第110話 エリアの可能性
合宿前最後の日曜日。
僕とシャル、そしてエリアはシャルの家に集まっていた。
「——了解。なるべくお姉ちゃんとアローラの動向は把握しておくし、ちょいちょい感知もしてみるよ。何か異変を感じたら、すぐにノアに使い魔を飛ばすから」
経緯を説明した上でアローラがシャルを襲う可能性があることを伝え、その様子見を頼むと、エリアは二つ返事で了承してくれた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
僕とシャルは同時に頭を下げた。
「タイミングはともかく、角度まで一緒なのはさすがだねぇ」
エリアが呆れたように笑った。
少し真剣な表情に戻って顎に手を当てた。
「でも、二人のバカップルぶりがここまで広がってて、そうでなくとも自分がノアに対して色々やらかしてるのに告白してくるなんて、確かに普通じゃないね」
「そうなんだよ。だから、一応エリアも気をつけておいてね。僕とシャルの共通の弱点はエリアだから、狙われる可能性もなきにしもあらずだし」
「いやぁ、さすがにそれはないと思いたいけど、そうだね。私じゃアローラには勝てないし」
エリアが苦笑いを浮かべた。
「それなら、最初からから使い魔をノア君に預けておいたらどうですか? 有事の際に飛ばすのではなく、消すようにするとか」
「えっ、そんなことできるの?」
シャルの提案を受けて、エリアに尋ねる。
「魔力は消費するけど、できるよ。さすがに一体までしかできないけど」
「十分すぎるよ。ならシャルの言う通り、僕に預けておいてくれない? そっちの方が即座に何かあったなってわかるし、もしエリアが使い魔を飛ばせないような状況になっても困るからさ」
「でも、常時ノアの周りに使い魔がいたら、さすがに先生にバレない?」
「そこは大丈夫だよ。ちゃんと隠すから。ちょっと使い魔出してみて」
「ん」
エリアが出した小鳥を、僕は魔力で包み込んだ。
「すごっ……私の魔力の気配が消えた……」
「これだけ近くにいるのに、全然わかりませんね……」
シャルとエリアが揃って息を呑んだ。
僕の魔力でエリアの魔力の気配を遮断する——。
言葉にするとそれだけなんだけど、これが意外と難しいんだよね。
「僕の方は感じ取れてるから、これでバッグの中とかに入れておけば、まずバレないよ」
「本当、器用だね」
エリアが呆れたように笑った。
◇ ◇ ◇
話が一段落した後、シャルがトイレに立った。
「ごめんね、ノア」
シャルが完全にリビングから姿を消したタイミングで、エリアが唐突に謝罪をしてきた。
「えっ、何が?」
「私、完全に足手まといになってるよね。連絡役しかできないし、もし私が狙われたら迷惑かけちゃうだろうから……だからごめん」
「何言ってるのさ。連絡役はエリアにしかできない、唯一無二の役職だよ。エリアがいてくれるから僕は安心できるし、もしいてくれなかったら冗談抜きに夜も眠れなかったと思う。足手まといどころか、むしろ感謝しかしてないって」
「……ったく」
エリアが大きなため息を吐いた。
「エリア? どうしたの?」
「いや……何でもないよ。ノアはノアだなって思っただけ。このアホ」
「えっ、何で?」
「何でもなーい」
驚く僕を見て満足したのか、エリアがようやく表情をほころばせた。
わけもわからず
「ま、ご期待に添えるように頑張るよ」
「うん、お願い。あっ、あとさ。これは僕の勝手な推測なんだけど……」
「何?」
「エリアの能力って、まだまだ伸ばせる気がするんだよね」
「……えっ?」
エリアが目を
「……私もう、覚醒は経験してるけど」
「うん。その特殊な魔法でBランクなわけだし、今のままで十分すぎる気もするけど、何となく感じるんだ。この子はまだ先があるんじゃないかって」
これは、僕一人だけの考えじゃなかった。
ちょうど昨日、
前に僕の実力を測るために模擬戦をしたロバートさんも、断られたクチらしい。
(なるほど。だから相応しくないとか言ってきたのか)
ロバートさんが妙に僕に攻撃的だったのも、よく知りもしない子供がルーカスさんに弟子入りしているのが気に入らなかったのかもしれない。
その考えを話してみると、マイケルさんは「そうだろうな」とうなずいた。
「あいつは性格はひね曲がっているが、実力はあるからな。気に食わなかったんだろう。だが、今はもう、感情はともかく理屈では納得してるだろうよ。お前さんの強さはあいつが一番わかってるはずだからな」
「はい」
「それよりも、俺が気になるのは前から弟子だっていうテイラー家の双子だ。どっちもそんなに飛び抜けてんのか?」
「そうですね……どちらも優秀ですが、飛び抜けている……というわけではないと思います」
シャルは学校でもトップクラスだし、エリアも同じ方面で並び立つ者はそう多くないだろうが、それでもあくまで先頭集団の一員だ。
頭一つ分も二つ分も抜け出しているわけじゃない。
「なら、こっからの再覚醒とかもあるかもしれねえぞ。少なくとも、ルーカスさんはそう思ってるんじゃねえか? あの人は悪い人じゃねえが、情に動かされるタイプでもねえだろ」
「なるほど、確かにそうですね……」
マイケルの意見は一理あると思った。
だから、ルーカスさんに直接聞いてみた。
二人の将来性をどう考えているのか、と。
お前はどう思う——。
彼は問い返してきた。
「シャルは殻を破れるかどうか、エリアにもまだ先がある気がします」
「その分析に自信を持っているか?」
「はい」
「そういう事だ」
ルーカスさんはわずかに頬を緩めてうなずいた。
彼も同じ考えを持っているのは明らかだった。
僕とルーカスさんの感覚が揃って外れているとは思えなかった。
だから、可能性をエリアに対して示唆した。
エリアは陽気な性格でうまく隠しているが、一卵性の双子の姉であるシャルに対して劣等感を抱えている節がある。
これまでのテストはシャルの完勝だ。
無意識か意識的かはわからないが、エリアは本気を出す事を恐れているように感じられた。
だから、いい機会だと思って発破をかけてみたのだ。
エリアが口を開きかけた時、シャルがトイレから戻ってきた。
「どうかしましたか?」
真剣な表情の僕とエリアを見比べて、シャルが怪訝そうに尋ねてきた。
「なんて事はないよ。お姉ちゃんには何色のパンツが似合うのか、ノアと議論してたんだ」
エリアの視線の先にはシャルのキャリーケースがあった。
もうすぐ開催される合宿用のものだ。
「ま、まさか中を見たのですかっ?」
シャルが信じられないといった表情で僕を見てくる。
僕は頭を下げた。
「ごめん」
「えっ——」
「見てない」
「良かった……」
シャルがホッと息を吐いた。
「そんなに安心してるって事はお姉ちゃん、ヤバいものでも入ってる感じ?」
「まさか。下着などを見られたら恥ずかしいなと思っただけです」
「えっ、まさか万が一のための勝負下着を——」
「そんなものありませんよ」
シャルがエリアにチャップをした。
珍しく優しめな威力だった。
「さ、馬鹿な事を言っていないでさっさとテストの復習をしましょう。今日は元々、そのために集まったのですから」
「はーい」
「うーい」
テキパキとテスト用紙を取り出すシャルにならって、僕とエリアも鞄をいそいそと勉強の準備をする。
シャルの言った通り、今日はテストの復習のために集まったのだ。
筆記のうち、すでに数学などの半分以上の科目は返却されている。
明日の月曜日に全ての教科の答案が手元に戻り、同時に学年順位なども公表されるのだ。
結局それ以降、エリアと彼女の能力の可能性について言葉を交わす事はなかった。
それでも、シャルと同じ色のその瞳の奥に闘志の炎が灯り始めているように、僕には見えた。
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