第4話 やるときはやる

帝国入口で軍団長は兵士たちに怒鳴っていた。


「空きの馬車はないのか?」


「はい。すべて兵士への補給物資に使っておりまして、馬は全て疲労状態にあります」

「くっ。このような失態、あってはならないというのに。帝国の恥だ」


軍団長は頭を抱えているようだが、俺としてはどうでもいい。


「馬車を待つ時間が無駄だ。歩こう。それに俺の体力は満タンだ。瀕死の者や怪我を負った者に馬車は使うがいい」


「歩いてくださるのですか?申し訳ございません大地様。ご客人だと言うのに。見苦しいところをお見せしました」


何度も謝っていた。


俺はその度に軽く「いいよ」と言っていた。


軍団長の案内で俺たちは帝国の入口から王城へと向かっていた。


その道中だった。


廃墟になった教会前を通ることになった。


「教会か?」


「はい。戦争前は毎日信者たちが祈っていましたが、今はもう誰も祈ってませんね」


そのまま素通りしようとした時だった。


ガラッ。


教会の瓦礫が崩れた。


(なんだ、今の不自然な崩れ方は)


そう思って教会の方を見てみると子供たちが頭を覗かせていた。


年齢は10から15歳くらいの子供たちだろう。


「軍人さん!」


その中の一人の女の子が軍団長に声をかけていた。


猫耳で黒髪のショートカットの女の子だった。

歳は12くらいかな?


「戦争はどうなんです……か?」


期待半分、不安半分みたいな表情でかけよってきた。


俺を見た瞬間、顔を青ざめさせた。


「ひっ、その軍服は王国軍の人だっ……」


「俺は味方だ」


「っていうことは、帝国は負けたんですか?」


軍団長に聞いていた。


「いや、安心してくれ。勝った」


軍団長は女の子に説明を始めた。


「本当なんですか?これで私たちはもう廃墟で暮らさなくてもいいんですか?」


「このまま復興が進めばこの教会もいずれ」


軍団長はそんなふうに濁していた。


直すつもりではあるが、いつになるかは分からないってことだろう。


「この教会で暮らしたいのか?」


俺は女の子に聞いた。


「はい。ずっと暮らしてるんですここで。戦争が始まってから親が戦争に行っちゃって、帰ってこなくて……うぅ、ぐすっ。うぇーん」


俺は女の子の肩に手をポンと置いた。


「ふぇっ?」

「俺が来たからもう大丈夫だよ」


ニッコリ笑ってそう言うと女の子は顔を赤らめた。


「おにぃ、ありがとう」


そう言ってから女の子は「しまった」みたいな顔をして両手で口を抑える。


(今のは失言だったってことかな)


「私にはお兄ちゃんがいて、その姿があなたと被っちゃいました」


「そのお兄ちゃんは、もう……?」


「はい」


シュンとなっていた。


事情は把握した。


「あの、今だけ私のお兄ちゃんになってくれませんか?」


「いいよ、俺は大地。好きに呼んでよ」


「ティムって言います」


それから女の子は顔を赤らめてこう言った。


「あの、ぎゅってしてくれませんか?」


俺は膝立ちになって視線を合わせるとティムをぎゅーっと抱きしめた。


「はぅぅ……お兄ちゃぁん……」


ティムも弱々しい力でぎゅーっと抱きしめてきた。


「えへへ、ありがとうございました。大地お兄ちゃん」


「こんなことならお易い御用だよ」


ティムが手を繋いできた。


「お兄ちゃんの手大きくてあったかぃ。すっごい安心できるの」

「ならよかったよ」


俺は教会の方に近づいて行く。


ゾロゾロと廃墟の陰から子供たちが出てきた。


「王国人は信用ならねぇ」

「出ていけ。ここは俺たちの家だ」


「こんな廃墟が家なの?」


「廃墟じゃねぇ!俺たちの立派な家だ!」

「そうだ、出ていけ、クソ王国人!」


よく見ると男たちは武器を持っていた。


棍棒、折れた剣。

あきらかに俺に敵意を剥き出しにしていた。


「俺がこの廃墟を直してやろうと思ったんだが、そんな助けはいらなかったかな?」


「王国人に直されても住まねぇよ!敵からの施しなんていらねぇ!」

「そうだそうだ!はやく帰れ!」


ティムが叫んだ。


「やめようよ。みんな、やっぱり屋根がある方がいいに決まってるよ……」


「うるせぇ!」

「女は黙ってろ!」


俺は男どもを無視して手を廃墟に向けた。


「再生せよ」


ガラッ。


瓦礫がかってに浮かんで教会の形になっていく。


そして、数秒後には元通りになった。


「へ?」


女の子はポカーンとしてた。


「水も出る、ベッドも再生した。これからは普通の家として過ごせるだろう」


目をぱちぱちさせて俺を見てた。


ティムの頭を撫でた。


「君は少し痩せすぎだよね。なにか食べた方がいいだろう」


俺は魔法道具のアイテムポーチを取りだした。


この世界のアイテムポーチは異次元の空間に繋がっている。そのため実際の見た目よりも多くものを収容可能だ。


王国に召喚された時に支給されたものである。


俺はそこから食べ物を取り出した。


「缶詰、缶詰、缶詰」


ティムの前に缶詰を積み上げていく。


「しゅごい。こんなにたくさんの缶詰、見たことないや。ジュルリ」


ティムは目をキラキラさせている。缶詰もあまり見たことがないんだろう。

口端からヨダレが垂れていた。


「はうっ……ゴシゴシ」

「袖で拭うと汚いよ?」

「はぅぅ……」


俺はアイテムポーチから布を取り出した。


「これ、清潔なハンカチ。あげるよ」

「こんなに綺麗な布いいんですか?!」


「もちろん。俺はいらないものだから君が使うといい」


そのときだった。


男どもが近寄ってきた。


「お願いします。俺たちにもください」

「なにか食べるものをください。何日も食べてないんです」


「あれ?王国人からの助けなんていらないんじゃなかったっけ?」


ティムも怒っていた。


「私覚えてるから、あなたたちが大地お兄ちゃんに酷いこと言ってたの。クソ王国人だっけ?お兄ちゃん、こんなやつらには何もあげなくていいよ!」


「うぐぅ……」


俺は男どもに言ってやることにした。


もちろん、情けの言葉では無い。


「自分の発言には責任を持ちなよ?勉強代と思え。俺をクソ呼ばわりしたやつに恵んでやるものはない」


「そんなぁ……」


「天に向かって吐いた唾はいずれ自分にかかるものだ。覚えておくといい」


そのとき、軍団長が近づいてきた。


「大地様。そろそろ……」


最後まで言わないが「行こう」と言いたいのだろう。


「お兄ちゃん……もう行っちゃうの?(うるうる)」


ティムは俺の手をまだ握っていた。


「離れたくないよぉ、軍団長。ティムも連れて行って、なんでもしますぅ」


「すまない。我々がこれから向かうのは皇族の方々が住まわれる城だ。君のような一般人では立ち入ることはできない場所なんだ」


「ぐすっ、うえぇん……お兄ちゃぁん(グスグス)」


涙を拭ったティム。


それから諦めたように聞いていた。


「軍団長、30分だけお兄ちゃんといていい?」


「30分程度ならいいだろう」


「ありがとう、軍団長」


ティムは俺の手を引っ張ってきた。


「30分だけ、ティムのお兄ちゃんでいて。こっちきて」


上目遣いで頼まれた。


俺はティムに手を引かれて教会へと向かっていった。


「すっごい、きれーだぁ。廃墟だったなんて思えないくらいきれー」


教会の中に入って目をキラキラさせてるティム。


ある一室に俺を連れていった。


軍団長も部屋の中まで入ってこようとしていた。


「軍団長、察しろ」

「ですが、英雄様の身になにかあれば」

「安心しろ。なんの問題もない」

「ビクッ!」


それから最後に軍団長に釘を指しておく。


「これからこの部屋を特別な空間へと変化させる」


「?」


「無闇に踏み込めば空間と空間の狭間へと落ちていくことになる。決して開けるなよ?」


「よく分かりませんが、簡単に言えば何が起きるのでしょう?」


「部屋の時間の流れを歪めてティムといる時間を30分から一日に伸ばす」


「そんなことが……」


「できるよ。俺にできないことはないからね」


「分かりました。ですがこちらの時間で30分は過ぎないようにご注意ください。私のスキル【未来視】によると夕方頃には雨が振り始めます。英雄様の体を濡らすわけにはいきませんので」


「分かってるよ。この帝国のルールにはある程度従うつもりだよ」


そう言って俺は部屋に入っていった。


今の時刻はだいたいお昼くらい。


夕方には余裕を持って出てこられるだろう。



ガチャッ。

俺は部屋を出てきた。


ティムは部屋を出る前からずっと俺の手を握っていた。


「素晴らしいです、大地様。こちらの時間で30分かかりませんでしたね」


ティムは俺を見上げてきた。


「お兄ちゃん、今日まで愛してくれてありがとう。ティム、楽しかった。いっぱい気持ちよくなれた。最後にちゅってしていい?」

「いいよ」

「ちゅっ♡でも、お別れしたくないよぉ」


ティムに目をやる軍団長。

その目は申し訳なさそうな、でも軍人としての責務を果たさなきゃ、みたいな思いでごちゃ混ぜにになっていた。


どうやら軍団長も軍団長でティムのことはかわいそうに思っているらしい。


そのとき、ティムが俺にもたれかかるようにして倒れてきた。


「うぇっ、お兄ちゃん。なんか気持ち悪いよおぉ、吐きそう。ティムの体なんかへんだよぉ」


軍団長の顔が少し歪んだ。


なにかに気付いたようだ。

真剣な顔で俺を見ていた。


「大地様」

「なに?」


「【未来視】で見えたのですが。この子、大地様の赤ちゃんを妊娠しています」


ティムの顔に笑顔が浮かんだ。

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