第73話 神様はまだ平穏を与えてくれない
話を聞くと、両親にはどうやらイーサンさんが話を回してくれていたらしい。
さすがは名門テイラー家の執事さんだ。
親子ともどもお礼を述べると、「ノア様には我が主人のシャーロット様をお助けいただきましたから。そのくらいはなんでもない事でございます」という返事が返ってきた。
シャルを大事にしてくれている事がわかって、嬉しくなった。
生死を
夜も更けていたため、両親は長居はせずに帰って行った。
明日の朝、着替えなどを持ってきてくれるそうだ。
エリアは執事さんが送っていった。
ハンナ先生の厚意で、僕とシャルは二人部屋に入れてもらえた。
「なんだか不思議ですね。二人でこうやって並んで寝るのって」
「そうだね。添い寝はした事あるけど」
「か、
などと雑談をしていると、ルーカスさんが入ってきた。
「ノア。お前に二つ、聞いておく事がある」
ルーカスさんが遮音の結界を張った。
「なんでしょう?」
「ツメとキバが出ちまうかどうかの基準は、自分でわかっているか?」
「はい。全力を出さなければ、そして我を忘れるほど感情が
「わかった。もう一つ、お前が力を封印していた事は、今後にどのように影響する?」
「そうですね……先程と被りますが、全力で戦ったり、不必要に感情が昂ってしまうのは少し怖いです」
「わかった」
ルーカスさんの事だ。
今の会話だけで過去に何があったのかは何となく察していそうだが、僕が力を封印していた理由について積極的に詮索するつもりはないみたい。
正直、ありがたいな。
何度も他人に聞かせたい話ではなかったから。
「今後、もしかしたら
「いいんですか? こんなやつが本当にサター星の刺客を倒せるのかって、違和感を持たれそうですが……」
「問題ない。自らの手の内を全部明かすやつなんていねえし、本気を出してなくても、そいつがどれほどの実力を隠し持っているかは、わかるやつにはわかるからな」
それだけ伝えると、ルーカスさんはさっさと退出した。
「シャル」
「はい」
「ルーカスさんって、相当優しいよね」
「そうですね」
シャルが嬉しそうに笑った。
場合によっては、僕はWMUにしょっぴかれている可能性だってあったと思う。
WMUからの接触が最低限で済みそうなのは、まず間違いなくルーカスさんのおかげだろうし、ああして忠告やアドバイスの類までしてくれた。
「いつか、この恩は返さないとな」
「うーん、ケラベルスを倒している時点でトントンな気もしますけど」
「あれはあくまで僕自身のためだからね。別に何か返したいんだよ。ルーカスさん、何か好きなものとかあるのかな?」
「難しいですね……何せああいう性格の方ですから、プライベートなんてほとんど見せないですし」
「だよね」
WMUに入って国家魔法師になるかは別として、魔法師として手助けをするというのが現実的な選択肢になりそうだな。
翌日の朝、両親がいろいろな荷物を届けてくれた後、エリアもお見舞いにやってきた。
「私も学校休んで二人とゴロゴロしたい〜!」とぐずるエリアを、シャルが諭していた。
「しっかりとお姉ちゃんしてるね」
と言うと、エリアが
「発育的には私がお姉ちゃんの可能性もあるけどねっ!」
とウインクをかまして、無事シャルに殴られていた。
結構手が出やすいタイプなんだよね、シャル。
僕も揶揄いすぎたら殴られそうだ。気をつけよう。
お互い、何かしらの異常が出ているわけではないので、僕とシャルはのんびりと過ごしていた。
雑談の中にもちょくちょく表に出してはいけない情報が混じるため、遮音の結界は常時張っておく。
「ここ数日が嘘みたいに、ゆったりとした時間ですね……」
「だねー……」
サター星人の襲来から始まり、シャルの【
とても四日かそこらで体験する出来事の数じゃない。
「でも、起きた事の重大さにしては、だいぶ良い終わり方ができた感じがするよ。僕の秘密を知った人は全員信頼できる人たちだし、僕もシャルも死ななかったし、半数くらいではあるけどクラスの皆との距離も縮まったし」
「そうですね。どれもこれも、ノア君のおかげです」
「そんな事ないよ。シャルも含めて皆が頑張ってくれた結果だ」
「それはもちろんそうです。エリアにも師匠にもイーサンにもハンナ先生にも、他にも様々な方の力があってこそです。ですが、今回の一番のターニングポイントは、ノア君がケラベルスを倒した事ですから」
「なら、一番の功労者は僕じゃなくてシャルになるね」
「なぜですか?」
「シャルがいなければ僕は死んでいたし、シャルの事が大好きだからこそ復活できた訳だから」
「なっ……!」
窓から差し込む光に照らされたシャルの顔が、朱に染まった。
彼女は布団を鼻元まで引っ張り上げ、ジト目を向けてくる。
「……なんだか最近、ノア君が少しチャラくなっている気がするのですけど」
「心配しないで。今まで溜め込んでた分を吐き出しているだけだから」
これでも我慢している方なのだ。
ふと目が合った時とかに「好き」とか「可愛い」と言いたくなってしまうのだから、なかなか重症だと思う。
「あ、あの……」
「ん?」
「わ、私だってノア君の事、大好きですからっ」
「っ〜!」
……照れながらそんな事を言ってくるのは反則だって。
「あっ、赤くなりました。可愛い」
シャルが笑っている。
見なくても、してやったりという表情がありありと想像できる。このやろう。
若干の悔しさは感じつつも、こういう何気ない会話ができている事。それ自体に僕は幸せを感じていた。
この後もWMUからの接触だったり、色々と面倒事は待ち受けているが、それでも一区切りはついた。
もう、偽ではなく本物の恋人なのだ。
これからは、少しでもシャルを楽しませられるように頑張ろう——。
そう意気込んでいたのだが、どうやら神様はまだ僕たちに平穏を与えてくださるつもりはないようだった。
「ノア君、シャーロットさん。お客さんよ」
そう言って顔を出したのはスカーレットさんだ。
表情は少し固かった。
「お客さん? 両親ですか?」
「いえ、ムハンマド・ブラウン様です」
誰だろう。
隣で、シャルが息を呑む気配がした。
「シャル、知っている人?」
「はい。ムハンマド・ブラウンさんはジェームズさんのお父君。つまり、ブラウン家のご当主です」
「なっ……!」
このタイミングでのブラウン家当主の来訪。
しかも、わざわざ病院にまで訪ねてくるとは、嫌な予感しかしなかった。
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