第60話 クラスメートの謝罪

 ジェームズとアローラは、WMUの職員に連行されていった。

 担任が他に言いたい事のある者がいないか確認してから、その場を締めた。


 レヴィやイザベラなど、ジェームズやアローラの取り巻きはそそくさと教室を出て行ったが、半数ほどの生徒はすぐに帰ろうとはしなかった。


 なんだか視線を集めている気がするけど、まあいいや。

 先程まで話題の中心だったし、そうでなくとも僕がケラベルスを倒した噂は広まっている。

 物珍しいのだろう。


「っはぁ〜……」


 僕は机に突っ伏した。

 最終的に望んだ結果にはなったけど、本当に疲れた。主に精神的に。


「お疲れ様です、ノア君」

「ありがとう……」


 無性にシャルに甘えたくなるが、時と場合を考えて自重する。


「ノア君」


 アッシャーが近づいてきた。

 おお、勝利の立役者よ。


 僕がこうして安堵の息を吐けているのも、彼のおかげだ。

 決定打はサミュエルたちの契約書で、ハーバーやその他の声を上げてくれた人たちにも感謝しているが、彼らが動いてくれたのも、アッシャーの熱弁があってこそのものだった。


 だから、僕は彼に感謝の言葉を述べようとしたのだが、


「ノア君、シャーロットさん。本当にごめん」


 それより先に、アッシャーは腰を深く折り曲げた。

 その声は震えていた。


「……えっ、ちょ、アッシャー? どうしたのさ? 急に」


 彼に謝られるような事は何もなかったはずだが。

 アッシャーが顔を上げる。


「っ……!」


 僕は息を呑んだ。

 彼の瞳には、光るものがあった。


「さっきも言ったけど、俺はノア君がジェームズ君のせいで重傷を負った事、シャーロットさんがそれを助けようとしている事を認識していたんだっ。それなのに、我が身可愛さで、二人を見捨てて逃げ出したっ……本当にごめん……!」


 再び頭を下げるアッシャーの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちて、教室の床にシミを作った。

 マジか。相変わらず性格がいいな。

 確かに、エブリン先生を背負って教室を出て行く時も、泣きそうな顔してたもんね。


 僕は感嘆すると同時に、死ななくて良かった、とも思った。

 僕やシャルが死んでいたら、アッシャーは相当大きな心の傷を負う事になっていただろう。


「顔を上げてよ、アッシャー」


 震える彼の背中に手を置く。

 ゆっくりと持ち上げられたその顔は、いつもの優しげなイケメンは何処へやら、涙でくしゃくしゃになっていた。

 僕はクスッと笑ってしまった。


「僕は別に、アッシャーの事を恨んでないよ。状況的に、あそこで逃げ出すのは正しい判断だった。それに、君は我が身可愛さで逃げ出したわけじゃないでしょ。ちゃんと、魔力の切れたエブリン先生を助けてたじゃん」

「あれは、たまたま近くにいたからで——」

「それでもすごい事だよ。だって、君以外は先生を助けていないんだから」


 いくつもの、唾を呑み込む気配。

 アッシャーを慰めようとしていただけで、別に独りでに逃げ出した人たちを責めるつもりはなかったんだけどな。


 まあ、僕たちや先生を見捨てたその行動は、決して褒められたものではないからいいか。

 彼らよりも、アッシャーの方がよほど僕にとっては大事な存在だ。


「アッシャーは、自分のできる事を最大限やったよ。罪悪感を覚えるどころか、誇っていいと思う。ね? シャル」

「まあ……そうですね。あの場は一刻も早く逃げ出して然るべきでしたし、その中で先生を助けたアッシャーさんの判断は、素晴らしいものだったと思います」


 そう言いつつも、シャルの表情は不満げだった。

 仕方ないとはわかっていても、心情的に僕の事を見捨てた連中が許せないのだろう。

 昨日、そのような事を言っていた。


 いじらしくなり、僕はその頭をポンポンと優しく叩いた。

 シャルがジト目で見上げてくる。


「……頭を撫でておけば機嫌を取れると思わないでください」

「取れないの?」

「……今は、我慢してあげます」


 シャルがふいっと視線を逸らした。


「ノア」

「シャーロットさん」


 クラスメートが集まってきて、


「ごめんなさい」

「悪かった」

「マジでごめん」


 口々に謝罪の言葉を述べた。


 ……うーん、困ったな。

 僕も逆の立場なら同じようにするんだろうけど、一気に謝られると対応に困ってしまう。


「別にいいよ。シャルが言ったように、あの場は一刻も早く逃げ出して然るべきだったし——」

「その事だけじゃない」


 サミュエルが僕の言葉を遮った。


「もちろん今回の件もそうだが……これまでに関しても、謝らせてくれないか」

「これまで?」

「俺らは、ジェームズやアローラの取り巻きがノアたちに攻撃するのを見逃していた。お前とアローラが別れた日だって、何も声を上げなかった。自分や周りに矛先を向けられるのを恐れていたからだ。いじめを止めないのは、もはやいじめに加担しているのと同じだ。本当にすまなかった」

「俺も、マジで悪かった」

「本当にごめんなさい」


 サミュエルに続き、他の生徒も次々と頭を下げた。

 彼らは僕ら低ランク魔法師へのいじめには、直接的には加担していなかった。

 ずっと、心に引っ掛かってはいたのだろう。


 きっかけありきだとは言え、自分の非を素直に認められるのはすごい事だと思う。

 が、本当にいじめを黙認していた事を後悔しているのならば、僕に謝るだけじゃ足りない。


「謝罪を受け入れるよ。でも、もし本当に悪いと思っているのなら——」

「わかってる」


 サミュエルが、僕ではなく周囲に向かって頭を下げた。


「他のD、Eランクの奴らも悪かった。俺らが力を合わせればきっと事態を改善できたはずなのに、保身に逃げた。本当に申し訳ない」

「皆もごめん」

「見て見ぬ振りして、本当にすまなかった」


 今度はいじめを受けてなかった者たちが、一斉に頭を下げた。


「い、いいよ別に」

「ジェームズ君たちが相手じゃ、仕方のない事だとも思うしっ」


 突然謝罪する側からされる側にジョブチェンジした者たちは、一様に戸惑いの表情を浮かべつつも、謝罪を受け入れた。


「ただ、謝って終わりじゃない事もわかってる。これから行動で示して行くから、見ていてくれ」


 サミュエルが堂々と宣言した。

 おお、なんか格好いいな。

 それに対し、他の者たちも「俺も」「私も」と続いた。


「……」


 教室に、なんとも言えない空気が流れる。


「なんか、もはや誰が加害者で誰が被害者なのかもわからなくなってきたね。取りあえず僕も謝っとく?」

「「「いや、それは違う」」」


 僕がボケると一斉にツッコまれた。

 空気が軽くなった。


「まあ、冗談は置いておくとして……アッシャーを筆頭に、皆もありがとう。気持ちは伝わってきたし、援護もしてくれたし。改めて、これからよろしく!」

「「「おう」」」


 うん、いい感じに締まったかな。


 一気に距離を詰めすぎるのも良くないため、簡単に別れの挨拶をかわした後、僕はシャルを連れてそそくさと教室を出た。

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