第70話 双子の覚悟

「ノア⁉︎」

「ノア君⁉︎」

「ノア、しっかりして! 死んじゃいや! 犠牲になるつもりはないって、言ったじゃん……!」


 ……誰だろう。泣き叫んでいる。

 シャーロットは薄目を開けた。

 視界一面に白が映った。


 頭と体の下に柔らかい感触。

 ベッドに寝ているのか。

 という事は、この白は天井の色だろう。

 どうやら病院のようだ。


 そういえば、風呂から上がって少しのぼせたかと思っていたら、いきなり体調が悪くなって、吐血して——


「ノア! ねえ、しっかりしてよっ、ノア!」


 再び涙交じりの叫び声が聞こえた時、シャーロットは起き上がって叫んでいた。


「——ノア君がどうしたんですか⁉︎」


 エリア、ルーカス、イーサン、ハンナがいた。

 そしてエリアの腕の中には、ぐったりとしたまま動かないノアの姿。


「ノア君⁉︎」

「落ち着いて、シャーロットさんっ」


 ベッドから降りようとするシャーロットを、ハンナが素早い反応で止めた。


「焦るのはわかるわ。でもまず、服を着て」

「えっ? ——あっ」


 そこで初めて、シャーロットは自分が上半身裸である事に気づいた。


「安心しろ。俺とイーサンは見てねえ」

「ご安心ください」


 ルーカスとイーサンの言葉に、安堵と羞恥を同時に覚える。

 しかし、そんなものはすぐにどうでも良くなった。


「シャーロット。自分がどうなっていたか、覚えているか?」

「覚えています。それよりノア君はっ、ノア君はどうし——あっ」


 シャーロットは言葉を止めた。

 彼女は気づいてしまったのだ。

 あれほど具合が悪かった、死すらも頭をよぎった自分が回復しているこの状況でノアが倒れている、その意味を。


「ま、まさか、私を助けて……⁉︎」


 ルーカスは表情をゆがめつつも、はっきりと頷いた。


「そんなっ……嘘、ノア君! しっかりしてください!」

「ノア、お姉ちゃん起きたよ! 早く顔、見てあげなよ!」


 シャーロットとエリアがいくら声をかけても、ノアは何の反応も示さなかった。


「二人とも、ノア君をこっちに!」


 ハンナの指示で、ノアをベッドに寝かせる。

 検査を開始したハンナは、すぐに目を見開いた。


「これはっ……!」

「ノア君はどんな状態なのですか⁉︎」

「脳に深刻なダメージを負っています! それも、最上級治癒魔法でも治せないほどの……!」

「なっ……!」


 目の前が暗くなった。

 最上級治癒魔法で治せないのであれば、もう手立てはない。


「ノア君が……死ぬ……?」


 嫌だ、そんなの嫌だ。


「私を助けて死ぬなんて勝手な真似、許しませんからっ! 起きてください、ノア君!」

「落ち着け、シャーロット」


 ルーカスが肩を掴んでゆすってくる。


「落ち着いていられるわけがないでしょう! ノア君がっ……ノア君が死んじゃうんですよ⁉︎」

「だからだ。ノアを助けたいなら、まずはお前が冷静になれ。あいつはまだ死んでねえ」

「っ……!」


 そうだ。ノアはまだ生きているのだ。


「……すみません。師匠」

「いや、むしろよく落ち着いた。ノアは、お前が生きている限りは諦めないと言った。お前も諦めるな」

「……はいっ」


 喚いている場合ではない。考えろ、何かあるはずだ。


「……【同調どうちょう】なら、可能性はあるのではないですか?」


 イーサンがポツリと言った。

 一瞬だけ、時間が停止した。


「……そうか。合わせ技なら、最上級治癒魔法を超えられる。ノアの治療も可能になるかもしれねえな」


【同調】は、二人以上の合わせ技の総称だ。

 単純に効果が人数分倍になるというほど簡単な話ではないが、先程のハンナの「最上級魔法でも治せない」というのは、あくまで術者を一人と限定した話。

 ルーカスの言う通り、【同調】ならノアを治療するほどの治癒魔法を発動できるかもしれない。

 しかし——、


「誰と誰がやるのです?」


 ハンナが眉を顰めた。

 そう。【同調】はどの組み合わせであってもいいわけではない。


 二人の魔力の波長をピッタリ合わせる必要があるため、そもそもほとんど【同調】を発動できるペアなどいないのだ。

 それに、もしすり合わせに失敗した場合、どちらか、または両方が魔法を使えなくなるというリスクもある、まさに諸刃の剣。

 だからこそ、誰も咄嗟に思いつかなかった。


「誰と誰? そんなの——」


 ルーカスがニヤリと笑い、


「——こいつらしかいねえだろ」


 シャーロットとエリアの頭に手を置いた。


「えっ? あっ、そ、そうか! 双子!」


 ハンナが膝を叩いた。


「そう。しかもこいつらは一卵性。魔力の波長は元から酷似しているから、短時間で合わせる事も不可能ではない……そういう事だろ? イーサン」

「えぇ。加えて、得意魔法の全く異なるお二人ですが、治癒魔法のみはどちらもお得意です」


 なるほど。理に適っている。

 しかし、シャーロットはそんな大役を任される事になるとは思っていなかった。

 思わず、エリアと顔を見合わせてしまう。


「どうする? この場で可能性があるとしたらお前らの【同調】しかねえ」

「「やります!」」


 シャーロットとエリアは、異口同音で答えた。


「早速息ピッタリじゃねえか。でもいいのか? 今後、魔法が使えなくなる恐れだってあるぞ」

「ノア君を助けられるなら、そんなのノーリスクに等しいです」

「というよりノーリスクです」


 シャーロットとエリアは目を見合わせ、同時に笑った。


「わかった。覚悟ができているなら、早速始めろ」

「はい。ですがあの、師匠——」

「あぁ、俺らは後ろを向いておく」

「ありがとうございます」


 シャーロットとエリアは自らの服に手をかけた。

 他人の魔法構造や魔力の波長は、直に触れ合うほど感じやすくなる。

 特に、全身を流れる魔力に関しては、接している部分が多ければ多いほど感じ取りやすいのだ。


「久しぶりにお姉ちゃんのおっぱい見たけど、全然成長していないね」

「うるさいです。そういうエリアはおっぱいしか成長していないのではないですか?」

「お尻も成長してるもーん」


 緊張をほぐすために軽口を叩きながら脱衣を完了させると、シャーロットとエリアは裸のまま抱き合った。


「私が合わせます」

「うん、お願い」


 魔力の波長を合わせる時は、ランクの高い方が合わせにいくのがセオリーだ。

 シャーロットは圧迫してくる妹の胸の感触……ではなく、その体内を流れる魔力の波長に意識を向けた。


 徐々に、徐々に自分の魔力を変質させていく。

 焦るな。細かい調整をしなければ、【同調】は発動できない。

 一刻も早くノアを助けるためには、ここは時間をかけてでも慎重にやる必要がある。


 ルーカスの言う通り、シャーロットとエリアの魔力は酷似していたため、初めての調整はすぐに終わった。

 ここから、二人同時に最上級治癒魔法を発動させる。

 質だけではなく量も、全く同じ魔力で発動させなければ失敗する。


「今度は私が合わせるよ」

「わかりました」


 すでに魔力の質——波長はシャーロットが調整していたため、量を調整するのはエリアの役目だ。

 シャーロットは、魔法に込める魔力を一定に保つ事のみに集中した。


「……できたよ、お姉ちゃん」

「ありがとうございます。いきますよ、エリア。二人でノア君を助けましょう」

「うん! 三、二、一——」

「「【同調】!」」


 抱き合ったまま、シャーロットは左手を、エリアは右手をノアに向かって突き出した。

 眩い光がノアを包み込んだ。


 光が収まると、すかさずハンナがノアの検査をした。

 厳しかったその表情は、徐々に緩んでいった。


「——成功よ! ノア君、回復してる!」

「っ……」


 良かった、本当に良かった……!

 シャーロットは感極まってしまい、その場に立ち尽くした。

 エリアがぎゅうぎゅう抱きしめてくる。


「やった! お姉ちゃん、やったよっ!」

「はいっ……はいっ……!」


 シャーロットは妹の肩に顔を埋め、まるで赤子のように泣きじゃくった。


「泣き虫だなぁ、お姉ちゃんは」


 そうシャーロットの頭を撫でるエリアの声も、震えていた。


「ちょ、二人とも! 嬉しいのはわかるけど、服! 服着て!」


 ハンナの必死の忠告に、抱き合って泣いていたシャーロットとエリアは我に返った。

【同調】を発動させるために自分たちが全裸だった事を思い出し、慌てて服を着る。


 お互いに着衣を終えたところで、エリアがシャーロットにささやいた。


「お姉ちゃん。もしかして、ノアとそういう事する時のためにアソコ剃っているの?」

「なっ……!」


 シャーロットは真っ赤になり、エリアの頭に拳骨を落とした。


「いっ……!」


 ハンナの承認を得て振り返ったルーカスとイーサンの目に最初に飛び込んできたのは、声にならない悲鳴を漏らしながら頭を押さえてうずくまるエリアの姿だった。


「どうせ、シャーロットに余計な事でも言ったんだろう」

「でしょうな」


 二人の解釈は完全に一致していた。


 拳を振り下ろした姿勢のまま、シャーロットは小さくつぶやいた。


「……まだ、生えてないんです」

「……ほう? これはやっぱり、発育的に私の方がお姉ちゃ——」

「うるさいです」


 エリアの薄っすらと生え揃ったその部分を思い出しながら、シャーロットは再び妹の頭に拳を落とした。


「シャーロット。何を言われたのかは知らねえが、それくらいにしておけよ。今度はエリアの治療をしなきゃいけなくなるぞ」

「頭の治療なら今すぐにした方がいいかもしれませんね」

「諦めろ。エリアの頭は、たとえ治癒魔法が最も得意な二人が【同調】に成功しようとも治療不可能だ」

「ちょっ、師匠⁉︎ それどういう意味ですか⁉︎」


 涙目になって憤慨ふんがいするエリアを見て、シャーロットはクスクスと笑った。

 ノアに近づき、その頭を撫でる。

 規則正しい呼吸音が聞こえた。


 ——早く起きて、いつもみたいに優しい声で私の名前を呼んでくださいね、ノア君。

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