも呑むよ」
「ありがとう」
ノアが微笑み、エリアの手を掴んだ。
彼女の手は、たちまち眩い光に包まれた。
◇ ◇ ◇
「ちっ……」
アローラの攻撃が頬をかすめる。シャーロットは思わず舌打ちをした。
彼女は苦戦を強いられていた。
未だ殻は破れていないが、ケラべルスとの死闘、ルーカスとの修行を経て、その戦闘力は上昇している。
本気を出せば、アローラに勝つ事はそう難しい事ではないだろう。
しかし、内側から強い衝撃が加わると結界が爆発する可能性がある以上、全力を出す事はできなかった。
厄介なのは、アローラも全力を出していないという事実だ。
シャーロットからはまるで、彼女が結界が爆発しないギリギリの強度で戦っているように見えていた。
故に、技の強度も自然とアローラに合わせてしまっていた。
それに、結界内にはいくつもの魔法トラップの気配があった。
実際にアローラは何個かを発動させている。すべて異なる魔法だった。
結界がどれくらいの衝撃で爆発するのか、そもそも爆発するように設計されているのか、魔法のトラップにダミーは混じっているのか、次は何を仕掛けてくるのか。
不確定要素だらけの環境で、シャーロットの動きはかつてないほど鈍っていた。
「どうしたの? 結構時間経ってるよ? 妹、そろそろやばいんじゃない? この結界と同じように、あいつを包んだものも五感から魔法の気配まで、すべてを遮断している。あんたらがノアと連携する方法を構築していたとしても、あいつにこの結界を見つける術はないよ」
アローラがエリアの身の危険を示唆する。
言われなくとも妹の身を案じてはいるが、同時にシャーロットは疑問に思っていた。
(アローラさんは何がしたいのでしょう?)
現状は手詰まりだが、実力差的にシャーロットがアローラに負ける事はまずない。
アローラはあくまで足止めで、別働隊がエリアをとらえて人質にでもするつもりだろうか。
しかし、それではアローラが犯人である事はあまりにも明白。
どのみち彼女の立場がなくなるだけだ。
それに、ヘンリーのことも気になる。
彼が敵でないのだとしたらその安否が気になるし、もしも彼がアローラ側についているとしたら、その目的は何なのだろう。
攻防が長引けば長引くほど、シャーロットの中で焦りと疑念が強まっていく。
——それはやがて、明確な隙となった。
「あんた、ちょっと強くなったからって調子乗ってない? 戦闘中に考え事なんて、ずいぶん余裕じゃん」
「っ——!」
突如として、アローラから大きな魔力の気配が放たれた。
(大技っ……いつの間に⁉︎ 準備しているそぶりはなかったはずです……!)
「いつの間に準備していたんだろうって思ったでしょ——今だよ」
「なっ⁉︎ そんな事できるはずが——」
「できるんだよ。なんせ、この技はスミス家の秘宝だからね」
「っ……!」
まさか、家宝まで使ってくるとは。
シャーロットは慌てて魔法を発動させた。
元来、彼女は攻撃に秀でた魔法師だ。
今から貴族の家宝になるほどの技を防ぐとなれば、防御ではなく相殺を試みるしかなかった。
その判断は、決して間違いではなかった。
——アローラの目的が、シャーロットを倒す事であったなら。
シャーロットが魔法を放った瞬間、アローラの口元が弧を描いた。
計算通り——。
そう言いたげに満足そうに笑った彼女は、魔法を
「なっ……! ま、まさかっ⁉︎」
突如として、シャーロットはアローラの狙いを悟った。
シャーロットに
しかし、魔法はすでにシャーロットの制御下を離れ、アローラを攻撃しようとしていた。
シャーロットにできる事はなかった。
魔法がアローラに迫る。
眩い光が彼女を包んだ。
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