第82話 WMUからの呼び出し④ —一番性格が悪いのは—

「お前ごとき、ルーカスさんの弟子には相応しくないっ! はああああ!」


 ロバートさんが、勝利を確信した様子で拳を繰り出してくる。

 僕は結界で身を守る事も、避ける事もしなかった。


 諦めたわけではない。

 その必要がなかったのだ。


 ロバートさんの拳が僕に届く直前、彼の脳天に魔法の金槌かなづちが落とされた。


「がっ……!」


 ロバートさんが地面に叩きつけられた。

 僕もそのそばに降りる。


「ま、まさか、四種類同時発動……⁉︎」

「はい。裏の裏の、そのまた裏ってやつです」


 ロバートさんは僕を舐めていたが、元々の性格は用意周到なような気がしたので、二重で罠を張っておいたのだ。


「くそっ……!」


 ロバートさんはふらつきつつも立ち上がった。

 本当なら気絶させたかったけど、仕方ないよね。

 四種類の同時発動だけでも大変なのに、彼の意識を刈り取ろうと思ったら、確実にキバとツメが生えちゃうから。


 でも、多分これでいいはずだ。

 この模擬戦のゴールは、勝敗がつく事じゃない。


「このっ……!」

「そこまでだ」


 ロバートさんが僕に殴りかかろうとしたところで、デイヴィット総監の制止の声が聞こえた。

 やっぱり。

 僕は納得感を持って矛を収めたが、ロバートさんは不満を隠そうともしなかった。


「ま、待ってください総監! 勝負はまだ——」

「ロバート。何か勘違いをしているようだが、この模擬戦は勝ち負けを決める戦いではない。ノア君の実力は確かめられた。もう十分だろう」

「で、ですがっ、私はまだ負けていません! 口だけでない事は認めますが、私の意識を刈り取れていない時点で、彼はやはり実力不足です!」


 ロバートさんが必死になって叫んだ。

 デイヴィット総監を始めとしたその場のほぼ全員の顔に、呆れが浮かんだ。


 全員でないのは、シャルが呆れではなく怒りを浮かべていたからだ。

 視線とジェスチャーでなだめると、彼女は唇を尖らせて視線を逸らした。


「今のが彼の全力だったと? もし本気でそう思っているのなら、君はあまりにも眼が悪いよ。あぁ、この場合は視力ではなく観察眼という意味だが」

「くっ……!」


 デイヴィット総監の皮肉に、ロバートさんは顔を歪めつつも押し黙った。

 反論できないストレスをぶつけるように、こちらを睨みつけてくる。


 嘲笑ちょうしょうでも浮かべてやろうかと思ったけど、やっぱりやめよう。

 同じ土俵に立つのは嫌だし、ここで彼との確執かくしつを深めてもメリットなんてないからね。


 かしこまりすぎるのも煽りになる気がして、ロバートさんに対しては普通に一礼した。

 お偉いさんが揃っている事だし、傍観者たちにも頭を下げておく。


 彼らは何やら集まって協議していた。

 僕の待遇を決めているのだろうか。


 戦っていたロバートさんは当然として、ルーカスさんやアヴァさんも参加していない。

 彼らだけ除け者にされているわけではないだろう。

 すでに意見は固まっている、という事なのかな。


 どうすればいいのかわからなかったので、とりあえずシャルの元へ向かった。

 デイヴィット総監の言葉でスカッとしたのか、ロバートの発言に対して浮かべていた不満の色は消えている。


「ノア君、お疲れ様でした。格好良かったですよ」


 屈託のない笑顔で、パチパチと拍手をしてくれた。

 健気で可愛すぎる。

 本当は抱きしめたかったけど、さすがに場をわきまえて、頭に手を乗せるだけにとどめておく。


「ありがとう。シャルの前で負けるわけにはいかないからね」

「……もう、そういう事をナチュラルに言うのがノア君の美点で欠点です」

「どっちなの?」

「どっちもです。表裏一体なので」

「はあ……」


 よくわからないが、機嫌は悪くなさそうなのでまあいっか。


「いやぁ、四重とはすごいね」


 アヴァさんが話しかけてくる。

 見た目通り、フランクな性格のようだ。


「ありがとうございます」

「おっ、ルーカスの弟子なのに素直だね。まあ、戦い方はまるで素直じゃなかったけど」


 アヴァさんがチラリとロバートさんに目を向けた。


「魔力量では、ロバートより君の方が多い。最初から三種類くらいは同時発動させつつ、持久戦という選択肢はなかったの?」

「それだと、あまり実力を見せる事にならないかと思いまして。それに、勝負が長くなればなるほど、経験の差が出るでしょうから。そこは確実に負けているので、誘ってみようかなと。彼は僕に敵意を抱いていたようですし」

「……なるほど。確かにルーカスの弟子だね。性格が悪い」

「俺は何も教えてない。こいつの性格は元々だ」

「なるほど、ルーカスは性格が悪い子がお気に入りというわけか。あぁ、ノア君もシャーロットちゃんも。この性格が悪いっていうのは、決して悪口じゃないからね? ルーカスはともかく、君たちが素直でいい子なのはなんとなくわかるから……って、ごめんじゃん。そんな睨まないで」


 アヴァさんに謝られ、彼女を睨みつけていたルーカスさんは鼻を鳴らした。

 ずいぶん親しいんだな。


「わかっています。戦闘に関するのでしたら、性格が悪いというのは褒め言葉ですから」

「そうそう。普通に性格が悪いのはロバートみたいなやつの事だから」

「……はっきり言っちゃうんですね」


 大人の世界では、こういうのってもっとオブラートに包むもんじゃないんだ。


「だって、君も試合前に何か言われていたでしょ? げんなりしてたもん」

「あっ、バレてました?」

「うん」


 首肯した後、アヴァさんはニヤリと笑った。


「ついでにその後、シャーロットちゃんと目線を合わせてから急にやる気になったのもね」

「ちょ、それは言わないでくださいっ」


 僕は慌ててアヴァさんを制止したが、遅かった。

 頬が熱を持つのがわかる。

 シャルも頬を染めていて、余計に恥ずかしい。


「うんうん、青春だねぇ〜」


 アヴァさんがニヤニヤを隠そうともせずに、生暖かい視線を向けてくる。


「……お前が一番性格悪いだろう」


 ルーカスさんがボソリと呟いた言葉に、ブンブン首を縦に振りそうになった。

 危ない危ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る