第38話 襲撃されたノア
複数人の気配を感じた時には、すでに遅かった。
シャルの家に向かう途中、僕は覆面を被った男たちに取り囲まれた。
それぞれの手には、ナイフや棍棒などの武器が握られていた。
「Eランクのノアだな」
「そうですけど——」
「やっちまえ!」
肯定した瞬間、一斉に襲いかかってきた。
僕は身体強化を発動させ、なんとか初撃を回避した。
シャルやアローラ、ジェームズのように人智を超えた身体能力を得る事はできないが、それでも普通の人間よりは素早く動けるようになる。
相手に魔法を使っている様子はない。
その時点で、正体は察せられた。
「あなたたち、人間主義者ですね?」
「そうだ。人間もどきの魔法師が、よくわかったな」
リーダーらしき男が嘲笑う。
人間主義者。
魔法が全く使えない者たちで構成される、魔法を邪と考え、魔法師を人間もどきと下にみる者たちの事だ。
ただのひがみにしか聞こえないが、世間には一定数、人間主義の思想を持つ者が存在する。
そもそも、世間一般で見た時には、魔法が全く使えない者たちの方がはるかに多いのだ。
僕の義理の両親もそうである。
僕は魔法師養成学校では底辺だが、世間一般で見ると優秀な部類に属する。
僕やその他の底辺魔法師が、ぞんざいな扱いを受けても魔法師養成学校に通い続ける理由もそこにあった。
そして、現代ではアスリートや芸術なども含めた多くの分野で魔法師が優遇されている。
運動神経やセンスよりも、魔法こそが優劣を決める時代になったからだ。
そんな状況下で魔法師を憎む者たちが出現するのは、ある種当然の事だとも言えるし、心情としては理解できた。
しかし、理解はできても共感はできないし、ましてや屈するつもりはなかった。
僕が使える魔法は、身体強化の他には魔力弾だけ。
威力はからっきしだが、精度と射出速度には自信があった。
その二つは基本技で、僕のレベルでは優秀な魔法師相手では雀の涙ほどの役にも立たないが、魔法を使えない人間が相手ならば十分な武器になった。
「このっ、ちょこまかと……ぐあっ⁉︎」
突き出された棍棒の軌道を魔力弾でずらし、手首を蹴り上げる。
情けない悲鳴とともに、男は棍棒を取り落とした。
カラカラと音を立てて転がるそれを、僕は素早く拾い上げた。
人間主義者が狙うのは、もっぱら低ランク魔法師だ。
そのため、僕はいつ狙われてもいいように、一通りの戦い方や武器の扱い方は習得していた。
他よりも高い身体能力を使って、常に囲まれないように立ち回りつつ、魔力弾と棍棒で武器や手を狙って相手を無力化していく。
三人の敵を倒し、僕の額に汗が滲み始めた頃、リーダーの男が腹立たしげに声を上げた。
「くそっ、あいつを呼んでこい!」
その言葉に反応して、手首を負傷した男がその場を駆け出す。
まずい。おそらくだが、魔法師を連れてくるつもりだ。
人間主義者の中には、自分たちだけでは勝てない事を想定し、自らが否定しているはずの魔法師を用心棒として雇っている者がいる。
その時点で色々と矛盾している気がするが、彼らとしては魔法師を武器やペット扱いしているため問題はないらしい。
用心棒として雇うなら、確実に僕よりは強い。
常にポケットに入れてある貝殻に触れる。
危険な目に遭ったら知らせるように、とシャルから渡されていた契り貝だ。
男としては使いたくないが、つまらないプライドに縛られている場合ではない。
少し躊躇った後、僕は貝に魔力を込めた。
予想通り、連れてこられたのは魔法師だった。
しかし、その強さは予想以上だった。
攻撃は全て相殺され、逃走を図ろうとすれば背後に回られる。
一対一でも勝てるビジョンが見えないのに、武器を持った男たちも隙を見て攻撃してくる。
決着がつくまで、さして時間はかからなかった。
僕は縄で拘束された。
用心棒の魔法師が目を光らせているため、おそらく魔力弾を放っても意味はないだろう。
「ふん、Eランクのくせに手こずらせやがって」
リーダーの男が悪態を吐いた。
僕は諦めたように見せかけしつつ、断続的に契り貝に魔力を込め続けた。
拘束したはいいものの、僕をどうにかしようとする気配はない。
指示を待っているように見えた。
そういえば、一人いなくなっている気がする。
「あの」
僕は用心棒に話しかけた。
「あっ?」
「あなたはなぜ、人間主義者に従っているのですか? 武器だペットだと言われて、悔しくはないのですか?」
「別になんとも思わねーな」
にべもなく一蹴された。
用心棒がわずかに口元を歪め、僕を見下ろす。
「あいつらは金払いは悪くはねーからな。それだけで十分だ。それに、俺の価値はあいつらが何を言おうと変わらねーからな」
「っ……!」
人間主義者が一斉に用心棒を睨みつけた。
自分たちを
しかし、リーダーの男を含め、誰も声を荒げたり手を出したりはしなかった。
人間主義者に協力する魔法師は稀だ。
それに、この男は弱く見積もってもCランク以上。
それだけの人材を手放すのは惜しいのだろう。
しかし、もとより沸点の低い連中が、見下しているはずの相手から逆に下に見られた怒りを抑え切れるわけもなかった。
僕は、そんな彼らにとっては最適の発散場所だった。
「クソがっ!」
「ぐっ……!」
頬を殴られ、視界が点滅する。
痛みに堪えながら、僕はなぜだろう、と思った。
なぜ、神様は魔法という超人的な力を全人類に与えなかったのだろう。
身体能力、学力、芸術的センス……人間には様々な才能があるが、魔法はそれらの上に君臨している。
そんなものが一部の人間にしか与えられなければ、憎悪が生まれるのは必至だ。
だからと言って、罪なき人間への暴力は決して許される事ではないが、人間主義者もある意味では被害者なのだ。
「あっ? てめえ、なんだその目は!」
「Eランクごときが、俺らを
「そ、そんなつもりじゃ——」
「うるせえ!」
思い切り殴られる。
脳が揺れた。
暴力は止まる事を知らなかった。
痛い、苦しい。
このまま殴られたら、死ぬ?
——そんなの嫌だ……嫌だ、嫌だ!
明確に感じた死の恐怖に、体が震える。
「や、やめて……!」
「うるせえ、この雑魚が!」
罵倒とともに正面からのストレートを喰らって、僕は気を失った。
◇ ◇ ◇
「確か、最後に契り貝の反応があったのはこの辺りのはずです……!」
シャーロットは息を切らせながら周囲を見回すが、人の気配はない。
ふと足元を見ると、争いの形跡があった。
それを辿っていくと、血痕が点々と続いていた。
心臓が跳ねた。
呼吸が荒くなる。
「落ち着いて。まだ、ノア君のものと決まったわけではないですから」
自分にそう言い聞かせ、血痕を辿っていく。
しばらく進むと、話し声が聞こえた。
木の影に隠れて様子を
背筋を冷たい汗が伝った。
手足の震えを必死に抑えながら、気配を消しつつ木に登る。
荷台の中に、カラメル色が見えた。
ノアの髪の毛に間違いなかった。
顔は見えないが、横たえられているのはわかった。
最悪の想像が脳内を駆け巡る。
「ノア君……!」
シャーロットが魔力弾を放とうとした、その時。
突如として飛来した魔力の槍が、荷台を囲んでいた男たちを串刺しにした。
「……はっ?」
シャーロットはあんぐりと口を開けて固まった。
一体、何が——⁉︎
槍が飛んできた方角に目を向け、
「っ……!」
シャーロットは再び絶句した。
「なぜ、彼が……⁉︎」
そこに立っていたのは、シャーロットがノア襲撃の犯人ではないかと睨んでいた、ジェームズ・ブラウンその人だった。
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