第31話 もしもし、元気?
ララはしばらくして屋敷に戻ってきたが、意外なことに一人ではなかった。
「メイティアぁ~! 会いたかったですわぁ~!」
ララに連れられ、ミューカが一緒に屋敷に戻ってきたのだ。
エステラに教えられて庭で出迎えると、こちらを見るなり抱きついてきた。
「おかえりミューカ。大丈夫だった?」
「無事終わりましたの。東に戻ってきたところ、ララが迎えに来たのですわ!」
「そういえば、ララにもミューカの一部を寄生させていたんだったね」
見たところ、ミューカの身体に変化はないが、ひょっとして身長が数ミリ縮んでいたりするのだろうか。良くララも平気で寄生なんてさせるものだ。
「あら、その子が?」
エステラも遅れて庭まで出てきてくれた。ミューカとはこれが初対面だ。
「紹介するよ、この子は」
「クイーン・ミューカですわ! 人間風情が、這いつくばって私にひれ伏すがよいですわ~! って、あれ? この方、人間というより魔物ですわね?」
「生意気な子ねぇ。ふぅーん、スライムって言ってたわね。私の炎魔法で蒸発しないかどうか、実験してみる?」
「そ、そういう魔法は少し苦手ですわ。ち、近づかないでくださいまし!」
ミューカもララから炎魔法のことを聞いていたのか、エステラに脅されるとすぐに俺の後ろに隠れてしまった。スライムなのに、火が弱点なのか?
このヘタレっぷり、ミューカは本当に相変わらずだな。
「とにかく、無事に戻ってきてくれてよかったよ」
「無事なだけでは無くってよ! フィーナへの寄生は成功しましたの!」
「すごいじゃん。良く見つけられたね?」
「教会本部の地下牢で見つけましたわ。拷問されていたようで、少し疲れていましたわね」
「拷問って……フィーナは大丈夫なの?」
聖女だし、せいぜい自分と同じように幽閉されるだけかと思っていたが、そんなに甘くはなかったようだ。
「今のところは大丈夫。これから移送される手はずですわ。早速お話します?」
「話すって、フィーナと、今ここで? そんなことできるの?」
「当ったり前ですわ! フィーナにメイティアの言葉を伝えて、フィーナの様子を私が再現するのですわ!」
再現と言われピンとこなかったが、すぐにどういうことかわかった。
俺たちは三階の私室に移動して、フィーナと話をすることになった。ミューカは椅子に腰かけ、俺と向かい合わせに座った。そして、顔を軽く両手で塞ぎ、手をどけた後、そこには確かにフィーナの顔があった。
「フィーナ! どうして?」
「驚きましたの? 中身はまだ私ですわ! フィーナのお顔を再現したんですの!」
顔こそフィーナの物が再現されているが、衣服はミューカが着ていたもののままだ。声もフィーナそのものだったが、フィーナらしからぬ溌溂とした喋り方と表情で、まだミューカが喋っているとわかる。
スライムのように自在に身体を変えられるから、他人の顔も再現可能ということか。これはかなり使える……だけど悪用不可だな。
「こうしてフィーナの様子を再現して、これからメイティアとお話できるようにいたしますわ。準備はよろしくって?」
後ろで立っているララとエステラの方を振り向くと、二人は静かに頷いた。
「いいよ、始めて」
ぱっ、とフィーナの表情が曇った。
たった今、この瞬間、ミューカが今現在のフィーナの様子を再現し始めたのだとわかった。
「本当なの? そんな、急な事言って……」
フィーナは突然話し始めた。今までミューカと話していたのだろうか。
「フィーナ? 分かりますか?」
「メイティア? 声がするわ! どこかにいるの?」
どうやらこちらはメイティアの表情がはっきりわかるが、フィーナにはこちらの声だけが聞こえるらしい。フィーナは声の元を探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
それもそうか。ミューカはほんの小さな体の一部を寄生させただけで、こちら側の再現はできないだろう。こちらだけ相手の表情がわかるというのは、妙な感覚だ。
「仲間の力を借りて、遠くから話しているんです。フィーナさん、大丈夫ですか?」
「あの子……現実だったのね。驚いたわ。急に現れて、メイティアの仲間だって言って……口に手を突っ込まれて……」
どうやらミューカはかなり強引に寄生したらしい。結構な恐怖体験だったことだろう。まあこうして上手くいったのだから、結果的にはよかった。
「今、話せそうですか? 周りに人はいますか?」
「ここは独房よ。遠くに見張りがいるけど、少し話すくらいなら大丈夫です」
「よかった。フィーナさん、私たちが逃げたせいで、捕まってしまったみたいで、ごめんなさい」
「あぁ……そんなことはいいのです、メイティア……! あなたが無事でよかった」
ヴェスパーのあの男、テレスがこちらに漏らした情報は、間違いではなかったようだ。
それにしても、拷問までされてこちらの心配をしているだなんて、優しいというか、お人よしすぎるというか。
こんな人をひどい目に合わせる原因になったことに、つい罪悪感を覚えてしまう。
「メイティア、私の方こそごめんなさい。実はあなたがマルスアールに向かっている時、すでにあなたの処分は決まっていたのです。でも私、何とかしようとして、それで……」
「ええ、知っています。フィーナさんは、私たちのために、その結論を覆そうとしてくれていたんですよね」
「え、ええ。でも……うまくいかなくて、結局自分が捕まっていたのでは。情けないです」
ルースの言っていたことも本当のようだ。やっぱり教会はとんでもない組織だと結論付けていいだろう。
「メイティアが生まれてから、私はほとんどずっとそばにいました。だからあなたがヴェスパー教団と繋がっているわけないと、私は知っています。濡れ衣よ」
ルースの言った通り、自分たちの処分はあの頃には決まっていて、テレスの言った通り、フィーナはそれに反対して、今度はフィーナが処分されそうになっている。
ミューカの働きのおかげで、彼らの言葉が真実か確かめるという目的はひとまず達した。
しかし本当に大事なのは、これからどうするかだ。
「フィーナさん。自分がこれからどうなるか、何か聞かされましたか?」
「……北方の施設で、労働をしながら一生を終えるはずよ。それもまた人々の為だと言うなら、私は……」
「それが嘘だとしたら? 北方に穢気の研究施設があって、そこに送られた人は実験台にされてしまう。そんな情報を掴みました。確証はありませんが……」
「実験ですって?」
「穢気を使った人体実験です」
「そっ……んなはずないわ。だってあそこには……見知ったシスターも、異端とされて送られてしまったことがあって、でも、生きて居られるのならまだ、と、だから、う、嘘よ」
親しいかは別として、別れを告げて北方へ送り出した顔見知りがいたようだ。今も労働の日々を過ごしながら、死を迎える時を待っていると、ずっと思っていたのだろう。
「私は、怪しいと思っています。教会ならやりかねない。それだけのことをされてきましたから」
「教会は……確かに行きすぎることがあるけど、それでも、人々のために尽くして……」
「じゃあ、それが事実だったら、フィーナさんは、素直に北へ行って、これが自分の運命だと、そう受け入れられますか?」
まずは、フィーナがどう考えているか。それを聞かなくては。フィーナの意思にそぐわないことなら、ミューカの寄生を解いて、それ以上自分たちにできることはない。
「私は……」
でも、心のどこかで、フィーナには自分たちに助けを求めて欲しいと思っている。
「フィーナさん、教えてください。あなたは……何を信じているんですか?」
神……聖母? あるいは、教会だろうか。
「私が、信じているもの?」
フィーナは強い。何か信念がある。そうでなくては、自分を犠牲にして、俺やララをかばったりなんかしないだろう。
「メイティア、今から名前を言います。聞いてくれますか?」
「名前……?」
急な話しでよくわからなかったが、俺は続きを聞くことにした。
「イヴ、ニーナ、サラ。シェリー、イライザ……ローラ。それから、ナタリア、ハンナ、ココ……最後に、ジュリ……」
全て女性の名前、だよな? どういう人たちなのだろうか。
全部で十人。十人……?
「それってまさか」
「ええ。これらは全て、メイティア……あなたを召喚するために、天に召されたシスター達の名前です」
祭壇で目覚めた時、すぐ傍に寝ているようにみえた、十人の女性たち。あの女性たちは、その時には既に命を失っていたと、後から知った。
それからすぐ、わけもわからずにこの世界に放り出されてしまったせいで、たった今フィーナから聞くまで彼女たちの名前すら気にしたことがなかった。
「私を呼び出す時にも、二人。フィオナと、カトリーナ。決してその名を忘れることがあってはならないと、そう考えて今まで生きてきました。彼女たちの名に恥じぬように、弱き人々を救うのが、私の使命だと」
そうか。フィーナはいつだって、その二人に顔向けできるように、今までずっと歩いて来たのか。はじめからずっと自分に優しかったのも、自分の後ろに、生贄になった十人のシスターたちを見ていたのかもしれない。
「私が信じるのは、彼女たちが私に託した……遺志です」
「フィーナさん……」
「でも、今は、どうすればいいのか……」
それならきっと、フィーナは諦めないだろう。彼女が信じるべきものは、まだ失われていない。
「フィーナさん。このまま教会を信じて、言われた通りに死ぬのが、あなたに託した二人の命の、最後の行先だなんて……そんなこと言いませんよね?」
「それは……そんなのは間違ってるわ」
「フィーナさん一人の命じゃないなら、なおさら、ここで死ぬべきじゃないんじゃない」
そして、それは自分がじっとしているわけにはいかない理由でもある。
フィーナの生贄二人と自分の生贄十人なんて、人の命に重さをつけるわけじゃないけど、自分の為に多くの人の命が失われたことは確かだ。
フィーナから全員の名前を聞いた今、彼女たちはただの数字ではなく、確かにかつて生きた人たちだと心から思えた。
「そう、かもしれません。でも、同胞を傷つけることなんて私には……」
「じゃあ、私たちが今からあなたを助けに行きます。フィーナさん。だから……そこから逃げ出せたその時は、毎朝一緒に、彼女たちの名前を呼んで祈りましょう。一時たりとも忘れないように」
「それは……いい考えだけど、でも……メイティア。私は、私のためにあなたに傷ついて欲しくないわ」
「フィーナさん、私はあなただけを助けにいくわけじゃありません。そうでしょう?」
フィーナだけではなく、フィーナのために生贄になった二人の為にも、フィーナを助け出さなくては。
フィーナはその言葉で少しだけ元気を取り戻したのか、以前の柔和な笑みを見せた。
やっぱりこの人はそうでなくては。いつも全部分かったような顔をして、すぐそばで微笑んでてもらわないとね。
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