第109話 シャーロットの不満

 アローラからの告白を断った僕は、そのままシャルの家に向かった。

 今日はそのまま泊めてもらう予定だ。


「告白された⁉︎」


 一連の流れを余さず伝えると、シャルが目をひん剥いた。

 彼女がここまで驚きをあらわにする事はそう多くない。

 シャルのレアな表情を引き出したという点に関してだけは、アローラに感謝してもいいな。


「もちろんキッパリ断ったけどね。アローラどうこうじゃなくて、僕はシャル以外見てないから……って、ちょっと重いかな?」


 話しているうちに不安になってきた。


「良いのではないですか? お互いの熱量が同等なのでしたら。私も、ノア君以外見ていませんから」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

「先に言ったのはノア君ですよ」


 触れるだけの口付けを交わす。

 そのまま深いのもしたかったけど、まだ話は終わってない。

 もうちょっとだけ我慢しよう。


「でも、今後のことも少し考えておかないとね」

「こっ、今後?」

「うん。アローラが完全に諦めてくれたかどうかはまだわからないから」

「あ、そ、そういう事ですか。そうですよね。はい」

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」


 何だかあわあわしていたシャルは、毅然きぜんとした表情で首を振った。

 どう見ても何でもないようには思えなかったが、彼女が否定するのならわざわざ突っ込む事もない。


「ですが、ノア君にそこまではっきりと拒否されたなら、さすがに諦める以外に道はないと思うのですが」

「普通に考えたらね。でも、今までの行動を振り返ると、アローラは明らかに普通の状態じゃない」


 彼女の頭は決して悪くない。

 むしろ、話していて知的な印象すら受けていた。

 もし正常な精神状態なのであれば、このタイミングで僕に告白してくる事などありえない。


「正直、アローラが何をしてくるのか予想がつかない。最悪の場合として、襲われる可能性も考慮しておくべきだと思う。僕も、シャルもね」

「まあ確かに、彼女の立場ならそんなすぐに告白しようとなるはずがありませんし……ノア君の言う通り、用心しておいた方がよさそうですね」

「うん。知っているとは思うけど、アローラは遠距離タイプだから、人気のないところとかで少し離れたところに彼女がいたら、警戒した方がいい」

「はい、そうします」


 シャルはこくりと頷いた。

 彼女はアローラとは違い、短・中距離タイプだ。

 実力は拮抗しているか、シャルの方が上かもしれないが、距離を取られて襲われたら分が悪い。


「危険だと思ったらすぐに契り貝で知らせてよ」

「わかりました」


 僕たちはお互いのポケットから片割れの二枚貝を取り出して、見せあった。


「あっ、でも合宿中は使えないんだよね。これ」

「そうですね。魔道具は先生方に回収されると、資料には記載がありましたから」

「うーん、どうしよう……あっ、ならエリアに連絡役を頼めばいいか」


 エリアは感知魔法、そして使い魔を操る事ができる。

 アローラが何か仕掛けてきた場合、エリアなら感知してすぐに知らせてくれるだろう。


 僕は我ながら妙案だと思って提案したが、シャルは逆に表情を曇らせた。

 不満げに見えた。


「えっと……何か嫌なこと言っちゃった?」

「いえ……心配してくださるのは嬉しいですが、そこまでしていただかなくても、私一人で対処は可能だと思います」

「あっ」


 言葉が足らなかったな。まるで、シャルがアローラに勝てないみたいな言い方になっちゃってた。

 彼女の立場なら、そう言われるのは不快だろう。


「それはわかってるよ。僕もシャルがアローラに負けるとは思ってない」


 僕はシャルの頭を撫でつつ、でもさ、と続けた。


「もしアローラとの戦いになった場合、最終目標は勝利じゃない。誰も傷つく事なく終わらせる事だ。そのためには、人数は多いに越した事はない。そして何より、僕が要因でシャルに怪我一つ負わせたくない。だから万全を期したいんだよ」

「……やっぱりノア君はずるいです。そう言われてしまっては、何も反論できないじゃないですか」


 ため息を吐いた後、シャルは困ったように笑った。


「わかりました。使える手は全て使いましょう。それと、なるべく穏便に済むように努力してみます」

「ありがとう。ごめんね、一方的に押し付ける感じになっちゃって」

「いえ」


 シャルがふるふると首を横に振った。


「あくまで私を心配してくださっただけなのでしょう?」

「もちろん」

「なら、許してあげます」

「ありがと」


 シャルを抱き寄せる。

 嬉しそうに微笑んだ後、彼女は一転して不満そうに見上げてきた。


 先を尖らせたその唇に口付けを落とせば、彼女は満足そうに笑った。

 可愛いなぁ。


 先程までは、ここから徐々に深いものに移行していこうか、なんて考えていた。

 けど、今はなぜかそれよりも、無性にシャルに甘えたい気分だった。


 何度か口付けを繰り返した後、僕はシャルの脇に手を差し込んで抱え上げ、背後から抱きしめてその首筋に顔を埋めた。

 まだ風呂に入っていなかったらしく、仄かに汗の混じったシャルの香りが鼻腔をくすぐる。


 本当に、何でシャルの汗は臭くないどころか、いい匂いなんだろう。好きだから、そう錯覚しているだけなのかな。


「ふふ、今日は甘えん坊さんモードですか?」

「うん……」

「なら、いっぱい甘やかしてあげます」


 シャルが膝の上で反転した。

 向かい合う形になる。


「来ていいですよ」


 シャルが両腕を広げた。

 僕は自分の欲求に素直に従い、その胸に顔を埋めた。

 深く沈み込めるようなものではないが、やはり見た目以上に柔らかく、そしてハリがある。


「よしよしです」


 シャルが子供をあやすように頭を撫でてくる。

 恥ずかしいけど気持ちいいな、これ。


「あの、私まだお風呂に入っていないのですが……大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」


 僕は鎖骨のあたりに鼻をくっつけ、息を吸い込んだ。


「いい匂い。安心する」

「興奮はしてくれないのですか?」


 シャルが茶化すように聞いてくるため、僕は引いていた腰を突き出し、元気になりつつあるソレを彼女の太ももに押し当てた。


「っ……!」


 シャルの顔が、たちまち真っ赤に染まった。


「あれ、最近慣れたと思ってたけど」

「し、自然と当たるのと当てられるのは全く別物ですっ」

「じゃあ、今後そっちの練習もしよっか」

「や、やめてください変態っ」

「ごめんごめん。厳しいなぁ」

「そこは甘やかしませんからねっ」


 シャルがまるでお母さんのような口調で言うが、頬が赤らんだままなので、全く説得力がない。


「……今、馬鹿にしましたね?」

「し、してないしてない。それよりさ、僕も風呂入ってないんだけど、正直大丈夫?」

「露骨な話題転換に思うところはありますが……」


 先程僕がしたように、シャルが鎖骨に鼻を近づけてくる。

 躊躇いもなく息を吸い込んで、にっこりと笑った。


「全然大丈夫ですよ」

「良かった……言いづらいとは思うけど、臭かったら言ってね」

「はい。ノア君もお願いしますね」

「了解」


 敬礼をして見せた後、僕は再びシャルの胸に顔を埋めた。


 十分ほど経った頃だろうか。寝落ちしそうになり、僕は慌てて体を起こした。

 シャルが瞳を丸くする。


「どうしたのですか?」

「寝そうだった……」


 シャルが安心したように相好を崩した。


「ふふ、そんなに快適でしたか?」

「うん、最高だったよ」

「それは何よりです。またのご利用、お待ちしていますね」

「そんなこと言われたらヘヴィユーザーになるけど、大丈夫?」

「どんとこい、です」


 シャルが胸を叩いた。イタズラっぽい笑みで続けた。


「その代わり、私も利用しちゃいますから」

「それこそどんとこい、だよ。何なら、今からご利用になりますか?」

「消費者ニーズをよく理解していらっしゃいますね」


 冗談めかして笑い、シャルが胸に飛び込んできた。

 心臓に耳を寄せる。


「前から思っていましたけど、意外と早いですよね、鼓動」

「そりゃあ、こんなに可愛い彼女に抱きつかれてるんだから、早くもなるよ」

「私のせいですか?」

「そう。シャルのせいだよ」

「それは失礼しました」


 文字面とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべたシャルは、モゾモゾと体勢を整え、最終的には横向きで僕の胸にもたれかかって目を閉じた。


 五分後、その小さな口からすぅ、すぅという可愛らしい寝息が漏れ聞こえてきた。

 テストの疲れと、アローラに関する心労も溜まっていたのだろう。


「……ありがとう、シャル」


 そっとその額にキスを落とせば、彼女はんむぅ、と喉を鳴らした。

 うっすらと目を開き、僕の姿を捉えてへにゃりと笑ったかと思えば、またまぶたを下ろして胸に頬を擦り付けてくる。

 まるで猫みたいだ。


 庇護欲と性欲が同時に掻き立てられる。


「……あと九ヶ月弱か……」


 ……大丈夫かなぁ、僕。

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