第112話 エリアの二人目の師匠
グレース。
あのルーカスが紹介するほどの魔法師でありながら、国際魔法連合——通称
エリアは最初、我が道を貫くタイプの、どこか世間とはズレた研究者を想像していた。
メガネをかけていて、髪もボサボサで、平気で何日もお風呂に入らず研究に没頭するような変人だと思っていた。
だから、車が小綺麗な一軒家の前に到着した時、イーサンに本当にここで合っているのか、と確認してしまった。
しかし、驚きはこれで終わりではなかった。
「どちら様? 忙しいんだが」
エリアの偏見で当たっていたのは、メガネとそっけなさだけだった。
光沢のある銀髪を背中まで伸ばしており、メガネの奥に光る切れ長の瞳からは知性を感じられる。
全体的にややきつめの印象を受ける化粧っ気のない顔立ちだが、間違いなく美人の部類だった。
スラっと伸びる長い足、きゅっとしまったウエストと羽織りものを押し上げている豊満な胸部は、まさに男性好みの体型と言えるだろう。
偏見でやば人に仕立て上げてごめんなさい、と心の中で謝罪しつつ、エリアは頭を下げた。
「初めまして。テイラー家次女のエリア・テイラーと申します。本日はルーカスさんの紹介でお訪ねさせていただきました」
「そうか。では入りたまえ」
グレースが家の扉を大きく開けた。
「えっ……よろしいのですか? お忙しいのでは」
「あんなのは挨拶のようなものだ。暇ではないが、来客の相手ができないほど忙しいわけではない。執事さんも良ければ入ってくれ」
イーサンがエリアを見る。
エリアはうなずいた。
「わかりました。それでは失礼いたします」
「私はあまり人と関わらない生活をしている。貴族の跡取りに対する礼の尽くし方など知らない。気に入らなければ帰ってくれ」
「いえ、大丈夫です。私がお願いする立場ですから」
気難しそうだが、悪い人ではなさそうだな、とエリアは思った。
「コーヒーでいいかい」
「はい、ありがとうございます」
「執事さんは?」
「私にはお構いなく」
エリアの背後に控えたまま、イーサンは首を振った。
「そうか。言葉通り受け取るぞ」
グレースは二人分のコップを用意した。
慣れた手つきでコーヒーを入れて、一つをエリアの前に置き、もう一つをすすりながらエリアの前に腰を下ろした。
「あのルーカスの紹介だ。話は聞こう。だが、この先も時間を割くかどうかは君次第だ。無駄話はいい。ズバリ、要件はなんだ?」
グレースが手を組み、そこに顎を乗せた。
メガネの奥からエリアを射抜く視線は、ただひたすらに純粋だった。
だから、エリアも真っ直ぐに要件を告げた。
「私に感知魔法を教えていただきたいのです」
「感知魔法の使い手か……だが、なぜだ? ルーカスが私を紹介するほどの魔法師だ。それなりの腕はあるのだろう」
「姉や友人に負けたくないんです。何かあった時、足手まといは嫌なんです。体を張ったり援護射撃をしたりするのは無理でも、感知魔法を極めれば、一緒に戦うことができる。それが唯一最大の理由です」
「ふむ。具体的に、感知魔法ならどんな事ができる? 可能不可能は問わない。君のアイデアを聞かせてくれ」
「はい。まずは——」
エリアは思いついていたものを片っ端から挙げた。
最初は品定めの色が強かったグレースの視線は、徐々に興味をむき出しにした研究者のそれに変わっていった。
「——ざっと、これくらいです」
「……ふむ」
グレースは、どこか満足げにうなずいた。
「どうでしょうか……?」
「大したものだよ。さすが、ルーカスのやつが紹介してくるだけの事はある。気に入った。私が持ちうる限りのものを伝授しよう、エリア」
「ありがとうございます!」
エリアは喜びを噛みしめ、何度も頭を下げた。
「ただ、あくまで私の研究に付き合ってもらう形だ。突然アイデアに没頭して放置してしまう事もあるかもしれないが、それは勘弁してくれ」
「はい、大丈夫です」
「その代わりと言ってはなんだが、エリアも思いついたものはどんどん言ってくれ。それがどんなに馬鹿馬鹿しいと思ってもだ。歴史的な偉業は、大抵最初は馬鹿にされているからな」
「はい、わかりました」
正直、エリアは自分がそんな歴史的なアイデアを出せる側の人間だとは思っていない。
彼女はどちらかといえば正統派だ。異端な発想という面では、ノアの方がよほど適任だろう。
だが、それはエリアが意見を出し惜しみする理由にはならない。
むしろ、積極的にグレースに意見をぶつける事で、きっとエリアも多くのものを得られるだろう。
(この人の元なら、自分は成長できそうだ)
時間が惜しいとばかりに準備を始めるグレースを見ながら、エリアは期待感に胸を躍らせた。
◇ ◇ ◇
「ふい〜……」
エリアは後部座席に体を預け、情けない息を漏らした。
外はすっかり暗くなっていた。
「だいぶお疲れのようですな」
イーサンがはっはっ、と笑う。
無事にグレースへの弟子入りが決定した後、彼は一度テイラー家に戻った。
そして修行が終わったタイミングで、エリアが使い魔を飛ばして迎えに来てもらったのだ。
「もちろん体も疲れてるんだけど、それ以上に頭が疲れた……何あの人、めちゃくちゃ頭の回転早いし思考回路が根本から違うから、マジでついていくだけで精一杯……アイデア出す暇なんかなかった……」
「ついていけてるだけでもすごい事だと思われますが。何せ、あのルーカス殿が紹介される方なのですから」
「まあね……その点、安心感はあるよ。この人のもとで頑張ればいいんだっていう」
「グレース殿の事がお気に召したようですな」
「そうだね……今まで交わる事のなかった人種だし、面白いよ」
グレースは自分のペースを崩されるのが嫌いだから組織には所属していない、と言っていた。
常に周囲の顔色を窺う必要のある貴族界や、貴族界ほどではないものの、やはり人間関係が複雑な学校ではほぼほぼ出会う事のない類だ。
(自由な発想という意味ではノアに近い感じだし、あの二人を会わせたら面白い事が起こりそうだな)
そんな事を考えていたから、というわけではないだろう。
「エリア様」
「ん?」
「前方をご覧ください。あちらはノア様と……その背中に背負われているのはシャーロット様ではないですか?」
「えっ……本当だっ」
車より少し先に、二つの影が重なるように動いている。
月光に照らされた水色とカラメル色は、間違いなくお姉ちゃんとノアだった。
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