第59話 ジェームズの誤算

「お、俺は……ジェームズ君がダーナスに向かってノア君を投げつけたのを目撃しています!」

「なっ……!」


 アッシャーの暴露に、教室中が騒然となった。

 僕も、口をあんぐりと開けて固まってしまった。

 まさか、援護射撃をしてくれる人が現れるなんて、想像もしていなかった。


「おい、アッシャー。お前、どういうつもりだ? ノアに弱みでも握られているのか? なら、俺に相談してくれれば——」

「い、印象操作はやめてくれるかな、ジェームズ君」

「何……⁉︎」


 ジェームズが殺意のこもった目で、アッシャーを睨みつける。

 アッシャーの顔に恐怖が浮かぶが、彼は決して引かなかった。


「そ、そうやって威圧して、これ以上俺に喋られたら都合が悪いのかい?」

「……はっ、そういうてめえこそ印象操作か?」

「俺は感じた事をそのまま喋っているだけだよ。言いたい事はまだ終わってない。君は嘘を吐いていないんでしょ? だったら、こっちの話が終わるまで堂々と静観していればいいじゃないか」

「……ふん。好きにしろ」


 上手いな。

 ジェームズは矢継ぎ早に喋って自分の流れに持っていきたかったのだろうが、それを逆手にとって、アッシャーはジェームズから邪魔されにくい空気感を作り出した。


 でも、どうするつもりだろう。

 ジェームズが僕を囮にしたという物的証拠はない。

 だからこそ、僕もアローラを信じざるを得なかったのだ。


「確かに、ジェームズ君がノア君を囮にしたという直接的な証拠はありません。ですが、目撃者が何人もいたならば、話は変わってくるはずです——そうでしょ? 皆」


 アッシャーが、ぐるりと教室を見回した。

 彼は、当事者ではない他の生徒たちに訴えかけようとしているのだ。


「ジェームズ君が怖いのか脅されたのか知らないけど、皆は本当にこのまま黙ってていいの? 俺たちが自分が逃げ切る事しか考えていなかったあの時、ノア君だけがアローラさんに声をかけていた。逃げろって、魔法を撃てって。皆がその声を聞いていたはずだし、思わぬ大声に振り返った人も大勢いたよね。そして、その人たちは皆、目撃していたはずだ。ジェームズ君がノア君の胸ぐらを掴んで、ダーナスに向かって投げつけたところをね」


 キィ、といくつかの椅子が音を鳴らした。


「ブラウン家は強大だ。俺たちみたいな一庶民が逆らったら、家族にまで迷惑がかかるかもしれない。その怖さはよくわかるし、実際、俺だってジェームズ君が間違っていると思っても、意見できずに見て見ぬ振りをしてきた事だっていっぱいあったよ」


 僕や他の低ランク魔法師に対するいじめの事だろう。

 でも、とアッシャーは力強く続けた。


「さすがに今回はだめでしょ。最悪、ジェームズ君のせいで、ノア君やシャーロットさんは死んでいたんだよ? ノア君が言っていたように、彼がやったのは殺人と同義だ。これを見逃すという事は、もはや殺人に加担しているのと同じだよ。俺は、そんな落ちぶれたくはないから声を上げた。皆はどうする?」

「アッシャー……」


 目尻が熱くなる。

 それくらい、気持ちのこもった言葉だった。


 しかし、皆はうつむくばかりで、アッシャーに続こうとする者は現れなかった。

 そりゃそうだよね。

 アッシャーが優しすぎるだけだ。


 彼が言ったように、下手に正義感を振りかざせば、本人だけでなく家族にまで被害が及ぶ。

 そんな状況下で大して親しくもない僕の援護をしてくれる人なんて、お人好しが過ぎるアッシャー以外にいるはずが——、


「わ、わ、私もっ、あ、あのっ、見ていました!」


 上擦うわずった声で、何度もどもりながら、それでもその生徒は最後まで言い切った。

 ハーバーだった。

 かつてレヴィが僕を校舎裏に呼び出した時に、シャルを足止めするために利用された、大人しい女子生徒だ。


 その場にいる誰もが、彼女が発言するとは思っていなかったのだろう。

 一瞬、時が止まった。

 僕も、意外すぎて言葉を失ってしまった。


 真っ先に反応したのは当事者である僕でもシャルでもジェームズでもアローラでもなく、アッシャーでも担任でもWMUの職員でもなかった。


「お、俺も見てた!」

「私も!」

「俺も見たぞ!」


 クラスのあちこちから、ハーバーに同意する——つまり、僕の意見を肯定する声が上がった。


「皆……!」


 再び目尻が熱くなった。


「ふ、ふん、ノアとアッシャーでクラス全員を丸め込んだのか? うまくやったものだな!」


 ジェームズが口の端を釣り上げてみせるが、その表情は明らかに引きっていた。

 声も震え、話すスピードはこれまでよりも明らかに速くなっていた。

 焦っている証拠だ。


 自身に疑いの目が向けられる中、ジェームズは続けてまくし立てた。


「だ、第一っ、確実に一部始終を目撃していたアローラが否定しているんだっ! 他の意見を信じる理由なんて——」

「あるだろ、ジェームズ」


 そう言って顔の前で一枚の紙を掲げたのは、アッシャーやレヴィ、イザベラなどと同じBランクで、家柄も良いサミュエルだった。


「そ、それは何だ?」


 混乱した様子の担任に向かって、サミュエルは紙を見せびらかしながら告げた。


「今回のこの一件、ジェームズとアローラに口裏を合わせる代わりに報酬を受け取るという、ジェームズとの契約書です」

「何だって……⁉︎」

「契約書、だと⁉︎」


 本日何度目だろうか。教室がざわめきに包まれるのは。


「言い逃れはできないぜ、ジェームズ。俺たちは魔法で契約を交わしているからな。他にも、契約を交わした奴はいるんじゃないか? 特に、貴族のやつ」

「あ、あぁ。俺も契約した!」

「私もある!」

「わ、私も!」


 サミュエルの声に反応したのは三人、いずれも貴族の出身だ。

 おそらくその契約書は、報酬を踏み倒されないための保険。

 ある程度の家の力があるため、ジェームズも拒否しきれなかったのだろう。


「確認してみてください」


 サミュエルを含めた四人が、契約書を担任とWMUの職員に提出した。


「確かに、この契約書は本物だ……!」


 WMUの職員が、驚愕きょうがくを声に乗せていった。

 担任が契約書の内容に目を通す。


「先生。それは、僕の主張が正しかったという物的証拠になりますか?」


 僕の問いかけに、担任は今一度、契約書に視線を落とし——,

 ゆっくりと頷いた。


 僕はホッと息を吐いた。


「ふ……ふざけるなっ、貴様らぁ!」


 ジェームズが顔を真っ赤にして、感情に任せて魔法を発動しようとした。

 予想通りだ。

 僕はあらかじめ準備していた結界を、ジェームズを囲うように発動させた。


 ジェームズから放たれた魔法は、全て僕の結界の内側に当たって消滅した。

 ケラベルスの攻撃に比べれば、ジェームズなど恐るるに足らない。


「無理だよ、ジェームズ。君の魔法じゃ、僕の結界は破れない」

「ノア、て、てめえ! ふざけんな! クソがっ、クソがぁ!」


 ジェームズが狂乱状態でひたすら魔法を放ちまくるが、それらは僕の結界を破るどころか、ヒビを入れる事すらできなかった。

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