第83話 WMUからの呼び出し⑤ —特別なポストを用意してくれた—

 模擬戦が終わってからすぐにお偉いさんたちの話し合いは終了したようで、デイヴィット総監により、再び会議室に集められた。

 ロバートさんも出席している。


「まずはロバートもノア君もご苦労だった。四つの魔法の同時発動とは、なかなか稀有けうなものを見させてもらったよ」

「ありがとうございます」


 デイヴィット総監からの賛辞を、素直に受け取っておく。


「君の実力ならば、今すぐにでも国家魔法師になってほしいくらいだ。だが、年齢的にまだ正隊員にはなれない。そこで、我々は君を独立補佐官のポストを用意しようと思う」

「なっ……⁉︎」


 僕が何を言うよりも先に、ロバートさんが驚愕きょうがくの声を上げた。

 彼は不満げな、というより信じられないといった表情を浮かべるが、具体的に何かを言う事はなかった。


 周囲はほとんどがお偉いさんだろうし、その全員が総監の決定に納得している様子だ。

 一人だけ反対するのは難しいんだろうね。

 模擬戦で実質的な敗北を喫した直後であるなら、尚更。


 それにしても——、


「独立補佐官とは何でしょうか?」

「有り体に言ってしまえば、意思決定権を委ねられた助っ人という特別な階級だ。国家魔法師には、当然ながらWMUダブリュー・エム・ユーの招集には従わなければならない義務が存在するけど、特別補佐官にはそれがない。任務への参加を断る事も可能だ」


 えっ、何その自由が効きすぎるポジション。

 好待遇すぎて逆に怖いんだけど。


「もちろん、縛りもある。

まず一つ目として、任務に参加しない場合は情報も制限される。

二つ目は、任務への参加を決定した場合、他の隊員と同じように上の者の指示に従う義務が発生する。

最後の三つ目の縛りは、先日のサター星の襲撃のような星全体を脅かす有事の際には、どんな状況であれ招集には応じてもらう事になる……とまあ、こんな感じかな」

「なるほど……」


 縛りを込みにしても好待遇すぎる事には変わりない。

 縛りの一つ目、二つ目などは、なければ心配になるレベルで当たり前の事だ。

 ただ、三つ目だけ少し気がかりだな。


「特別補佐官になるメリットはそれだけではありませぬぞ」


 メガネの小男が口を挟んでくる。

 WMU副総監のベンジャミンだ。


「特殊な階級とはいえ、特別補佐官も立派なWMUの一員です。給料だって発生しますし、トレーニング施設を使う事も、学校に通っているだけでは決して戦えないような実戦経験豊富の猛者たちと手合わせをする事だってできます。機密性の高い文献の閲覧も可能になるのです。任務への参加はほとんど自由なのですから、時間に縛られる事も、嫌な仕事をする必要もない。一石二鳥どころの話ではありません。ノア君は是非とも特別補佐官になるべきです」


 おお、すごい熱量だな。めちゃくちゃ誘ってくるじゃん。

 ちょっと怖いんだけど。


 あまりの勢いに、デイヴィット総監も呆気に取られているし。

 でも、さすがは総監。すぐに落ち着きを取り戻した。


「ベンジャミン、少し落ち着け」

「しかし——」

「落ち着け」


 デイヴィット総監の目力に屈したのか、ベンジャミンは不満げな表情を浮かべつつではあるが、押し黙った。


「すまなかったな、ノア君」

「いえ」

「我々は君に特別補佐官の地位につく事を強要しない。何だったら、正式に入隊する前に遊びにくるといい。雰囲気を見ておくというのも大事だろうからな。ルーカスに頼めばいいから」

「は、はい」


 ルーカスさんに目を向けた。彼はかすかに顎を引いた。

 案内役はやってくれるようだ。


「君は未成年だし、今すぐに決めるのは難しいだろう。じっくり考えて決めてくれたまえ。ただ、ベンジャミンも言ったように、君にメリットが多いのも事実だと思う。それだけ君には期待しているという事だ。是非、前向きに検討してくれ」

「はい、ありがとうございます」

「あぁ。特別補佐官についての話はここまでだ」


 デイヴィット総監が姿勢を崩した。


「本来なら話はこれで終わりだが、先程の模擬戦について、少し尋ねてもいいかい? 答えたくなければ答えなくていいから」

「はい、大丈夫です」

「単刀直入に聞こう。殺傷性の高い魔法は使ってもいいとして、先程の君でケラベルスを倒せるかい?」


 聞かれると思った。


「ほぼ不可能だと思います」

「即答だね」


 デイヴィット総監が口元を緩めた。

 いや、他にも何人か興味深そうな表情をしている。

 ロバートさんだけは悔しげに唇を噛んでいるけど、彼に気を遣って嘘を吐くなんてできないから我慢してもらおう。


「一度でも必殺技を出されたら、先程

までの出力では回避も防御も叶いませんから。それに、必殺技を出させなかったとしても、そもそもの強度で負けていますし」


 必殺技——【魔吸光線ドレイン・レイ】抜きでも、ケラベルスは相当強かった。

 少なくとも、こちらもまたなかなかの手練れであるロバートさんですら、百回戦っても一回も勝てないほどには。


「なるほど……わかった。情報提供ありがとう」


 そのまま、僕とシャルは帰される事になった。

 結局、質問はデイヴィット総監の一つだけだった。

 その直後から、彼は何か考え込んでいる様子だった。


「このまま見学ツアーする?」


 とルーカスさん——ではなくアヴァさんが声をかけてくれたが、帰りが遅くなってしまうため遠慮した。

 あと、普通に疲れていたし、なんか一億円の入ったアタッシュケース持たされているし。




 僕の背中にシャル、シャルの背中にアタッシュケースを乗せて空を飛ぶ。

 それぞれ魔法で縛り付けているため、余程の事がない限りは四人、もとい二人と二個は運命共同体だ。


 それでも、やはり空を飛ぶのは怖いのだろう。

 シャルは僕の首にしがみついてきた。


 必然的に、彼女の体を支えようと思ったら、お尻に手を添える事になる。

 そこまでムチムチはしていないけど、骨張っているという事もなく、程よく柔らかい。


 解放感でハイになっていた、というあったのだろう。

 手触りが気持ちよくて、気づけば指でお尻を揉み込んでいた。


「ひゃっ⁉︎」

「あっ、ご、ごめん!」


 シャルが悲鳴をあげて、ようやく自分が何をしているのか自覚した。

 慌てて手を離す。


(やばっ、ついつい弄っちゃった!)


 何やってんだ、僕。謝らないと。


「その、出来心で、つい……ホントごめん」


 シャルは黙っている。

 怒らせちゃったかな。そりゃそうだよね。

 身動きも取れない時に触るなんて卑怯だ。


「……好きなんですか?」

「えっ?」


 小声すぎて聞き取れなかった。

 シャルはヤケクソな様子で言った。


「だからっ、そ、その……す、好きなんですか⁉︎ わ、私のお尻っ」

「そ、それは、まあ……はい」


 めっちゃ恥ずかしいけど、身から出たサビだ。


「なら……いいです」

「えっ……」


 ゆ、許されたの?


「べ、別に触ってほしいとか思ってはいませんからね⁉︎ ただ、その……」


 シャルが僕の首に顔を埋めて、ささやいてくる。


「ノア君が好きなら、その、す、少し触るくらいなら、いいです、よ?」

「っ……!」


 見えないけど、きっとシャルの顔は真っ赤になっている事だろう。

 僕と同じように。


「も、もちろん、いやらしい手つきで触るのはダメですからっ、そんな事をしたら口を聞いてあげませんからね!」

「わ、わかってるよ!」


 咄嗟に答えてしまったけど、彼女のお尻を触る時にいやらしくない事なんてあるのか。

 いや、僕の心はどうあれ、手つきがあまりネチネチしたものにならなければいいのか。


 とすると、多分さっきみたいに指で揉み込むのはアウトだな。

 なら手のひらで触れるくらい……いや、それはまるで痴漢だ。


(いやらしくないお尻の触り方って、なんだ⁉︎)


 家に着くまでひたすら思考を巡らせたが、答えは出なかった。




 デイヴィット総監の口ぶり的に、すぐに答えを出さなければいけないわけではなさそうだったので、特別補佐官の話を受けるかどうかは明日以降に決める事になった。

 僕自身の考えだけでなく、両親やシャルの意見も聞くつもりだ。


 ちなみに、報奨金の額を聞くと、お義母さんは卒倒しそうになっていた。

 お義父さんも驚いていたが、「でも、二人の功績を考えれば妥当なのかもしれないね」と言っていた。

 さすが警察官。肝が座っている。


 取りあえず、アタッシュケースは結界で頑丈におおい、僕の部屋に置いておく事にした。

 シャルのものも一緒だ。


 遅くなってしまったため、彼女は僕の部屋にもう一泊する事になった。

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