第72話 まさかの弟子入り

「お前、サター星人との混血だな?」


 やっぱりね。

 一応質問の形式を取ってはいるが、ルーカスさんは、いや、エリアもハンナ先生も執事さんも、全員がそれが確信しているようだった。

 僕がシャルにしか話していなかった秘密を——僕にサター星人の血が混じっている事を。


 まあでも、そりゃバレるよね。


「出ていましたか?」

「あぁ。シャーロットの治療をしている時、ツメとキバがくっきりとな」

「ですよね」


 ケラベルスと戦っていた時よりもはるかに本気を出していた。

 ツメとキバを抑制できるはずがないのだ。

 シャルを助ける事に夢中で、頭からすっかり抜け落ちていた。


 もっとも、もしあの時に露見するリスクに思い至っていたとしても、僕の行動は変わらなかったけどね。

 シャルの命と僕の秘密。どっちの方が大事かなんて、火を見るより明らかだから。


「師匠。それを知ってどうするつもりですか?」


 シャルが僕を背に隠すようにして、ルーカスさんの前に立った。

 シャルの師匠は、わずかに口元を緩めた。


「んな猫みたいに警戒してんじゃねえ。安心しろ。俺は何もしねえよ」

「「「……えっ?」」」


 僕とシャル、そしてエリアの声がハモった。

 ハンナ先生も意外そうにしている。

 唯一、執事さんだけが動じていなかった。


「上に報告をしたりはしないんですか?」


 知られた以上は、そうなる事も覚悟していたが。


「あぁ。お前らも知ってるように、ケラベルスを倒したのがノアって事は緘口令かんこうれいが敷かれているが、WMUダブリュー・エム・ユー以外の人間が倒したってのは噂になってる。もし万が一そいつがサターとの混血なんてバレたら、混乱するのは目に見えているからな。市民のためにも組織のためにも、広めていい事は何もねえ。お前らも、間違っても口を滑らせるんじゃねえぞ」

「当然です」


 そう頷いたシャルを筆頭に、エリア、執事さん、ハンナ先生の全員が了承の意を示した。

 無意識に、ホッと息が漏れてしまう。

 思ったよりも安堵してるな、僕。


「だが、サターの混血云々はともかく、ノアがケラベルスを倒した事についてはお偉いさん方も知ってる。近々、接触があるだろう」

「具体的に、何をしにくるのですか?」

「WMUへの加入の話だ。年齢的に正式入隊にはまだ早い。将来の約束をするだけなのか、特別なポストを用意するのかはわからないがな」

「それって、ノアはその場で決めないとダメなんですか?」


 エリアの問いに、ルーカスは首を横に振った。


「いや、ツバを付けときたいってだけで、最終的な判断はまた先になるだろうな。それに、おそらく交渉役は面識のある俺になる」

「ですが、逆に面識のない人を寄越して強引に話を推し進めようとするかもしれませんよ」


 シャルが憂いを口にした。


「ねえとは思うが、その場合は俺の名前を出せ。そうすれば、そいつも強くは出てこれねえだろう」

「それはそうですが……あっ」


 シャルが小さな声を漏らした。

 何かひらめいたようだ。


「そうだ。それならノア君も師匠に弟子入りするというのはどうでしょう?」

「はっ?」


 ルーカスさんが何言ってんだこいつ、という目でシャルを見る。


「その場で名前を出すよりも、最初から師匠の弟子だと認知させておけば、よりノア君の身の安全は保証されるはずです」

「ちょ、ちょっと待ってシャル。言っている事はわかるけど、それはさすがに迷惑だよ」

「いや、そうでもないんじゃない?」


 エリアが会話に加わってきた。


「だって師匠って言っても、毎週決まった時間に稽古をつけてもらうわけじゃなくて、あくまで身元保証人みたいなもんだしさ。それに師匠からしても、ノアっていう不確定要素が他の誰かの思惑で動くより、自分の監視下にあった方がいいんじゃないですか?」


 なるほど。エリアの言う事も一理ある。

 ルーカスさんがそれでいいと言うのなら、僕にとってはありがたい限りだが。


「師匠。どうでしょうか?」

「……好きにしろ」


 シャルの問いに、ルーカスさんはぶっきらぼうに答えた。

 無愛想なだけで、迷惑そうには見えなかった。


「やったぁ!」


 シャルとエリアがハイタッチを交わす。


「じゃ、ノアは私たちの弟弟子だねっ」


 エリアがビシッと指を突きつけてくる。


「う、うん。そういう事になるかな?」

「よしっ。弟よ、飲み物買ってこい」

「病人をこき使おうとしないでください。エリアが一番元気でしょうに」

「えへへ、まあね」


 エリアがチロっと舌を出した。


「元気といえばさ、二人は体調に変化はない?」


 僕は聞きそびれていた事を尋ねた。

 いくら元々魔力の波長が酷似している一卵性の双子だとはいえ、【同調どうちょう】はノーリスクではない。

 実際、波長のすり合わせに失敗してどちらも魔法が使えなくなった者たちだっているのだ。


「全然問題ないよ。ちゃんとハンナ先生にも見てもらったし、魔法も今まで通り使えるから」

「そっか……良かった。改めて本当にありがとね、二人とも」


 僕は深く頭を下げた。


「私はノア君に命を救っていただいたのですから、当然です」

「私だって、お姉ちゃんの事を救ってもらったんだから当然だし、それにノアの事は好ましく思ってあげているからね」


 エリアがえへんと胸を張った。

 空気が重くなりすぎないように適度にふざけるの上手いんだよね、この人。

 ありがたく乗っからせてもらおっと。


「思ってあげてるって、何で上から目線なのさ」

「だってそりゃ、私の方がちょっと産まれたの早いし、姉弟子だし?」

「弟子に関してはさっきなったばかりじゃん」

「細かい事は気にするな、弟よ」


 エリアがぽんぽんと肩を叩いてくる。


「せめて弟子はつけてよ。僕、二人の弟になったつもりはないんだけど」

「えー、いいじゃん。ノアみたいな弟欲しかったし。ねえ

っ、お姉ちゃん?」

「えっ? えーっと……」


 いきなり話題を振られ、シャルが返答にきゅうした。


「あれ、意外にご所望でない? ……あぁ、そっか」


 エリアが何やら納得したように頷きながら、シャルの肩に腕を回した。


「なるほどなるほど。そういう事ですか、お姉ちゃん」

「な、何がですか?」


 なぜか動揺を見せるシャルに対して、エリアはニマニマ笑いながら言った。


「ノアが弟だったら、結婚できないもんね」

「っ〜!」


 シャルの頬が、一瞬にしてバラ色に染まった。

 金魚のように口をぱくぱくさせた後、堪えきれなくなったように布団に倒れ込んでくる。

 その様子は、エリアの言葉が図星である事を証明していた。


 くぅ、なんて可愛いんだ……!

 僕は叫びたくなる衝動を必死に堪えた。


「ノア、大丈夫? 発作起こしてない?」


 エリアが笑いながら尋ねてくる。


「エリア、尊いってこういう事なんだね……」

「噛みしめてるなぁ」


 おかしそうに笑った後、エリアはふと真面目な顔つきになった。


「あっ、でもさ、もしお姉ちゃんとノアが結婚したら、ノアは弟じゃなくて兄になるんだよね。なんか悔しいなぁ」

「あれ、もしかして僕、下に見られてる?」

「まさかまさか」


 エリアが大袈裟に手を振った。

 それから芝居がかった所作で胸に手を当てる。


「尊敬し、お慕いしていますよ、お兄様」

「お兄様はやだなぁ」

「じゃ、お兄ちゃん?」

「うん、普通にノアがいい」


 可愛い女の子からお兄ちゃん呼びされるのは男のロマンだし、僕も例外ではないけど、親しい友人となると話は別みたいだ。


「わがままな兄だなぁ」

「じゃあ、わがままついでに飲み物買ってきてよ、妹」

「仕方ないな」

「えっ、いいの?」


 あっさり承諾されるとは思わなかった。


「うん。私も飲みたかったしね」

「そっか。じゃあごめん。甘いのお願い」

「はいよー。お姉ちゃんも何かいる?」

「お茶系でお願いします……」

「はいはい」


 布団に伏せたまま返事をするシャルに苦笑してから、エリアは部屋を出ていった。


「シャル、大丈夫?」

「大丈夫じゃありません……」


 そう言いつつ、シャルが少しだけ顔を上げた。

 不満げな表情を浮かべつつ、もものあたりをポスポス殴ってくる。

 殴ると言っても拳を当てる程度で、痛みは全くないが。


「どうしたの?」

「……私だけ照れるのは不公平です」


 どうやら、僕が余裕そうだったのがご不満らしい。

 思わず可愛がりたくなるが、そうすると拗ねてしまう事は経験でわかっている。

 なら——、


「シャル。僕の顔を見てて」

「えっ? ……はい」


 困惑しつつも視線を向けてくるのを確認してから、僕は目を閉じた。

 シャルとの将来生活を真剣に想像してみる。


 朝、目が覚めたらおはようのキスはしたいな。

 シャルの料理の腕も上達しているし、朝食は交代で作ってもいい。

 まったりと二人で朝食を食べて、行ってきますのキスをして。

 帰ってきたらシャルの作ってくれた夕食を食べて、その後は二人でまったりと過ごして、それで——、


「……何をニヤけているのです?」


 若干引き気味のシャルの声に、僕は目を開けた。

 自分の顔を指差す。


「これが、シャルとの将来を真剣に想像してみた時の僕の顔」

「……えっ?」

「なかなか気味悪かったでしょ」

「いえ、そんな事は……やっぱりちょっと気持ち悪かったです」

「キッパリ言われると傷つくけど……でも、そういう事だよ。僕は照れるというより嬉しさとかが先にきちゃうだけ。ベクトルがシャルと少し違うだけで、想いの強さは負けてないよ。いや、むしろ僕のボロ勝ちだと思う」

「……ありがとうございます。それを聞いて、安心しました」

「良かった」


 気持ち悪がられた甲斐はあったみたいだ。


「でも、想いの強さは私だって負けてませんから」

「いや、僕の勝ちだね」

「いえ、私の圧勝です」


 僕とシャルの間で、火花がばちばちと散る。


「喧嘩してんの?」


 エリアがどこかワクワクしたような表情を浮かべながら入ってきた。


「していません。何で少し嬉しそうなのですか?」

「いやぁ、二人が喧嘩してるのってみた事ないからさ。ちょっと面白そうじゃん」

「面白くないよ」

「面白くありません」

「ふむ。これだけ息ぴったりだと喧嘩は怒らなそうだね〜」


 エリアの揶揄いに僕とシャルが顔を赤くしているところに、女性看護師が顔を覗かせた。

 シャルを連れてきた時にお世話になった、スカーレットさんだ。


「ノア君、いる?」

「あっ、はい」

「ご両親が見えているわよ」

「えっ?」


 スカーレットさんの手招きで入ってきたのは、義母のカミラさんと義父のマーベリックさんだった。


「「ノア!」


 僕の姿を認めると、二人は駆け寄ってきた。


「ノア、良かった……!」

「連絡をもらった時は焦ったよ。元気そうで良かった」


 お義母さんが僕を抱きしめ、お義父さんがお義母さんごと包み込んでくれた。


「お義母さん、お義父さんっ……」


 お義母さんは号泣しており、お義父さんも目に涙を浮かべていた。

 心配してくれていたんだ。

 やばい。僕も目の奥が熱くなってきた。


 結局、両親の涙を前に堪え切る事はできず、僕も少しだけ泣いてしまった。

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